第188話 尾行する四人
「あっ、来た!」
レイドとルーリアが歩いてきて、海の家の前に立った。ルーリアは物珍しそうに、キョロキョロと建物を見回している。
「くぁ~。ロリちゃん可愛えぇー。見ろよ、あの人を疑うことを知らない純真無垢な顔を」
「もぉ~、メガネ君、うっさいぃ~」
少し離れた所にフェルドラルもいるが、後ろ姿だけ見れば、大人の男と店に連れ込まれそうになっている小さな女の子である。
「……何か、ルリが悪い大人に騙されて連れて来られた子に見えるんだけど」
と、ナキスルビアが微妙な顔をする。
「分かるぅ~。おチビちゃんってぇ、『良い物見せてあげようか』とか言われたらぁ、付いて行っちゃいそぉだもんねぇ~」
「くそっ、尾行中じゃなきゃ容疑者を確保してるとこだ。おのれ、レイドめ! 純粋なロリちゃんに魔の手を伸ばしやがって……ッ」
いくら魔法で身を隠しているとはいえ、声を出せば音は漏れる。頼むから声を出さないでくれ。三人を見て、セルは静かに困っていた。
二人が海の家に入ってしばらく経つと、フェルドラルだけが店から出てくる。
「姫様たちは中に入りました。四人とも、もう店に入ってきて構いませんわ」
その言葉にリュッカたちは驚いて顔を見合わせた。
「えっ、四人!?」
「セルいたんかーいっ! 声くらいかけてくれよー!」
「やぁだぁ~。覗きの覗きぃ? エッチィ~」
「…………済まない」
不憫。セルの後ろにラスも気配を消して控えていたのだが、主を見てそう思ったとか思わないとか。
四人が店内に入ると、フェルドラルは簡単に海の家について説明をした。急がないと、帰ってきたルーリアたちと鉢合わせしてしまう。すぐに台帳に名前を書いて中に入るように伝えた。
「あちらの擬似空間には、身に着けている物以外、魔術具やアイテムの持ち込みは出来ません。魔法や魔術は本人が使用可能な物に限り、中でも使えるそうですわ。せいぜい見つからないようにしてください」
店に入ってくるなり、何かを企んでいるように小声で話す一団を、カウンターにいるバハルとラメールは怪しんだ目で見ていた。
「いらっしゃいませなの、お客様」
「中に行くのは四人でいいのか?」
「うん、四人だよ」
「そっちの付き添い人は行けないからな」
言われるまでもなく、ラスは控える形で壁際に寄る。ラメールたちはルーリアが通った時とは違い、とても素っ気なかった。
「妖精が人族の街で働いているなんて珍しいね」
エルバーが笑顔で話しかけても、ラメールはツンと無視している。与えられた仕事をこなすだけ、といった様子だが、これがここでの二人の本来の姿だった。
「ここに一人ずつ名前を書いて欲しいの」
「名前だね、分かった」
「海には行くのか? 海の家だけか?」
質問されたエルバーはリュッカに振り返る。
「ロリちゃんは楽器を習いに行ってるんだから、海には行ってないよな?」
「たぶんねぇ。あたしたちも今回は海には行かないよぉ~」
「了解。えーと、ボクたちは行くとしたら海の家だけだよ」
そう伝えると、ラメールは全員の記名を確認して入り口を指し示す。
「男の人はそっち、女の人はこっちなの」
セルが入り口の前で立ち止まると、エルバーはその背中を強く押した。
「じゃあ、行くとするか!」
「ちょっとドキドキするわね」
「あたしは楽しみぃ~」
そして入り口を抜けた四人は、真っ白な砂浜に立っていた。
ザ、ザァア────ン……ザァ────……
多少のズレはあるが、ほぼ全員が同じ辺りに出て、その雄大な景色に目を奪われる。
目の前に広がるのは、澄んだ青空と透き通ったエメラルドグリーンの海である。
「わあっ。これは綺麗ね」
