閑話7・背反する揺れ火


 学園に通い始めて初となる、時の日。

 クレイドルは朝から私兵団を訪れていた。

 ここは私兵団の代表である大鷲の鳥人、ハロルドの執務室だ。


「どうした、クレイア? ぼーっとして」


 応接用の椅子に座っている火蜥蜴サラマンダー姿のクレイドルに、ハロルドが声をかける。


「……ん、ああ、いや。何でもない」


 軍事学科に行くつもりなんてなかったのに、どうしてこうなった、と考えていたクレイドルは、慌ててテーブルの上に視線を戻した。


「こちらがご依頼の品となりますが……」


 クレイドルの向かいに座っているのは、小人族で商人のユルグだ。ヨングからの紹介で、私兵団に出入りする商人たちのまとめ役をしてくれている。

 今日は金属で出来た安物の剣が欲しいと言って、わざわざ来てもらっていた。もちろん剣は、学園でレイドとして使うための物だ。


「本当にこちらの剣で宜しいのですか? 差し出がましいようですが、こちらでは物足りないのでは?」


 ユルグは親切にも、ここにある剣はクレイドルに相応しくないと進言する。クレイドルが腰に帯びている剣と比べれば、テーブルの上の剣はどれも劣化品と言えた。


「どこにでもあるような剣が欲しいんだ。これで構わない」


 クレイドルは適当に二本選び、その購入を決めた。一本は予備だ。とにかく目立たない剣であれば、何でもいい。

 腰にある剣は妖精の騎士団から借り受けている物だから、学園で使う訳にはいかなかった。



「ハロルド、ちょっと聞きたいことがあるんだが」


 ユルグが帰ったところで、クレイドルはハロルドに話しかけた。普段は寡黙なクレイアから相談に乗って欲しいと言われ、人の好いハロルドは親身な顔になる。


「珍しいな。何だ?」

「人付き合いについて、なんだが」

「人? 私兵団の中で何かあったのか?」

「いや、そうではない」


 クレイドルは今まで、人と深く関わることを避けてきた。ちゃんとした人付き合いをしたことがない。

 普通、人は人に対してどういった反応をするものなのか。ルーリアには自分の主観で語ってしまったが、それが正解かどうかもよく分からない。

 ハロルドは見た目こそ20代だが、実年齢は50代半ばくらいだ。きっと人生経験も豊富だろう。


「例えば、どんなことだ?」

「人から物をもらった時は、どうしたらいいのか知りたい」

「物か。ちなみに何をもらったんだ?」

「食べ物だ」

「……食べ物? 手作りか?」

「そうだ」


 何かにピンと来た様子のハロルドは、ここで急にニヤリとした顔になった。酒場で悪友に絡むように、クレイドルの肩にガッチリとした腕を回す。


「相手は女か?」

「……まぁ、そうだが」

「なるほど。ならば、お返しは必須だな」

「そうなのか」

「ああ。だが、これは難しいぞ」

「難しい? どうしてだ?」


 ハロルドはあごを撫でながら、神妙な顔をする。


「センスを問われる」

「…………センス」


 クレイドルもハロルドと同じように神妙な顔付きになった。ここで選択を間違えれば、人族ではないと周りにバレてしまうということだろうか。確かに難しそうだ。


「相手の好きな物は知っているか?」

「好きな?……甘い菓子が好きだと言っていたが」

「初めて渡すんだろ? だったら食べ物は避けた方がいいな。形に残る物の方がいい。何か他にはないのか?」

「他……」


 クレイドルはサクラの花を見つめていたルーリアを思い出す。


「……花、か」


 その呟きにハロルドは肩を叩く。


「それだ。花束とかはハードルが高すぎるから止めとけ。相手に渡す前も、地味に晒し者になるからな。花の細工品とかはどうだ? 無難だろ?」

「……花の細工品、か」



 ……などというやり取りがあり、閉店後の薬屋に戻ったクレイドルは、ヨングの前で困った顔をしていた。


「へえぇ。隊長殿が花の細工品を、ねぇ」


 改めて、どうしてこうなったと考える。

 ハロルドは、その人物と今後も関わりを持つのなら、お返しをしないという選択肢はない、とまで断言していた。

 当然、ルーリアの監視は続けるつもりだ。

 ここは素直に、アドバイス通りにしておいた方がいいのだろう。


「花となると、この辺りですかねぇ」


 ヨングは店奥の棚から、小さな四角い箱をいくつか取り出す。フタを開けると、中には花の形をした様々な装飾品が入っていた。

 ブローチ、ネックレス、腕輪など。


「オレはこういった物に詳しくはないんだが……」


 と、見ていく中で、一つの髪飾りに目が留まった。全くツヤのない無色透明で、飾りと呼ぶにはあまりにも存在感がなさ過ぎる地味な品だ。煌びやかな装飾品の中で、それだけが異質だった。


