第95話 思いがけない尋問
犯罪者? その仲間? いったい何のこと?
まさか、それがガインたちだとでも!?
シャルティエはルーリアを庇うように前に立ち、声をかけてきた騎士に毅然とした態度で返した。
「私はこの街で商いをしている商人の娘です。貴方がたは何者ですか? 見たところ、この国の騎士団の方には見えませんが。私たちを犯罪者の仲間とお疑いとのことですが、身に覚えも思い当たることもございません。その理由をお聞かせ願います」
シャルティエの大人びた物言いに驚いた騎士は、その表情と口調を硬くした。
「我々は神殿の騎士だ。この会場で警護を担当している。先ほどの課題発表の際、キミたちのすぐ側に『逃亡中の犯罪者がいた』と、騎士団長から報告があったのだ。キミたちがその犯罪者と会話をしていたという報告もある」
神殿の……! ルーリアの頭には、真っ先にミンシェッド家のことが浮かんだ。
「会場には神官様もいらっしゃる。何もなければ、すぐに身の潔白は証明されるだろう。さあ、我々と一緒に来てもらおうか」
シャルティエはルーリアの手を強く握った。
「分かりました、参ります。……ですが、この子はひどい人見知りなんです。いきなり知らない男の人たちに囲まれたら、きっと泣いてしまいます。神官様にお会いするのなら、どうか一緒にいさせてください」
しおらしく懇願するシャルティエに、騎士は同情するような顔を覗かせた。たった2人の女の子が、筋骨隆々とした騎士たちに囲まれているのだ。可哀想になったのだろう。
「……分かった、いいだろう。担当の者には、そのように伝えるとしよう」
顔色を失くし、騎士の後ろを大人しく付いて行くルーリアに、「大丈夫だから。私に任せて」と、シャルティエは小声で囁いた。
ルーリアたちが連行されたのは、神殿関係者が集まるという会場の奥深く。
そこには木材と布で出来た簡素なテントがいくつかあった。直径10メートルほどの円形で、高さと広さはそこそこある。シャルティエが言うには、祭りのために臨時で建てられたものらしい。
その1つに通されたルーリアたちは、ゆったりと座る神官の前に並んで立たされていた。
流れるような銀色の長い髪、淡い紫色の瞳。
青と白の装束に身を包み、珍しいものを見るようにルーリアたちを見つめている。
言うまでもなく、神官は美しい容姿のエルフだった。胸があるから女性だ。
「私の名は、クインハート・ミンシェッド。神殿の神官です。私の前では、いかなる虚言も意味を持ちません。偽りなき発言をするように」
ミンシェッド! やっぱり……!
ルーリアは偶然にも初めて会った同じ血族のエルフに息を呑んだ。その姿は、どことなくエルシアに似ている。シャルティエと繋いでいる手がかすかに震えているのを、自分でも感じた。
「神官様は嘘を見抜くスキルをお持ちだ。正直に答えるように。ではまず、キミたちがあの場にいた理由を聞かせてもらおうか」
この尋問の担当だと思われる騎士が、シャルティエに向かい声を張り上げた。
「私は来年の春、学園の菓子学科の課題に挑戦する予定です。そのために今日の課題発表に参加していました」
堂々と答えるシャルティエを、クインハートは黙って見つめている。騎士が視線を送ると、「その返答に偽りはありません」と、ゆっくり頷いた。
「会場には、キミたち2人だけで来たのか?」
「いいえ。最初は5人いましたが、会いたくない知り合いがいたみたいで、1人は途中で帰りました。あとの2人とは、はぐれてしまってそれきりです」
クインハートの表情は変わらない。
騎士は質問を続けた。
「犯罪者を庇ってはいないか?」
「そのようなことは神様に誓ってありません」
「ほう。我々に向かってテイルアーク様に誓うと言うか」
神殿の者にとって、神への誓いは命を懸けることを意味する。ならば、と騎士は声色を下げ、核心に迫るようにシャルティエの顔を覗き込んだ。
「では『ガイン』という名に聞き覚えはないか?」
──ッ!! お父さん!?
ドクンと、ルーリアの心臓が嫌な音を立てた。
「……ございます」
シャルティエの声が低くこぼれる。
すると騎士は口の端を上げ、追及しようと声を張り上げた。
「では、お前たちが逃げた犯──」
「ございますが、その人は犯罪者ではなく、ただの商人です!」
力強い目を向けて騎士の言葉を遮ると、シャルティエはそのまま発言を続けた。
「私が取引をしているガインさんは、この街で生まれ育った人です。今日1日は、店と屋台でずっと忙しくしていたはずです。私は今日、一度も彼に会っていません。調べて頂ければすぐに分かることです」
強くシャルティエが言いきると、クインハートは下手な芝居でも見せられたように呆れた顔を騎士に向けた。
「わざわざ調べる必要もありません。その娘は嘘を申していないのですから」
「ですが、クインハート様……」
騎士は納得していない顔をクインハートに返した。しかし、そんな騎士に向けられたクインハートの目は凍るように冷やかで。
「あら、不満なの? それとも貴方は私の言葉を信じられないとでも言うのかしら? この、神官の私の言葉を」
「い、いいえ! 滅相もございません!」
ぶんぶんと、千切れそうな勢いで騎士が首を振る。どうやら騎士よりも神官の方がずっと立場が上らしい。騎士は慌てた顔のまま、クインハートの冷たい視線から逃れるように、ルーリアに口早に話しかけた。
「で、では、今度はキミに答えてもらおう!」
……っ!
