第217話 不安しかない団体戦
木の香りがする木工学科の学舎で、ラウディに組み上がったコタツを見せてもらう。
「大きさはどうだ?」
「ちょうど良いと思います。えっと、高さだけもう少し上げてもらえますか? お父さんの足が当たってしまいそうなので」
「父親は背が高いのか。身長は?」
「185センチくらいです」
ラウディは話を聞きながら、手元の紙に数字を書き込んでいく。組み上がったコタツは丁寧に磨かれ、どこに触れてもなめらかな手触りだった。さすが木工の最優秀者だ。
「ラウディ、ちょっと変なことを聞いてもいいですか?」
「ん? 何だ?」
「もし他の人が権利保有中にコタツを作ろうとしたら、どうなってしまうんですか? シュークリームの場合はレシピの公開まで味覚が失くなるか、それに見合う罰金を支払うことになるそうなんですけど」
ラウディは手を止めると、ニヤッと少し怖い顔で笑う。
「こっちも大して変わらないぞ。味覚の代わりに、レシピの公開まで両腕が一切動かせなくなる」
「……両腕が。こ、怖いですね」
「まぁ、こんな家具でも神のレシピだからな」
コタツの仮組みを確認したところで、フェルドラルはラウディに代金を支払った。
ラウディは完成してからでいいと言っていたけど、フェルドラルは先払いしても問題ないと判断したようだ。というか、そのお金はいったいどこから?
「じゃあ、コタツが仕上がったら受け取りに来ますので、その時はまた教えてください」
「ああ、分かった」
支払いを済ませたという証明書を受け取り、フェルドラルと一緒に木工学科の学舎を出る。
「フェル、あのお金はいったい……」
「クロから預かっていたのです。姫様が必要とされた時、わたくしが預かっている分でしたら好きにして構わないと」
「……初耳なんですけど」
「ええ。今、初めてお伝えいたしました。ここでは、姫様が金銭を扱われることもほとんどございませんので」
いくら預かっているのか知らないけど、フェルドラルより信用されていなかったことに愕然とする。お金くらい、自分で管理できるのに。
「……わたしって、お父さんから見たら、そんなに頼りないのでしょうか」
しょんぼりして俯くと、フェルドラルは軽く首を振り、フッと微笑む。
「いいえ、姫様。これはクロから、わたくしに与えられた
「……秤?」
「ええ。預かっている金額内で収められるところまでは、好きにしても良いと言われております」
フェルドラルは預かっている金額を目安に、ここまでなら壊しても大丈夫、と判断していたらしい。壊すって。恐ろしい。本気でいくら預かっているのか知りたい。それに、そういう意味じゃないと思う。
「今では良い基準となっていますわ」
「……そ、そうですか」
もし制限をかけていなかったら、どうなっていたのだろう。怖いから聞きたくはないけど。
そんな話をしながら闘技場に戻ると、石舞台の周りに人だかりが出来ていた。
「……あれは何をしているのでしょう?」
ざっと見た感じ、百人くらいいるだろうか。
対戦をしている者はなく、集まっている人以外は皆、大人しく観戦席に座っている。
「リュッカ、これは何をしているんですか?」
いつもの場所に辿り着き、そこに一人で座っているリュッカに尋ねる。他のみんなは石舞台の方へ行っているようだ。
「あっれぇ~? おチビちゃん、戻って来ちゃったのぉ? いなくて良かったって、みんなでホッとしてたのにぃ~」
言われた意味が分からず首を傾げる。
「……? わたしはいない方が良かったんですか?」
するとリュッカは、ルーリアの腕を掴んで引き寄せ、椅子に座らせた後、頭を低くするようにグイッと上から押さえつけた。
「とにかく早く見つからないよぉに、魔法で姿を隠した方がいいよぉ~」
「姿を、隠す……?」
と、その時。
「ルリ、見つけた」
「いよぉ~し、連れて行くぞ!」
「っふ、わぁあぁ~~っ!?」
すぐ後ろからランティスの声が聞こえたかと思うと、透かさず両脇に大きな手が入れられ、あっという間に持ち上げられて肩に担がれてしまう。
「ク、クラウディオ!? なな何してるんですか!?」
自分が担がれている意味が分からない。
そういえばセルギウスにもらったお守りは、前回の対戦で壊れてしまったのだった。
「何って、今から上位百人でシュトラ・ヴァシーリエだとよ。嬢ちゃんも参加するんだぜ? くぅぅっ、羨ましい~!」
とても楽しそうに悔しがり、クラウディオはルーリアを肩に乗せたまま、のっしのっしと石舞台へ駆け下りる。その後ろをランティスが足音も立てずに付いてきていた。
「シュ、シュトラ・ヴァシーリエ!? しかも、百人で!?」
そんなものに参加だなんて、冗談じゃない!
