第180話 ラウドローン討伐


 カッと照りつける太陽。

 ジリジリと焦げるような大気。

 ありとあらゆるものの水分を全力で奪いにくる乾いた大地。地上界最大の砂漠、マイヤー。


 現地に到着して聖竜から出た外は、灼熱の炎天下だった。


「うわ、これは……!」

「……っ!? 陽の光が、痛い!?」


 レイドは目元に、ルーリアは頭の上に思わず手をやる。砂に反射した日光は攻撃的なほどに眩しく、外気は暑いなんてものじゃなかった。現在の気温は50℃近くあるという。


「リンヒライキ、戻れ」


 リューズベルトが呼びかけると、聖竜はペンダントの青い宝石に吸い込まれるように姿を消した。


 辺りは、見渡す限りの砂の原。

 所々に岩場はあるけれど、真上から太陽が照りつけているせいで、日陰になるような場所はどこにもなかった。遠くには陽炎が揺らめいている。


「……これはすごいな」


 自分の影すら霞むような酷暑を経験するのは、ガインも初めてだった。


「息をするだけで、胸の奥が焼けるようです」


 足元の砂からは直に火で焼かれているような熱が伝わってきて、ルーリアの白い肌をヒリヒリと刺す。


凍てつく霧よクイン・ファー、氷衣となれ・リンツェ出現せよ、氷塊シューツ・スェル・リンツェ


 ここは自分の出番だと思い、みんなのいる場所を氷魔法で冷やし、氷塊をいくつか出現させた。魔法で出した氷は自然の物と違い、簡単に解けたりしない。


「これでしばらくは大丈夫だと思います」

「ありがとう、ルリ。助かるわ」


 ナキスルビアは生まれつき氷の加護が付いているそうで、この炎天下でも涼しい顔をしていた。

 リューズベルトとセルも涼しい顔をしていたけど、あれは痩せ我慢だと本体を汗で曇らせたエルバーは力説していた。


「あぁあ~、氷が冷たくて気持ちいぃ~」


 リュッカが氷に抱きついて涼んでいる横で、エルバーはウォルクスから革袋を受け取る。

 今からいろいろと下準備をするそうだ。


「じゃあ、わたしも……」


 今日は暑い場所に行くと知っていたから、冷たい飲み物や氷菓子をたくさん作って持ってきていた。さっぱりとした冷製料理もいくつかある。


「この辺りでいいかな」


 魔法で氷柱を立て、氷の塊をドーム状に積んで作った休憩所に、テーブルと椅子に見立てた氷塊を置く。そこにテーブルクロスや綺麗な布を敷き、くつろげる空間を作った。ちょっと殺風景だから、氷で作った花も飾る。


「……うん。これでよし、と」


 熱い砂の上に、ひんやりとした空間が出来上がった。最近ハマっている花茶に氷を浮かべ、新鮮なミルクや果物で作ったジェラートをテーブルの上に並べる。今回は五種類ほど作ってきた。


「みんな、良かったらあっちで冷たい物でもどうぞ」

「えっ! ルリ、どうしたの、これ!?」

「これだけ暑い場所ですから、討伐前に体力を奪われないように、休憩所を作ってみました」

「わあぁ~。おチビちゃん、マジ天使ぃ~」

「……ルリがいると厳しい環境の討伐任務も行楽みたいになるのか」


 呆気に取られた顔のウォルクスだったが、その目はジェラートに釘付けだった。


「んん~、冷たくて美味しい。わざわざ作ってきてくれたの? ありがとう、ルリ」

「この氷菓子は美味いな。中に入っているのは木の実と蜂蜜か?」

「はい。ミルクの味と合うんですよ」


 夏向けの料理や冷たい菓子は、最近覚えたばかりだ。みんなからの評判も良くて嬉しくなる。

 ウォルクスは真顔で「娘さんをパーティメンバーにくださいって言ってみようかな」と、ガインを見て呟いていた。


 一方、かなり離れた所まで移動したエルバーは、革袋の中から何かを取り出して置いていた。

 ここからではよく見えないが、エルバーよりも大きな塊だ。


「あれは何をしているんですか?」

「あー、あれ? あれは、ラウドローンをおびき寄せるための餌を置いているのよ」

「……餌?」

「牛のお肉を丸ごと一頭分だなんてぇ、贅沢だよねぇ~」

「牛を丸ごと!?」


 思わず顔が引きつってしまった。

 料理をするようになって慣れてきたとはいえ、それだけの肉塊を間近で見るのは、まだ少し抵抗がある。エルバーは肉塊に、さらに液体のような物をかけていた。


「あれは牛の血と、ラウドローンの好きな匂いの素が入った薬液よ。あれ、すっごい強烈なのよ」


 嗅覚で獲物を探すラウドローンは、血生臭い匂いが大好きだという。エルバーは匂いが移らないように自分を風魔法で覆い、薬液を撒いていた。

 下準備から戻り、氷の休憩所でのんびりくつろぐリュッカたちを見たエルバーは、「なんだこりゃ!?」と驚く。


「ラウドローンのナワバリの中に雪妖精のオアシスを作ってしまうなんて。ロリちゃん、恐るべし」

「どぉ~? 良いでしょぉ。おチビちゃんが作ってくれたのぉ~」

「あー、ここだけ雪国みたいだー……って、リュッカ。今度はお前の番だぞ。すぐに来るかも知れないから、早く行ってこいよ」

「分かってるよぅ~。メガネ君はほんと、うっさいなぁ~」


 リュッカは文句を言いつつ、氷壁の外へ出る。


水鏡の流れに己を映せクイン・ファー・ミューラ


 すぐに自分の周りに水魔法で膜を張り、少し高い位置にある岩場まで行くと、リュッカは何かの呪文を唱え始めた。


「あの、リュッカは何を?」

「あれは罠を作ってるんだよ。ラウドローンは見た目は魚みたいなんだけど、水が苦手でね。餌に釣られて出てきたところを、水の壁で囲って一気に討伐するんだ」


 説明を聞いている間にも、餌を置いた場所を中心に砂の表面に水色の光が広がり、大きな円形の魔法陣を描いていく。かなり広範囲の魔法のようで、消費する魔力も相当なものだと感じた。


