第82話 サンキシュからの客人


 ルーリアたちは一階の部屋に移り、これから屋敷を訪ねてくるサンキシュからの客人について話をすることになった。

 ガインは人に会う時、いつも難しい顔をしているが、今日はいつにも増して厳しい顔をしている。眉間にシワがくっきりだ。


「ヨングに会いたいとルーリアが言ったそうだな」


 テーブルの向かいに座ったルーリアを見据え、ガインは話を始める。


「はい。機会があれば、ヨングさんに直接お礼を伝えたいと、ずっと前から思っていました」


 ガインが確認するように視線を送ると、ユヒムは小さく頷く。


「ユヒムからも聞いたと思うが、ルーリアは俺たちから言われたことには絶対に従うように。それは大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。……けど、いったい何があるんですか?」


 こうして重ねて言われると、さすがに呑気なルーリアでも不安な気持ちになる。

 ユヒムが説明するように口を開いた。


「今日訪ねてくるのは四人なんだけど、薬屋が二人、魔力屋が二人の組み合わせでね」

「魔力屋って何ですか?」


 聞き慣れない言葉に思わず首を傾げる。

 その魔力屋の二人が会わせたくない人物なのだろうか? どんな職業の人たちなのだろう? 魔力を売っている、なんて言わないとは思うけど。


「魔力屋は名前の通り、魔力を売る商人のことだよ」

「……そ、そんな仕事もあるんですね」


 そのままだった。

 魔術具を使うためには魔力が必要だから、需要は多いらしい。人族の場合は魔力を持たない人も多いから、とユヒムは言う。

 この屋敷では照明や水回り、掃除道具や調理用具など、生活に役立つ魔術具をいくつも使っている。信用できる魔力屋の伝手は可能な限り多く持っていたいそうだ。


「今回、魔力屋の二人は気にしなくてもいい。問題なのはヨングの連れだ」

「出来ればルーリアちゃんには会わせたくないんだよね」


 そう言って、ガインとユヒムはそろって渋い顔をする。二人がそこまで警戒する相手とは、どんな人物なのだろう?


「そんなに怖い人なんですか?」


 尋ねる声も、つい強ばる。


「いや、違う」

「怖くはないよ。かなり可愛い」


 !? どういうこと?


「……え? か、可愛い……?」


 それなら、どうして会うと困るのだろう?

 二人の言っている意味が分からない。

 しかし、ガインたちは可愛いと言いながら、言葉とは裏腹に急に真剣な顔となった。


「いいか、ルーリア。相手の見た目に釣られて勝手に商談をしたり、約束をするのは絶対に禁止だ。相手は妖精だ。どんな形であれ、口に出してしまえば、それがそのまま契約になってしまうことがある」


 妖精……!


 ルーリアは手の平に乗るような小さな妖精を思い浮かべた。確かにあれなら可愛い。


「……妖精。薬屋さんで妖精が働いているんですか?」

「そうだ。しかも、ただの妖精じゃない。相手はお前とエルシアの天敵であり、最大の弱点とも言えるだろう」

「え!? て、天敵? 弱点?」


 ルーリアとエルシアの天敵。

 それはエルフの弱点ということだろうか。

 そんな存在がいるなんてルーリアは聞いたことがない。そんな相手がいるのなら会わない方がいいのかも、と考える。

 だけど、この機会を逃したら、次はいつヨングに会えるか分からない。


 ……どうしよう?


 不安はあるけど、ガインたちが側に付いている。きっと大丈夫だろう。ルーリアは話を聞いた上で、ヨングに会うことを決めた。


「お父さんとユヒムさんがそこまで言う相手でしたら、ヨングさんにお礼を伝えた後は、わたしは大人しく黙っています」


 そうしっかり約束したことで、ガインもユヒムもルーリアが一緒に行くことを許してくれた。



 ◇◇◇◇



 そうして訪ねてきたサンキシュからの客人は、ルーリアが初めて見る種族の者ばかりだった。


 薬屋のヨングと魔力屋のパケルスは小人族。

 ヨングの連れのセフェルが妖精で、もう一人の魔力屋であるクレイアは見た目が大きいトカゲだった。


「……へぇ、火蜥蜴サラマンダーとは珍しい」


 かろうじてガインとルーリアに聞こえるくらいの小さな声でユヒムが囁く。


 ……火蜥蜴サラマンダー。かなり怖いかも。


 あれだけ釘を刺されていた妖精のセフェルは、フードを深く被っているから、その姿を見ることは出来なかった。

 だけど身長が80センチくらいと小人の二人よりも小さく、ヨングの横に付いてちょこちょこと歩く姿は何とも可愛らしい。


 ヨングとパケルスは小人族ということもあり、身長が100センチくらいとルーリアより小さい。

 二人とも髪が白く、顔には深いシワがたくさんあった。実際の歳は分からないが、ルーリアが今まで見ることのなかった老人の姿だ。


 ヨングは前髪を綺麗に切りそろえたおかっぱ頭で、金属とガラスで出来た片眼鏡をかけている。ちょっと格好良い。

 パケルスはボサボサとした短髪に、いかにもといった汚れてもいい麻布と革の作業着だ。


 火蜥蜴サラマンダーのクレイアは、人と呼んでもいいのか微妙な感じだった。

 身長はガインより少し大きく、その皮膚は硬そうな紅い鱗で覆われている。初対面でこんなことを言ったら失礼かも知れないが、森でたまに見かけるトカゲが大きくなり、服を着てドーンと立っているとしかルーリアには思えなかった。


 ……ひ、ひいぃっ!


