第12章・悩める初秋

第216話 大祭に向けて


 9の月に入り、カレンダーでは秋だと言われても、まだまだ暑い日が続く。

 秋と言えば、学園では1年の中で最も大きな催事である『芸軍祭』のある季節。

 3日掛かりで行われる祭りの開催時期は、今年は11の月の頭頃となっていた。


 芸軍祭の見所はなんと言っても、軍部のトーナメント戦と芸部の演奏会と演劇だろう。

 大勢の人がいろんな楽器を同時に奏でる演奏会には、ルーリアも大きな関心を寄せている。

 芸軍祭は一般の人にも公開されるため、その期間の学園は毎年たくさんの人で大変な賑わいとなるらしい。


 そして芸軍祭の、その期間中。

 ルーリアの所属している菓子学科では、模擬店を闘技場の周辺に出し、菓子の販売数を競うという、ちょっとした出店体験が予定されている。これも授業の一環だそうだ。

 菓子学科の生徒は全部で24名だから、店の数自体はそんなに多くはない。販売数を競うと言っても、実際は作る菓子の数が決まっているから、売り切れる早さを競うと言った方が正しい。


 売り切れたら出店体験は終了なので、早く終われば、それだけ長く祭りを自由に見て回れる。

 だから毎年生徒たちは、いち早く抜け出すために、かなり気合いを入れて菓子作りをしているという。

 ルーリアも演奏会だけは絶対に行きたいと思っている。早く抜け出せるように美味しい菓子を作ろうと、必死に考えを巡らせていた。


 そんな訳で、ルーリアは観戦席でメモ帳に視線を落とし、あれこれと候補を挙げていく。

 前に家で作った木の実入りのクッキーは、アーシェンたちに好評だった。祭りがあるのは秋だし、季節感を出して木の実を使った物にするのもいいかも知れない。


「芸軍祭に出す菓子を考えているのか?」


 対戦が終わったクレイドルが、タオルで汗を拭いながらやって来た。


「はい。いくつか考えてくるように、先生から課題が出てるんです」


 タイムボックスから柑橘類の果汁で作った氷菓子と清涼感のある冷えた香草茶を出してクレイドルの前に置く。


「ありがとう。すぐに汗を掻くから助かる」

「水分補給は大事ですからね」


 今はまだ、夏の暑さが残る午後だ。

 ルーリアは観戦席を氷魔法で薄く覆い、のんびりと思案に暮れているが、闘技場内は芸軍祭に向け、汗だくで対戦をする生徒たちで溢れ返っていた。


 きらきらと汗を輝かせるリューズベルトやセルギウスには女生徒たちから熱い視線と歓声が注がれるのに、ムキッとした肉体派の男性たちには『暑苦しい、汗くさい、近寄らないで』の3点口撃がされる不思議。


 そんな中、時々シュトラ・ヴァシーリエの音声も聞こえてくる。


 部活に参加しているみんなは、それぞれに序列が上がり、やる気のないリュッカでもランクが中級クラフテルに固定されつつあった。

 一度でも誰かと対戦したことがあり、ポイントを持っている生徒には序列がつく。リュッカの今日の序列は123位だそうだ。


 自分の序列を知りたければ、闘技場内の通路に掲示されている。ポイントは加算式となっていて、負けたからといって減ることはない。ただし、ランクの入れ替えはある。


 現在、リューズベルト、セルギウス、ウォルクス、クレイドル、ナキスルビアの5人が一番上のランクである最上級ファルシオンとなっていて、その中ではリューズベルトが最上位で、今の序列は2位だった。二つ名は『剣聖』らしい。


 神が与える二つ名は、最上級ファルシオンの中でも上位5名だけと特別仕様だ。

 大変名誉なことではあるけれど、リューズベルトは晒し名だと言って、とても嫌そうな顔をしていた。気持ちは分かる。

 ルーリアも前回のシュトラ・ヴァシーリエ以降、『チビ魔剣士』とか『ロリ魔女っ子』とか呼ばれるようになっていた。もはや悪口だと思う。


 ここに集まるメンバーの中で、次に序列が高いのがセルギウスの4位。二つ名は『黒覇こくは』。

 いつも黒い騎士のような服装だから、その呼び名になったのだろうと言われている。


 海の家の最後の日に、クレイドルからセルギウスが魔族であると教えられて驚いたけど、心の中での呼び名が変わっただけで、今のところ実感するようなことは何もない。


 あとはウォルクスが25位で、クレイドルが38位、ナキスルビアが42位と続く。

 ルーリアは77位で上級ロガールだ。

 エルバーもつい先日、上級ロガールの生徒に勝利したそうで、ランクアップして96位となっている。


 未だに負け知らずだから、てっきりリューズベルトとセルギウスが1、2位争いをしていると思っていたのだけど、二人は基本的に自分から対戦に出向いて行かないから、それだけではポイントが足りないらしい。

 今の1位との差は、単純にこなしている対戦の回数だという。


 現在の序列1位は、エグゼリオ・シープラングス。人族グループのリーダーで、二つ名は『速剣』。

 銀色の少しクセのある髪で、深い紫色の瞳の10代後半から20代前半くらいの整った顔立ちの青年だ。

 以前、嫌な思いをした対戦相手の上司ということらしいが、かなり若い。どこかの国の偉い人の息子らしいけど、もっと年上を想像していた。


 背はリューズベルトより少しだけ低くて、170センチ弱くらい。少し線の細い身体付きで、とにかく素早い攻撃をする。

 何度か対戦しているところを見たことがあるけど、あの速さだと、視力強化の魔法を使っても自分の目では追いきれないかも知れない。

 エグゼリオは騎士というより魔術士のような恰好をしていることが多く、冷酷な知略家といった雰囲気があった。

 実際の性格までは知らないけど、その目は冷たく、どこか近寄り難い。


 そして序列3位は、アトラルだ。

 二つ名は『崩嵐ほうらん』。


 以前、料理人を探していた獣人グループのリーダーで、穏やかな話し方をする紳士。

 身長は185センチくらいで、日に焼けたような褐色の肌に、土灰色の短めな髪と暗灰色の瞳をしている。動きやすそうな軽装の格闘家タイプで、魔法を混ぜ込んだ体術が得意だという。