「……色が、ないな」

「ああ、それですか。それは虹鳥にじどりという鳥の羽根で出来た細工品でしてねぇ」

「……虹鳥」


 その鳥は、羽根に色を持たないという。

 大空を高く飛び、陽の光を浴びた時に虹色に輝くから、その名が付いたそうだ。

 この髪飾りは、その鳥の羽根を花の形に加工して作った、とても珍しい物らしい。


「虹鳥の羽根は、抜けた後も周りに色に似せる特性があるんですよ。見つけにくいから、なかなか貴重な品なんですけどねぇ」


 やっとのことで細工品にしても、値が張る上に目立たないから売れ行きが悪いらしい。


「知っている人には絶大な人気があるんですけどねぇ」


 ヨングは髪飾りを箱から取り出し、青い布の上に置いた。するとすぐに青い色に染まっていく。箱に戻すと、元の色に戻った。


「この髪飾りの良いところは、布地に反応して着ている服に合わせて色が変わってくれることなんですよ」

「へぇ、それは面白いな」


 クレイドルが興味を示すと、安くするから持っていけとヨングはたたみかけた。薄暗い店内では、滅多に人目を惹かないのだろう。


「じゃあ、これにする」


 そう言って、クレイドルが箱から中身だけを取ろうとすると、ヨングは信じられないといった顔をした。


「人に、贈る物ではなかったんで?」

「……そうだが」


 ヨングに指摘され、人に物を贈る場合、普通は剥き出しのままでは渡さないのだと知る。


「……意外と面倒なんだな」

「その方が相手は喜ばれますよ」


 慣れた手つきで小箱に包装紙をかけ、ヨングは綺麗に包んでくれた。頼んでもいないのに可愛らしいリボンがかけられ、急に気恥ずかしくなってくる。


「……それ、いるか?」

「ええ、もちろんですとも」


 言いきられてしまった。

 これも任務と思い、我慢する。


「おう、戻ったか。ちいと酒に付き合えや」


 ここで城から戻ったパケルスが加わり、クレイドルたちは店奥の部屋で酒を飲むことになった。

 帰りがけに買ってきたという酒の肴をパケルスが広げる。鳥の串焼きに生ハム、チーズに小魚の揚げ物、豆や芋の付け合わせもある。


「ほらよ」


 ついでのように、ほいっと包みを渡された。


「……何だ?」

「明日の朝飯だ。ちゃんと食え」


 包みはほんのり温かかった。

 焼き立てのパンのような匂いがする。


「相変わらず世話好きだな」

「馬鹿言え。団員の体調管理も仕事の内だ」


 パケルスは上機嫌な顔で酒を注ぎ、さっそく酒盛りを始めた。クレイドルたちも勧められ、椅子に座る。何か良いことでもあったのかとヨングが尋ねると、パケルスはニッと笑ってクレイドルを見た。


「いや、なに。ワシじゃない。ここ数日で表情が和らいだと思ってな」

「言われてみれば、そうですねぇ」

「……オレがか?」


 二人に顔を覗き込まれ、居心地が悪くなる。

 自分では全く気付いていなかったが、少し前までは何かに取り憑かれたような思い詰めた顔をしていたらしい。


「やっぱり外に目を向けるってのはいいもんだ。閉じこもって復讐や報復だけに囚われてたら、それだけが生きる目的になっちまう」

「……それは、今でも変わりないが」


 故郷とアスティアを取り戻せるのなら、自分はどうなってもいいと思っている。


「復讐ってのはな、何も残らない虚しいものだって、昔っから言われてきたことだ」

「……だから、止めろとでも言うつもりか?」

「いんや。ワシはお前には、もっと上を目指して欲しいと思っとる」

「……上?」


 パケルスは手にした酒をひと息に飲み、力強く声を上げた。


「やられたことはきっちりやり返して、その上で、やられる前より幸せな暮らしを手に入れろ。それが本当の仕返しってヤツだ」


 クレイドルは思わず言葉を失った。

 もし首尾よく復讐が出来たとして、残された問題は土地の毒だけだと思っていたのだ。その後に続く生活のことなど、露ほども頭になかった。


「クレイドル。お前に人を利用するなんてこたぁ、所詮、無理な話だ。変に決めつけたり尖ったりせんで、自分がそうしたいと思った方に進んでみろ。そういう方が、案外、上手く行ったりするもんだ」


 悩んでいることを見透かされ、クレイドルは無言で酒を口に運んだ。


 ……自分がしたいと思ったように……。


 学園に通う前は、どうやってルーリアと接触しようか考えていた。課題による試験があるから、菓子学科には入れない。菓子学科と繋がりがある農業学科なら、と行き先を決めた。


 しかし、そこでまさかの出来事が起こる。

 食材を届けに行くついでに話す切っかけを作ろうと考えていたのに、その前にルーリアが農業学科に顔を出したのだ。

 呆気に取られている内に、苗木を引きずりそうになっているルーリアが目に映り、気付いたら手を貸してしまっていた。


 それからあっという間に距離が縮まり、悩みを聞いたり、一緒に戦ったり、サンドイッチを食べたりと訳が分からない。

 ルーリアを利用しようと思って近付いたはずなのに、自分が何をしているのか分からなくなってしまっていた。


 あんなに上手にクッキーだって焼けるようになったのに、ルーリアは未だに『サクサク』のような物を作っている。それが妙におかしくて、クレイドルを懐かしい気持ちにさせた。

 ルーリアと再会してからというもの、クレイドルは調子を崩されてばかりだ。それなのに、それがちっとも嫌じゃない。


「……美味いな」


 パケルスから差し出された串焼きを受け取って食べた。思えば、味を感じた食事なんて、いつぶりだったろう。


 胸ポケットに入れた髪飾りを思い出し、渡した時のルーリアの顔が想像できてしまう気がして、クレイドルは柔らかく目を細めた。


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