嫌な予感しかしないから、「下ろしてください!」と叫んで、クラウディオの肩をポカポカ叩く。だけど、残念ながら下ろしてもらえそうにない。
「ランティス、お願いですから下ろすようにクラウディオに言ってください!」
「ルリは同じ組だから必要。貴重な戦力だからダメ」
「えっ、同じ組!?」
無表情なのに、わくわくしているように見えるランティスは、今から始まるシュトラ・ヴァシーリエについて、簡単に説明をする。
闘技場全体を使って行われるのは、序列上位百名による、50対50のシュトラ・ヴァシーリエ。
組分けは、序列の奇数組と偶数組。
ルーリアは77位なので、奇数組となる。
いつも一緒にいるメンバーで同じ組なのはウォルクスだけだ。他は全員、偶数組となっている。
しかも奇数組には人族と獣人、各グループのリーダーであるエグゼリオとアトラルがいる。どちらも手を取り合って協力するとは思えない。始まる前から内部分裂していて、味方を味方と呼べないような状態だ。
うわぁぁ……。
組分けの時点で、すでに詰んでいる。
大荒れになる予想しか出来ない。
クラウディオは石舞台に着くとルーリアを下ろし、ダジェット先生に縋りついた。
「先生~。頼むから俺も参加させてくれよ~。こんな面白そうなのに参加できないなんて、あんまりだ!」
そんなクラウディオをダジェット先生は突き刺すような鋭い目つきで睨む。
「やかましい! こんな時だけやる気出してんじゃねぇ! そんなに参加したかったら、ちっとは日頃からポイントを稼ぎやがれ、ド阿呆が!」
「くっそ──っ!! ケチ!!」
子供か。と、周りにいる生徒たちから、やや引いている声が聞こえてくる。
「あのっ、だったら、わたしと代わっ──ンンッ!」
やりたい人がいるなら、代わればいい。
そう思って声を上げようとしたら、ランティスに口を塞がれてしまった。
「クラウディオいらない。ルリがいい」
「おまっ……! 相変わらず、ひでぇな」
クラウディオは裏切られたとでも言いたげな目で、ランティスを見下ろす。そんなクラウディオをシッシッと、冷めた目のランティスは軽く手で追い払った。
クラウディオは「チクショー、覚えてろよ」と捨て台詞を残し、未練がましく何度も振り返りながら、渋々、観戦席の方へ戻っていった。
「ルリ、とんでもないタイミングで戻ってきたな」
人を掻き分けるように側まで来て声をかけてくれたのは、ウォルクスだった。
「こんなことになっていると知っていたら、絶対に戻って来ませんでした」
とほほ、と肩を落としたところで状況は何も変わらない。参加者がそろっているか確認し終わったダジェット先生は、辺りを見回して全員に届くように声を張り上げた。
「よぉし、お前ら、全員そろったな! 今から15分だけ時間をやる。作戦を練るなり、役割を決めるなり好きにしろ。時間になったら強制的に始めるからな! 今回のシュトラ・ヴァシーリエの制限時間は30分だ!」
えっ、制限時間を決めることが出来るなんて、知らなかった。
ウォルクスに聞くと、軍事学科の授業ではいつものことらしい。
でも、30分か──と、ルーリアは苦い顔をした。作戦を立てる時間を入れたら、今から45分。
……長い。眠りに落ちてしまう、ギリギリの時間だ。終わってから即行で家に帰ったとしても、間に合うかどうかというくらいギリギリだ。
でも、いや待てよ。と、思う。
この対戦で、自分が最後まで残る必要はどこにもない。始まってすぐにリタイアすればいい。
敵陣側にいるクレイドルに頼んで、気絶させてもらえばいいのだ。
よし、そうしよう! そう思っていたら、
「言っとくが、気絶で抜け出せるなんて甘く考えてんじゃねぇぞ! 途中退場すんのは死亡判定のみだ! お前ら、死ぬ気で戦え!!」
なんと、先に退路を断たれてしまった。
何、その設定。怖すぎるんですけど。
どうやら死ぬしかないらしい。嫌だ、怖い。
さすがに『苦しまないように、ひと思いに殺してください』と、クレイドルに頼むのは気が引ける。自分だったら、そんなことを頼まれたくはない。クレイドルだって迷惑だろう。
……うーん、困った。どうしよう。
「やぁ、ルリ。久しぶり。この前は世話になったね」
口元に手を当てて悩んでいると、アトラルが柔らかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「あ、アトラル。お久しぶりです」
軽く挨拶を返すと、「アトラルを知っているのか?」と、警戒した顔のウォルクスが小声で聞いてくる。
前に獣人グループに料理人を紹介したことがあると話すと、妙に感心したような顔をされた。
「へー、ルリは顔が広いんだな」
「えーと、それは自分でも不思議に思っています」
そう言って苦笑いを浮かべると、ウォルクスは少しだけ警戒を解き、ルーリアを守るように出していた足を半歩引いてアトラルを見据えた。
「……ちょっと、僕だけ警戒するのは止めて欲しいんだけどな。ランティスだって、ルリの近くにいるじゃないか」
「念のためだ、気にするな」
「えっと……確か君は、勇者パーティにいるんだったかな?」
「ああ、そうだ。俺はウォルクス・ローレン。リューズベルトのパーティメンバーだ」
「僕はアトラルだ。一応、獣人グループのリーダーをしている」
互いに顔は見知っているけど、言葉を交わすのは初めてらしい。
「……アトラルはソーレライツか? それともリオファドナーか?」
声を潜めてウォルクスが尋ねると、アトラルは暗い色の瞳の中に、背筋がゾクッとするような鋭い気配を加えた。
「……それを君が知ってどうする?」
「どうもしないさ。確認みたいなものだ」
二人が何の話をしているのかルーリアにはさっぱりだが、アトラルはウォルクスを見定めるように、じっと凍りつくような視線を細めた。
もしかして嫌な質問をされたのだろうか?
何となくだけど、あまり触れられたくない話題を振られたことだけは、アトラルの様子から伝わってくる。
そんな空気を肌で感じたけど、ルーリアはハラハラとした気持ちで二人を見守ることしか出来なかった。
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