「ひゃぁ~、すっごぉ~い! これ、海なのぉ~?」
島国であるロードスフィアで生まれ育ったナキスルビアと、水の都と呼ばれるアクアベーテで育ったリュッカの二人が、真っ先に驚きの声を上げる。二人の故郷の海とは全くの別物だった。
「……これは、美しいな……」
口数の少ないセルでも、思わずそう呟くほどだ。
「ここ、すごいな。こんな色の海を見たのは、ボクも初めてだよ」
「ロードスフィアの海は暗くて深い色なの。こんな透き通った色じゃないわ」
「アクアベーテの海も濃い青色だからぁ、こんな優しい色じゃないよぉ~」
「……!」
そんな会話を三人がしていると、セルが海に向けていた目を急に逸らした。
どこか気まずそうな顔をしているセルにエルバーが気付き、見ていた方に目を向ける。
「セル、どーしたん……あ、やばい! 砂浜にレイドがいる! て、隣にいるのはロリちゃんか?」
レイドと、もう一人は頭からすっぽりとタオルを被っている。
「え~? あ、ほんとだぁ……って、あれぇ~? あの二人ぃ、もしかして水着になってなぁい?」
「んな、ぬぁにぃッ!! マジかッ!?」
水着と聞き、エルバーは必死に眼鏡を凝らす。
しかし残念ながらタオルで隠され、ルーリアの姿は見えなかった。
「も、もしかして。ロリちゃん、水着だった……のか?」
エルバーはギギギ……と首をひねり、血走った目をセルに向けた。
「みずぎ、とは?」
軽く首を傾げ、深緑色の瞳を瞬くセル。
「水に入るための装備だよ! 早い話が下着のような姿だ! くそぅっ! 見たよな? 見たんだよな!? くうぅっ、羨ましいっ! その記憶を寄こせえぇーッ!!」
暴走したエルバーは無謀にもセルに掴みかかろうとして、即座にナキスルビアに取り押さえられた。そして、リュッカの魔法で顔だけ出した状態で砂浜に埋められる。
「あ、二人がこっちに来るよぉ~」
「とりあえず隠れましょ」
魔法で姿は消えているが、三人は念のために隠れた。エルバーは口を布で塞いで放置だ。
砂浜から海の家に向かう途中、レイドは何かにつまずいて振り返った。何かとは、もちろんエルバーのことだが、レイドには見えていない。
「……?」
「どうかしましたか?」
「いや、今、何か蹴ったような……?」
レイドとルーリアが南国風な造りの海の家に入って少し経つと、辺りには放課後になってやって来た生徒たちが増え始めた。
レイドと他の生徒に蹴られて今は静かになっているエルバーだが、あのままでは邪魔になる。
すごく面倒そうな顔をしてエルバーを掘り返すリュッカとナキスルビアを、セルは何とも言えない顔で見ていた。
「あ。おチビちゃんたち、やっと出てきたよぉ~」
「あそこで楽器を借りていたのね……って、ルリのあの恰好!」
「あ~。どう見ても彼シャツだねぇ~」
レイドの後ろを付いて出てきたルーリアは、太ももまでの丈の大きめな白いシャツを着た姿だった。
「……何でレイドはルリのあの姿を何とも思っていない感じなの?」
「あれってぇ、レイドの趣味かなぁ~?」
海では水着姿が普通だということに衝撃を受け過ぎて、二人の感覚が麻痺していることなど、リュッカたちは知る由もない。
「まぁでもぉ、ちょっと面白くなってきたんじゃなぁ~い?」
くふふ、とリュッカは口元を押さえる。
セルに回復魔法を掛けられてガバッと起き上がったエルバーは、目に飛び込んできたルーリアの姿に愕然とした。
「……なッ!? ボクが気を失っていた間に、いったい何がッ!?」
エルバーは拳を握ってワナワナと震わせる。
「あ、あンの野郎……。水着だけじゃ飽き足らず、ロリちゃんに何て恰好を……! 指先がちょっと出るくらいの長袖に、太もも丈だなんて。的確にポイントを突いて、良い仕事をしてるじゃないかッ! なぁ、セル!」