「あの、リューズベルト。わたしにも何か出来ることはありませんか?」

「いや、ルリはここを作ってくれただけで十分だ。少しは働いてもらわないと、あの女もいる意味がないからな」


 リューズベルトのリュッカに向ける目や言葉は、とても冷やかなものだった。

 やっぱり二人は仲が悪いのだろうか。

 どうしてリューズベルトはそこまでリュッカを嫌っているのだろう。と、不思議には思うけど、余計なことは言わないようにしていた。


「こっちも終わったよぉ~」

「了解」


 リュッカが戻ってきたところで、ウォルクスは討伐の手順をみんなに説明する。

 今回は二手に分かれての作戦となり、ルーリア、リュッカ、エルバー、ナキスルビア、フェルドラルは魔法班。それ以外の人は攻撃班となった。リューズベルトはセルも魔法班に入れようとしたが、フェルドラルからすげなく断られるという。


「このあとラウドローンが現れたら、俺たち攻撃班が魔法陣の中にヤツを追い込む」


 ラウドローンが完全に魔法陣の中に入ったところを、リュッカが水壁を作って中に閉じ込め、そこを攻撃組が一斉に攻撃するという流れだ。


「ラウドローンの身体が少しでも魔法陣の外にあると、水壁で閉じ込めることが出来ない。そうなると逃げられてしまう可能性もあるから、まずはみんなで協力して追い込もう」


 ウォルクスの声に顔を見合わせ、頷き合う攻撃組。


「今回はレイドにラウドローンのとどめを刺させる必要がある。攻撃に移る時は、特にそこに気をつけてくれ」


 リューズベルトの注意を受け、みんなはもう一度、確認するように頷き合った。


「あの、わたしは何をすれば……?」

「ルリは無理をしない範囲で補助と回復を頼む」

「はい、分かりま」


 ──ザシュッ!


「? 今の音は……?」

「しっ、静かに!」


 ──ザシュッ! ──ザシュッ!


 それは初めて聞く音だった。

 その音が近付いてくると、振動で足元の砂がサラサラと低い方へ流れていく。砂原全体を揺らすような音と振動が、地面の下から伝わってくるのが分かった。

 そして音は、砂を勢いよく深い所から上へと掘るようなものに変わる。それからすぐに激しい豪雨のような音へと変化した。


 ザザザ、ザザザアァアアァ────……


 大きな砂煙を巻き上げ、突如、砂原に岩山が生えてきた。そう思った次の瞬間には、その巨大な岩の塊は、泳ぐように砂の上を移動し始める。


 おお、大きい~~~ッッ!!!


 話に聞いていた通り、20メートルはあるだろう。聖竜よりさらに大きい。攻撃色の紅い目を光らせ、ラウドローンは餌に向かって一直線に進んだ。


「こ、これ、本当に生き物なんですか!? というか、倒せるんですか、これ!?」

「ああ、大丈夫だ。リュッカ、位置に着け」

「はぁ~い」


 ウォルクスは慌てることなく、みんなに指示を出していく。


「レイド、進行先には立つなよ。ひと呑みにされるからな」

「ああ、分かった」


 みんなが次々と配置に着く中、ルーリアはフェルドラルと二人でその場に残される。特に指示がないということは、自由にして構わないということだろうか。


「えっと、じゃあ、わたしはみんなに補助魔法を掛けますので、フェルは魔物の弱体化を手伝ってもらっていいですか?」

「かしこまりました」


 リューズベルトとセルがラウドローンの前面に立ち、魔法陣の中央へとおびき寄せている。あんなに大きな魔物を前にしているというのに、二人は平然としていた。

 ほどなくしてリュッカの水壁がラウドローンを閉じ込め、攻撃班が一斉攻撃に転じる。


「どうやら上手くいったみたいですね」

「あとは魔物の攻撃を避けながら倒すだけのようですわ」


 ラウドローンは魔法を使わないが、その代わり地属性の技をいくつか使ってくる。胸元のヒレで大量の砂を岩混じりに飛ばしてきたり、砂嵐を極地的に起こしたり、口から岩の塊を吹き出してきたり。

 それを事前に聞いていたルーリアとフェルドラルは、その技をことごとく防ぎ、みんなが安全に戦えるように補助をしていた。

 リュッカたち魔法班は水と氷の魔法で、ラウドローンを弱らせていく。


「だいぶ動きも鈍くなってきましたし、間もなく終わりますわね」


 フェルドラルはすでに退屈そうだった。


「そうですね。みんながケガをすることもなく終わりそうで、ホッとしています」


 と、安心しかけた、その時。


「あ、あのバカ虎……」

「……?」


 フェルドラルの呟きを耳にして、見ている方へ目を向けると、なんと。

 ガインの持つ剣から上がった大きな炎が、ラウドローンをすっぽり包み込み、こんがりと焼き上げる姿が目に飛び込んできた。


「ぬぁっっ!?」

「あぁ……。やってしまいましたね。レイドが刺すべきとどめを、ガインが奪ってしまったようですわ」

「な、なななな、何てことを!!?」


 まさかの展開に、開いた口が塞がらない。

 ルーリアは慌てて現場へと急行した。


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