第196話 裁判への呼び出し
ルーリアが裁判学科からシルトの所に届けられた呼び出し状を見せてもらうと、冒頭に『裁判開廷決定のお知らせ』とあった。
呼び出しの理由は、先の衣部コンテストでの不正について。対象者はシルト、マティーナ、コンテストに参加したモデルの三名。場所は法部の区域にある裁判学科の法廷、とある。
日時と持参品についても詳しく書いてあった。
一応、参加しないという選択肢もあるが、それは自分たちが不正をしたと認めることと同じ意味を持つ。行かない訳にはいかないようだ。
「これ、わたしたちは裁判学科の教材にされたみたいですね」
「えっ、教材?」
前に医療学科のネアリアから、授業の教材として生徒を使うことがあると言われた話を、シルトとマティーナにも聞かせた。
だけどそれは教材となる申し出を本人が受けたら、という話だったはずだ。そう話すと、シルトは申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせた。
「ごめん。それはきっと私が何もやましいことなんてないって言ったから、コーデリアに呼び出しをしても平気だって意味に取られたんだと思う」
シルトは自分のせいだと言うけれど、恐らくコーデリアはどう答えたところで裁判に呼び出すつもりでいたのだろう。
「でも、どうしてドレスと装飾品が必要なんだろ~?」
「う~ん。何に使うんだろうね」
「何かの証拠になるんでしょうか?」
一瞬、作品の時間を巻き戻したことも罪に問われるのかと考えたけど、あれからドルミナに頼み込んで全く同じ魔術具を作ってもらい、こっそり調理室に戻しておいたから誰にも気付かれていないはずだ。……たぶん。
「そんなことより、問題はルリだよ」
「えっ、わたし、ですか?」
シルトに心配そうな顔を向けられ、何だろうと首を傾ける。
「呼び出されてるのは、モデルをしてた大人の姿のルリなんだよ」
「……あ」
そういえば、そうだった。
神官に会ってしまうかも知れない裁判に、この姿のままでは参加できない。
それにコンテスト以降、なぜかモデルをしていた人物を探して、いろんな人がシルトたちの所に訪ねてくるようになったと聞いている。
何となく嫌な予感しかしないから、二人には秘密にしてもらっているのだけど。
う~ん、どうしよう。と悩んでいると、マティーナがポンと手を鳴らす。
「それだったら、薬を飲んだ状態でちょっとだけ裁判に出て、ルリだけ早く退場させてもらえばいいんじゃないかな~? あらかじめ朝から体調が悪い、とか言っておいて」
授業としての裁判だったら、生徒にそこまで無理はさせないだろう、と二人は言う。
それに神官に会う可能性があるのなら、ルーリアにとっても大人の姿の方が都合が良かった。
今の姿は創食祭の時に一度見られている。
他に良い考えも思いつかないので、今回はマティーナの提案した方法を取ることになった。
そして、裁判当日。
「ここが、法部の区域……」
きっちり左右同じ高さに整えられた並木道を抜けると、厳格な雰囲気の漂う灰色の建物が見えてきた。これが裁判学科の法廷と呼ばれている学舎らしい。
この学舎は神殿にある本物の法廷に似せて造られていて、ここで行われる裁判も本来のものとそれほど変わらないという。犯した罪が重ければ、判決に沿って本当に償うことになるそうだ。
ルーリアは魔法で姿を消し、シルトとマティーナの後ろを付いて行った。フェルドラルは神官に見つかるとまずいので、法部の区域外で待機している。
薬は効果が短いから、裁判が始まる直前に飲む予定だ。着替えもばっちり用意してきている。
「全く、貴方たちは授業で何を聞いていたの!?」
法廷の入り口に差しかかった所で、女性の甲高い怒鳴り声が聞こえてきた。
この声は……コーデリア?
「どうして私の所に呼び出し状が届くのよ! 私は原告なのよ? こんな初歩的なミスをするなんて。貴方たち、よく裁判学科に入れたわね!?」
コーデリアは目の前にいる生徒たちを激しく怒鳴りつけていた。その手には、シルトに届けられた呼び出し状と同じような物が握られている。
「そう大声を出さずとも聞こえているだろう。人目のある場で見苦しい」
──えっ?
静かに響く聞き覚えのある声に、ルーリアは思わず振り返った。
セルが、どうしてここに……?