怒っているのか、褒めているのか。
何かの同意を求められたようだが、セルにはエルバーの言葉が半分も理解できなかった。
「あれは手違いで水着とやらになってしまったから、それを隠すために上着を借りたのではないか?」
セルの冷静な判断に、エルバーは反論する。
「いーやっ、あれはわざとだね! きっとレイドの趣味だろ。全くもって羨まけしからん! だいたい上着が借りられるんなら、下だって何かあったはずだろ」
そう言いながらもエルバーはルーリアをガン見し、本体をクイッと指で押し上げた。
「ただァし! いたいけな少女にシャツだけを着せる勇気! そこは評価できる。ある意味、勇者と呼んでもいい」
その後も、実に良い趣味だ。同志と呼べる。一人だけ間近で見ているのは許せんが、あの姿が見られただけでもレイドを褒めてやらなくもない! と、謎の上から目線を繰り広げるエルバー。
「二人は向こうの小高い丘に行くみたいよ。追いかけましょう」
四人はルーリアたちに近付き過ぎないよう、距離を保ったまま後をつけた。幸いなことに、この辺りには茂みや大きな葉を持つ植物がたくさんある。
「ねぇ、セルは魔法剣士なの?」
歩きながら、ナキスルビアが尋ねる。
「いや、そういう訳では……」
授業や部活では使わないようにしているのか、セルが魔法を使う姿は今までほとんど見たことがなかった。だけど今日は、補助魔法をいろいろと使ってくれている。
「いきなりあれこれ聞くのは失礼かも知れないけど、セルって普段は何をしてる人なの?」
あれほどの強さなのに、軍部にいる者たちからセルの話を聞いたことはなかった。騎士の家系にあれば、他の国の者でもある程度は名前が通っているものだ。
「私は……何と言えば良いのだろうな」
セルは少し考えた。
「土地を管理している、か」
「土地を!? えっ、それってつまり、領主ってこと?」
この世界で土地の管理と言えば、それは領主の仕事だ。住民同士で土地の売買をすることはあっても、管理をするのは国から土地を任された領主の仕事となる。
他に『土地を管理する』と言える職業となると、その領主を束ねる王族となる訳だが。
「領主本人ではないが、それの補助というか、似たようなことをしている」
「そ、そうなの。正直言って驚いたわ」
セルは前に、自分は養子だと言っていた。
きっと早くに両親を亡くし、どこかの領主の家に引き取られたのだろう。
「じゃあ~、セルってぇ、お金持ちなのぉ~?」
「お前は遠慮という言葉を知れよ。あと、空気読め」
「いや、むしろ貧しいと言えるだろう。住んでいる国は
「……ふぅ~ん、そぉなんだぁ~」
嫌な顔もせずに真面目に返してくるセルを、リュッカはじっと見つめた。
「そぉいやセルってぇ、おチビちゃんに似てるよねぇ~」
「私が、ルリに……?」
「何て言うかぁ、性格とかぁ、雰囲気ぃ~?」
「あー、それはちょっと分かるかも」
「…………そう、なのか」
セルは少しだけ嬉しそうに口元を緩めたのだが、すぐにナキスルビアの「えっ、何あれ!?」という驚いた声に掻き消された。その声に釣られ、三人も視線を移す。
「なんだあれ!?」
「えぇ~、何であんな所にぃ~?」
立ち止まったルーリアたちの前には、いつの間にか貴族の屋敷の部屋のような豪華な
「そういえば、ここが神様の創った空間だってこと、すっかり忘れていたわ」
ナキスルビアは現実とそっくりな空を見上げ、ため息混じりに呟いた。
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