ルーリアは逃げ場のない崖の上に立たされたような気持ちになった。ガインのことを聞かれて上手く誤魔化せる自信がない。
冷や汗を流してすっかり青ざめた顔をしていると、急にシャルティエがわざとらしい声を上げ、ルーリアと騎士の間に入ってきた。
「まあ大変! とても顔色が悪いじゃない! 大丈夫?」
……シャルティエ? いったい何を……?
騎士に向き直ったシャルティエは、大袈裟なくらいに切なく訴える女の子を演じた。
「騎士様。妹は……ルナエは、今まで家からほとんど出たことがないんです。とても人見知りで、大人の男の人を見ただけで怖がってしまって……。騎士様が質問をされても、きっと泣いて満足に答えられないでしょう。質問がお在りでしたら、私が代わりに尋ねます。それで許して頂けないでしょうか?」
……え、妹……? ルナエって……?
「む……そうか。こちらとしても泣かれるだけでは困る。ではキミに頼むとしよう。会場にいた理由と、ガインという名前に聞き覚えがないか聞いてくれ」
「はい、分かりました」
ルーリアに向き直ったシャルティエは、何かを言い含めるように視線と言葉を投げかけた。
「私の質問に頷くだけでいいよ。決して嘘をつかないと神様に誓って」
ルーリアは口を結び、コクリと頷く。
「会場にいたのは、私と一緒に神様の課題発表を聞くためだよね?」
……コクッ
「ルナエはガインという人を知らないよね?」
……コクッ
シャルティエは振り返り、騎士を見上げた。
騎士が『如何なものでしょうか?』と、伺うように視線を向ける。クインハートは長いまつ毛を伏せ、ただ静かに頷いて返した。
「……で、では神官様の立ち会いの元、キミたちは犯罪者とは無関係だと証明された。……もう行ってもいいぞ」
騎士はまだ不満が残っているような顔をしていたが、先ほどの神官の冷やかな目を思い出したのだろう。さっさとルーリアたちを追い出すように、素っ気なく手を振った。
「次の者。入りなさい」
ルーリアたちと交代するように、2人組の女が入ってくる。
「ちょっと、私たちは何もしてないって」
「そうよ、放してよ」
テントから出ようとした所で、他の騎士たちの話し声も聞こえてきた。
「容疑者って、あとどんだけいるんだよ。神官様の機嫌が悪くなってるらしいじゃねーか」
「知らねーよ、いつも通り団長の指示が適当だったんだろ」
「その団長はどこ行ったんだ?」
「さあな」
ルーリアとシャルティエは出入り口で一礼すると、脇目も振らずにテントから離れた。
「私たち以外にも疑われてる人たちがいるみたいだね。この後はどうする?」
「お父さんは何かあったら屋敷に戻るように言ってましたけど……」
もしかしたら尾行されているかも知れない。
そう考えたルーリアたちは、念のために一度シャルティエの家に向かうことにした。ユヒムの屋敷よりも、ここから近いらしい。
通りはどこも人で溢れ返っていたが、そんなことは気にならなかった。
シャルティエの家は住宅街の一角にあり、1階が店の事務所で、2階より上が居住スペースとなっている。
ルーリアたちはどうにか無事に辿り着き、誰にも見つからないように家の中に入った。
3階にあるシャルティエの部屋に駆け込んで、そのまま崩れるように座り込む。大きく大きく息を吐いて、互いの手を握り合った。
「シャルティエ~! 怖かったあぁー!」
「私もだよ~~~!! ルーリアァ~!!」
あっ、とルーリアは両手で口を押さえた。
「大丈夫だよ。今日はお店が休みだから、1階には誰もいないし。お父さんたちも出かけてるから、今はいないよ」
ひと息ついたルーリアたちは、今の状況を整理することにした。
「お父さんに何があったんでしょう?」
「騎士の人たちはガインさんのことを犯罪者みたいに言ってたよね? ルーリアは何か知ってる?」
「いいえ、何も。そんな話、今まで聞いたこともありません」
神殿の騎士団長が、ガインを犯罪者だと騎士たちに言っていたらしいけど……なぜ?
ルーリアの知るガインは、ずっとミリクイードで蜂蜜屋をしていた。ということは、ルーリアが生まれるよりも前の話だろうか?
ガインがどこかで騎士団長をしていた、という話は聞いている。その頃に神殿と何かあったのだろうか?
しかしいくら考えたところで、その答えが出ることはなかった。
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