「あ、あらやだ。ごめんなさい。私ったら、恥ずかしい所を見せてしまったわね」
その姿を目にするなり、コーデリアは急にしおらしくなる。セルの腕に寄り添うように自分の腕を絡め、艶やかな笑みを浮かべた。
「ここに何かご用かしら? 私で良ければ案内して差し上げるわ」
さっきまでの怒声とは違い、甘えるような声を出すコーデリア。
「……用があるから来たまでだ。この場で消し去ってしまえれば、どれほど楽か」
「えっ、それはどういう──」
コーデリアがセルの顔を覗き込むと、凍りつくような冷たい視線が返ってきた。
「……ッ!!」
突き刺すような鋭い視線に圧倒され、絡めていた腕がするりと外れる。コーデリアは呆然とその場に立ち竦んでいた。
普段は物静かなセルの怒っている姿に、ルーリアも釣られて胸が騒いでしまう。
「セル、お待ちしていました。こちらへどうぞ」
慌ててやって来た生徒に案内され、セルは無言でその場を立ち去った。
「こちらはシルトとマティーナ……と、モデルの方は?」
「モデルは後から来る予定です」
「そうですか。では、控え室に案内します。こちらへどうぞ」
シルトたちも案内され、移動することに。
どうやらセルとは反対方向のようだ。
控え室に案内された後、マティーナはモデルの体調が悪いことを伝え、早めに退場させてもらえるように話した。すると、
「ああ、それなら心配には及びません。モデルの方が関わる裁判は3分ほどで終わると思いますから」
係の者はそう言い残して、控え室から出て行った。
「……え? 今、3分くらいで終わるって言いましたよね?」
「言ったね。どういうことだろ?」
しかし考える暇もないまま、係から入廷するように声がかけられる。すぐに裁判を始めるようだ。
「わ。も、もう?」
ルーリアは急いで薬を飲み、素早く着替えて準備をした。魔法を解いて、シルトたちと入廷する。
わぁっ。これが法廷。
壇上の席には裁判官たちが並び、その前にある円状の立ち台を挟んで対になった席があった。
原告側にコーデリアたち。被告側に自分たち、といった感じだ。
裁判を見に来た人たちは傍聴席に座っていて、こちらとの間には木製の柵がある。
そこまで広くはないけれど、その独特な雰囲気に緊張してしまった。
「では、開廷いたします」
最初に裁判官は三人いて、真ん中の人が裁判長だと紹介される。他にも記録を取る人や、補佐役の人がいる。
原告側の席にいるのは、ダミアとコーデリア。
それとエマムという、ダミアと組んでいた気の弱そうな装飾学科の女生徒が一人いた。
「それでは、まず──」
と、今回の裁判の内容が読み上げられ、その後、被告側への質問に移っていく。
「シルト、貴女は先の衣部コンテストにおいて、不正を行いましたか?」
「いいえ、していません!」
シルトは堂々と答える。
「マティーナ、貴女は衣部コンテストにおいて、不正を行いましたか?」
「いいえ、していません」
同じ質問に、マティーナもまっすぐ答えた。
「では、最後にモデルの方。あなたは学園の生徒ですか?」
「はい、そうです」
三人の答えを聞いた裁判長は満足そうに頷き、手元にあった書類を補佐役へと渡した。
判を押された書類は瞬く間に青い炎に包まれ、燃えて失くなる。
「本件の質疑応答は以上です。判決、被告側は無罪。本案は棄却となり、以上をもって閉廷といたします」
えっ、もう終わり!?
そう思った瞬間。ガタッと音を立て、コーデリアが勢いよく席を立った。
「裁判長! そのモデルの名前や在籍する学科が明らかとなっていません。私は学園に在籍する全ての女生徒を調べました。ですが、どの学科にも彼女と一致する人物はいませんでした!」
噛みつくように睨んでくるコーデリアに、ルーリアはビクリと肩を震わせた。
「控えなさい、コーデリア。ここは法廷です。貴女からの『モデルが学園の生徒ではないため、衣部コンテストの受賞の取り消しを求める』という訴えは退けられました。彼女は間違いなく学園の生徒です。彼女がどこに在籍しているか等の個人的な質問は、閉廷後に頭を下げて謝罪をしてから貴女自身で行うべきです」
この場で尋ねることではないと、裁判長はコーデリアを跳ね除けた。
「……な、何ですって!」
コーデリアは真っ赤な爪が食い込みそうなほど強く手を握りしめ、怒りの形相で裁判長を睨みつけた。
その間、補佐役が書類の束を裁判官たちの前に置いていく。
「──さて」
裁判長は補佐役から書類を受け取り、表情を引きしめ硬い声を出した。
「では引き続き、次の裁判を行います。シルトとマティーナはこちらの席へ。コーデリア、ダミア、エマムの三名は、あちらの席へ移動してください」
「──ッ!?」
その言葉に、コーデリアとダミアは驚愕の表情を浮かべた。
裁判長が指し示したのは、シルトたちが訴えを起こした原告側の席で、コーデリアたちは訴えられた被告側の席だったからだ。
「シルト、これは?」
「わ、私たちにも何が何だか……」
何が起こっているのか分からず、全員が戸惑った顔をしていると、原告側の扉からセルが入ってきた。
「早く移動しろ。お前たちは向こうの席だ」
凄みを利かせた声をセルからかけられ、コーデリアたちは追い立てられるように慌てて席を移る。
「なんかよく分からないけど、とにかく私たちも向こうに行こう」
「そ、そうだね~」
「…………」
なぜ、ここでセルが出てくるのか。
いったい何をしようとしているのか。
何も分からないまま、コーデリアたちの動きに合わせ、ルーリアたちもセルのいる方へと移った。
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