 それから序列5位は、ランティス。

 二つ名は『風紋ふうもん』。

 獣人グループの不思議な人で、双剣使い。

 男なのか女なのか、未だ不明。

 背は150センチくらいと、大きい人が多い獣人の中では珍しく小柄で細身な体型だ。

 いつもは狼の耳のような形のフードを深く被っているけど、長い銀髪を腰の辺りで一つに束ね、天然石や羽根で出来た髪飾りでまとめている。瞳の色は透き通った青に近い水色で、綺麗な顔立ちをしている。


 前に料理人の件で会った時に、アトラルもランティスも強い人だとは感じていた。だけど、部活で対戦しているところを見た記憶はない。

 聞いた話では、二人は3回の授業とも軍事学科の授業を受けているからポイントが高いのだという。


 授業中の戦闘は、部活とは比べ物にならないくらい激しく、50対50のシュトラ・ヴァシーリエともなれば、単なる戦闘訓練ではなく、本気で生命のやり取りをする実戦に近いものになるそうだ。

 そんな授業の後の部活は、息抜きというか、遊びのように感じる人も少なくないのだとか。


 ちなみに白クマの獣人のクラウディオは、相変わらずさぼりの常習犯だ。ランクは中級クラフテルで、序列は192位らしい。

 学園に通っていて授業をさぼるって、いったい何をしに来ているのだろう? 本当に謎である。


 と、そんなことより今は芸軍祭の菓子選びだ。

 メモ帳に候補の菓子案を書き込んでいると、フッと手元に影が落ちた。


「ルーリ、今日は報告があって来たよっ」

「こんにちは~」

「シルト、マティーナ、久しぶりですね」


 裁判の後も工房でちょこちょこ会っていたけど、二人が放課後に闘技場まで来るなんて珍しい。


「シルト、報告って何ですか?」

「これを見て」


 得意気な顔でシルトが広げた紙には『職人の採用通知』と書かれ、学園の承認印が押されていた。


「私たちの卒園後の就職先が決まったんだよっ!」

「すごいんだよ~。びっくりするくらいの大手から声がかかったんだから~」


 いつもはのんびり話すマティーナも、やや早口で興奮気味だ。

 普通は職人の工房に入ると下積みから始まり、好きに衣装や装飾品を作らせてもらえるようになるまで、長い年月がかかるそうだけど。二人の作品を気に入った商人と面談をしたところ、職人としての腕を高く買われ、シルトたちは即戦力として、すぐに作製に加わる内容で採用が決まったそうだ。


「それは、おめでとうございます」

「ありがとう、ルリ」

「これもルリのお蔭だよ~。本当にありがとう」


 ……て、あれ?


 採用通知の就職先の名前に目が留まる。

 ビナーズ商会……?


「ルリ用に作ってた服も高く評価されたんだ」

「子供向けの服飾が足りないから、力を入れたいんだって~」

「就職した後も好きにデザインしていいって言われてるから、もう嬉しくって」

「……あはは、そうですか」


 チラリと目を向けると、フェルドラルの口の端が上がっていて、『逃がしませんよ』と聞こえた気がした。何でだろう。素直に喜べない。


「ルリには一番に知らせなきゃって思って、真っ先に来たんだっ」

「芸軍祭の前で忙しいと思うけど、時間が出来たら、また工房に遊びに来てね~」

「は、はい、分かりました」


 二人は報告が終わると、楽しそうに話しながら工房へ帰っていった。

 今後、二人がどうなっていくのか、ちょっとだけ不安はあるけれど、あの時モデルの話を引き受けて、本当に良かったと思う。二人の夢のために少しでも役に立てたのだから。


 小さくなっていく二人の背中を見つめ、心の中が少しだけ温かくなったような気がした。


 ……それにしても、就職かぁ。


 こういった話を聞くと、時間の流れを強く感じてしまう。


「……あー、ルリ。今、ちょっといいか?」


 聞き慣れない低い男性の声に顔を上げると、周りの様子を窺いながら、若草色の瞳をこちらに向ける木工学科の職人、ラウディの姿があった。

 隣に座っているクレイドルから『誰だ?』と視線が向けられる。


「初めて放課後の闘技場に来たが……ここはいつもこんなに人が多いのか?」


 ラウディは物珍しそうに闘技場内を見回した。


「はい。だいたい、いつもこんな感じです。ラウディはどうしてここに?」

「ああ。ルリの注文のコタツが組み上がったから、あれでいいか大きさとか高さを確認してもらおうと思ってな。都合を聞きに来たんだ」

「それでここまで……。わざわざありがとうございます。わたしはいつでも大丈夫です。今から行きましょうか?」

「そうか。なら、そうしてもらおうか」


 クレイドルに「木工学科に行ってきます」と伝え、すぐに席を立つ。


「フェルも一緒に来てください。あと、しばらくは対戦を禁止にします」

「んふ。かしこまりました」


 芸軍祭が近いから、これ以上ポイントを増やす訳にはいかない。

 夏が終わった途端、急に慌ただしくなってきたなぁ、と感じながら、ルーリアはラウディの後ろに付いて歩き始めた。


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