第206話 断ち切りたい思想
「さて、どうしてくれよう。貴様のような小娘をいたぶったところで、私には何の得もないんだがなぁ」
とっくにいたぶって
「まあ、貴様に
ヌラッとした舌で下唇を湿らせ、ギラついた目を向けてくる男にゾワッと鳥肌が立つ。
『あぁ。とんだクズで外道で下衆ですね。手加減する必要が一切ないようで何よりです。二度と近付いて来ないように徹底的に潰してしまいましょう』
「……は、はい」
何だろう。フェルドラルに言ったら嫌そうな顔をされそうだけど、ディアスの言葉がどことなく重なって聞こえる。
でも、この男に二度と関わりたくないのはルーリアも同じ気持ちだから、頑張って倒そうと思った。
男は懐に手を入れ、慣れた手つきで素早くナイフを投げつけてくる。さっき刺された毒のナイフと同じ物だ。絶対に当たりたくない。
ルーリアが剣を構えて弾き返すイメージを持つと、高い金属音を響かせ、ディアスは男に向かってナイフを打ち返してくれた。
すごい! まるで凄腕の剣士みたいだ!
自分一人では、この動きは真似できない!
「ッ! 何だとッ!?」
まさか打ち返されると思っていなかった男は慌てて剣を抜き、ナイフを叩き落とした。さっきまでの余裕顔を消し、睨むように目付きを鋭くさせている。
「はぁっ!」
男はすぐに地面を蹴ってルーリアとの間合いに入り、剣を振り下ろした。
「ぅくっ!」
顔のすぐ側で鈍い金属同士のぶつかる音が響き、斬撃に乗せられた男の腕の重さに思わず声が漏れる。それでもディアスが綺麗に攻撃を流し、安全な距離を取ってくれている。
『相手の攻撃を正面から受ける必要はありません。離れた場所から防御と攻撃をするように想像してみてください』
「は、はい」
それなら、と風魔法をイメージしてみる。
風のように身を守り、飛散して相手を攻撃するものを。
『なるほど。それは面白い』
そう呟き、ディアスは平たい
「わっ、形が……!?」
『では、さっそく試してみますか』
「は、はい。えっ、と?」
まずは、風で身を守るように……?
片手で払うようにディアスを振ると、長く伸びた刃が切り離されたように分かれ、ルーリアの周りをグルッと囲んで大きな一つの輪となった。列を成した刃が高速で回転して宙を舞っている。
「なッ!? 何だ、その剣はッ!?」
驚愕の表情で目を剥く男の質問は無視する。
この形状のことは『蛇腹剣』と言うのだと、ディアスが教えてくれた。分かれた刃は、それぞれが薄く鋭い切れ味となっているそうだ。
ルーリアの身体に届く前に相手の攻撃を弾き、近付けば削るように切り刻むらしい。……ちょっと怖い。
「…………」
なんか、すごい形になってしまったのだけど。
大丈夫だろうか? あとでセルに怒られたりしないだろうか?
まるっきり原型を残さず形が変わってしまったディアスを前に、ルーリアは今さらながら冷や汗を流した。
場所が場所だ。この対戦の様子は、たくさんの人に見られている。今のディアスを他の人に見られて困るのは、何と言っても持ち主であるセルだろう。
音は聞こえないけれど、シュトラ・ヴァシーリエ中でも防御壁の外の様子を見ることは出来る。近くまで来ていたセルにチラッと目を向ければ、レイドとウォルクスに挟まれ、何かを話しているところだった。
あれは……現状について二人から質問攻めに遭って困っているように見える。
たぶんだけど、セルはディアスが魔術具の武器であることを他の人には隠しておきたいのだと思う。自分にとってのフェルドラルのように。
だからきっと、この状況をどう説明したらいいのか分からなくて、答えられずにいるのだと思う。下手に話して、こちらと言っていることが食い違っていたら、おかしなことになってしまうから。
ルーリアだって、レイドたちにディアスのことを尋ねられたら困る。
そんな主たちの困惑などお構いなしに、ディアスは活き活きとした声で目の前にいる男をどう料理しようか、いろいろ提案してくる。
「あの、あまり目立つことをすると、あとでセルが困るのでは?」
『そのご心配には及びません。セル様からは、例え刃が砕けようとも必ず討ち取るように、と厳命されております』
「えぇ? そんな無茶な」
『今後のためにも憂いは断つべきです』
う~ん。やっぱり似ている。
誰に、とは言わないけど。
心底どうでもいい話ですが、と前置きしたディアスは、男のことを『クズ男』と呼ぶことにしたらしい。本当にどうでも良かった。
『しかし、あのクズ男の顔は長いこと見ていたいものではありませんね。さっさと終わらせてしまいましょう」
「は、はぁ。でも、わたしは人と対戦したことが、ほとんどないのですが」
『では、楽しい追いかけっこなら如何ですか?』
「……追いかけっこ?」