 その姿があまりにも怖くて、クレイアと目が合ったように感じただけで、ルーリアはガインの後ろに隠れてしまう。本当に失礼だと分かっているけど、言葉が通じるとはとても思えなかった。



 互いに簡単な紹介が終わると、ヨングがガインとルーリアに声をかけてくる。


「まぁまぁ、こちらがあの時のお嬢さんでございますか」


 ヨングは懐かしそうに目を細め、片眼鏡に手をかけてルーリアの顔をじっくりと見る。

 商人特有の見定めるような視線に、ルーリアはちょっとだけ緊張した。


「……あ、あの、初めまして。ルーリアです。小さい頃に生命を救っていただいたと両親から聞いています。その時は大変お世話になりました」


 挨拶とお礼を口にして深々と頭を下げると、ヨングは深いシワをさらに寄せて目尻を下げる。


「いいえぇ。私共は、ただ商いをさせていただいただけでございます。生命を救ったなんておっしゃられるのは大袈裟でございますよ」


 そう言ってヨングはひゃひゃ、と声高に笑った。

 無事にお礼を済ませられ、ひと安心したルーリアは胸を撫で下ろす。ここから先は約束通り、だんまりを決め込むつもりだ。


「ほれ、さっさとやるモンを出してもらおうか。こっちは時間がかかるんだからな」


 せっかちそうなパケルスはユヒムに向かって手を出し、短い指先をクイッと曲げ、ぶっきらぼうな口調で魔術具を出すように急かす。

 すぐに仕事に取りかかりたいようだ。


「ええ、分かりました。ルキニー」

「はい、若旦那様」


 ルキニーは慣れた様子ですぐに動き、別室に案内するためパケルスとクレイアを連れ出した。


 ……ふわぁぁ~。これが商人の会話ですか。


 目の前でヨングとガイン、ユヒムの三人が魔虫の蜂蜜について商談をしている。ルーリアはガインの隣に座り、黙ってそれを聞いていた。

 知らない言葉が耳に届く度、その一つ一つに質問したい気持ちでいっぱいになる。だが、ここはぐっと我慢だ。


 そんな中、ふと話に切れ間が出来た時、ヨングがルーリアをじっと見つめた。


 ……? 何でしょう?


「何か分かるのか?」


 その視線に気付いたガインが率直に尋ねる。

 するとヨングは片眼鏡をかけ直し、「ふむぅ……」と、何やら難しい顔で首をひねった。


「このお嬢さんは何かに呪われているのと同時に、その同じものから加護も受けているように見えるのでございますが。何か、心当たりはございますか?」


 ヨングが声を出し終わるより早く、顔色を変えたガインはダンッとテーブルに荒く手をついた。


「呪いだと!? やっぱり何かあるのか!」


 ……呪いと、加護!?


 自分が何かに呪われている。

 何となくそうだろうな、とは思っていても、はっきりと口に出して言われるとショックだった。


 聞けばヨングは『鑑定』というスキルを持っており、人やアイテムの情報の一部を可視化することが出来るらしい。

 呪いと言われてルーリアが真っ先に思いついたのは、前に森の奥で見た黒い『闇』のことだった。


 ──邪竜。


「……くそっ!」


 ルーリアと同じことを考えた顔のガインが、やりきれない苛立ちを吐き捨てるように握った拳で自分の脚を叩く。

 ルーリアが呪われていると分かったところで、それを解く手掛かりすらないのだから、どうしようもない。


 部屋の中には何とも言えない重苦しい空気が流れた。と、その時。


「にゃは! 大変、大変。呪われちゃったの? もう壊れたの? 今から壊れるの? すぐに壊しちゃうなら、ボクにちょうだい?」


 それまでヨングの横で大人しくしていたセフェルが、突然、楽しそうに明るい声を上げた。

 オモチャを見るような目をルーリアに向け、自分に頂戴とヨングにせがんでいる。


「……随分と楽しそうだな、貴様」


 今にも噛み殺してしまいそうな殺気を放ち、ガインは金色の眼光をセフェルに向けた。

 その様子に、隣にいたユヒムが慌てる。


「ガイン様、落ち着いてください。相手は妖精です。本気で相手をなさらないでください」


 ユヒムがガインを止めに入るとすぐ、ヨングはセフェルの頭をコツンと叩いた。


「これっ、またお前さんは!」


 セフェルの頭を押さえつけ、ヨングは自分も一緒に深々と頭を下げ、ガインに向かって謝罪した。


「大変申し訳ございません。これはまだ人の感情を理解できておりませんで。何卒、ご容赦くださいませ」


 さっきとは違う緊迫した空気が流れる。

 こんな風に殺気立ったガインは見たことがない。

 驚きのあまり、ルーリアは息を呑んで固まってしまった。


「……いや、もういい。それよりどんな呪いなんだ? 解くことは可能なのか?」


 深々と頭を下げるヨングを見てガインも少しは気を鎮めたようだ。眼光は鋭いままだが、話を元に戻した。


「申し訳ございません、呪いの類いまでは分かりませなんだ。解くこともまた同様にございます。……ですが」


 残念そうに声を落としつつ、ヨングはセフェルの背中を押す。


「このセフェルはまじないを得意としておりまして、解決方法そのものではございませんが、鍵となる物事を見つけ出すことに、とても長けているのでございます」

「……まじない? それは何だ? 魔法とは違うのか?」


 まじないは魔法ではなく、スキルのようなものだとヨングは話す。未来視とまではいかないが、物事を良い方向へ導くための道しるべを示すものらしい。


「まじないは妖精の力によるものではございますが、望む未来へ進むためには強力な助けとなりましょう」

「…………妖精の力、か」


 セフェルのまじないを使えば、ルーリアの呪いを解くためのヒントが掴めるかも知れない。

 しかしそれは、ガインが最も警戒していた妖精との取引となる。


 妖精が取引に何を望むのか。

 それが分からないから、ガインは頭を抱えた。


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