『はい。ルールは簡単です。クズ男をひたすら追いかけてください。攻撃はこちらで行いますので』
「わ、分かりました」
とにかく今は一刻も早く対戦を終わらせ、舞台から下りた方が良さそうだ。
ルーリアは風魔法で自身の速度を上げ、男に向かって跳ぶように動いた。
男もそれに合わせて動こうとするが、移動速度はルーリアの方が遥かに上だ。ルーリアを囲う刃はザッと雨が降るような音を立て、一斉に男へと迫った。
「ッぐ!」
男は自分に向かって不規則に飛んでくるコウモリのような形の刃を剣で打ち払い、ルーリアから距離を取ろうとする。しかし、ディアスは決して男を逃しはしなかった。
少しずつ切り刻み、削り。毒を受けたルーリアの仕返しをするように、徐々に男を追い詰めていく。
「くそッ! 次から次へと鬱陶しいッ!!」
疲れが見え始めた男が焦りを浮かべ、肩で大きく息をする。少し恐怖を感じているような表情になっているのは、気のせいではないだろう。
「きッ、貴様ァッ! さては魔族だなッ!!」
突然そんなことを叫び、男はぶるぶると震える手でルーリアを指差す。ディアスの刃は、動きを止めた男を闇色で完全に包囲した。
ルーリアがイメージしているのは、魔虫の蜂がナワバリを荒らす者に向かって群れ飛ぶ姿だ。
「……もしわたしが魔族だったとしたら、何だと言うのですか?」
「やはり魔族かァッ! これだから魔族は危険なんだ! なぜ神はこの世界に人族以外の種族を創られたのかッ!!」
飛び交う黒い刃に血走った目を向け、剣で打ち払いながら男は吐き捨てるように叫ぶ。
「この世界に魔族などいらぬッ! 汚らわしい魔族どもがッ!!」
力任せに剣を振る男は狂気じみた興奮状態にあり、話しかけてもこちらの声が届くか分からない。
『やれやれ。このクズ男は人族至上主義者でしたか』
「人族、至上主義……?」
昔から人族以外を人として認めないという、危険な思想を持った者たちが一部にいるという。
他種族の者を物や家畜と
『その思想の方が、よっぽど危険だと思うのですが』
「人を、物として……」
『ええ。特に魔族のことを害獣や魔物と同一視している者が多いのです』
「……!」
その考えは、絶対に許されるものではない。
ルーリアは表情を消し、左手を高く掲げた。
「魔族などッ! 残らず滅びてしまえば良いものをォッ!!」
醜く叫ぶ男に向け、想像でディアスを創り変える。思い描いたのは、リューズベルトの魔法剣。もう一文字分でも、この男の声を耳に入れたくはなかった。
頭上に掲げた黒水晶のように煌めく大剣に、ルーリアは手を伸ばす。
「……この対戦を終わらせます」
『良いご判断かと』
ディアスを両手でしっかりと握り、ルーリアは自身で出せる最速の風を身にまとう。
音よりも速く、両腕を振り上げていた男の胸に飛び込み、その真ん中を貫くようにディアスを深く沈めた。
「!?」
何が起こったのか理解できない、そう見開かれた男の目には、ルーリアの瞳の残光だけが映る。
「──……」
自分の胸を貫いているディアスに、錆びついた金属音が聞こえてきそうな動きで男は目を向けた。
次の瞬間、光の粒となって崩れ落ちるように、男の姿は石舞台の上から消え去る。
『対戦終了確認。シュトラ・ヴァシーリエを解除いたします』
機械的な音声が響き、石舞台の半分を囲んでいた防御壁はサクラの花びらが舞い散るように溶けていった。
闘技場内にいる人たちの視線が集まるより早く、ルーリアは舞台から下りた。
ディアスを元の黒剣に戻し、本当は片手でも持てるけど、わざと重たそうに両手で抱え、セルの元へ向かう。
「あの、セル。剣を貸してくれてありがとうございました。お蔭で助かりました」
複雑な気持ちは押し隠し、とりあえず笑顔でセルにディアスを差し出した。
セルがみんなから何を尋ねられ、何を話していたのか、ルーリアには分からない。うっかり余計なことを言ってしまわないように、しっかりと口を結んだ。
「……いや、役に立てたのなら良かった」
セルはディアスを受け取りながら、申し訳なさそうな表情を覗かせる。何かを伝えたそうにしているけれど、みんなが周りにいるから言えないでいる感じだった。
「なぁ、ルリ。さっきのあれは何だったんだ? 剣があそこまで変わるなんて。いったい何をしたんだ?」
待ち構えていた顔のウォルクスが一番に尋ねてくる。レイドの後ろには、リューズベルトとナキスルビアもいた。
うぅ……っ。セルは何て答えたのだろう?
失敗してもなかったことには出来ないから、ある意味シュトラ・ヴァシーリエよりも緊張する。
ルーリアは必死に頭の中で考えを巡らせた。
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