48.行列のできる(ニコ)
なんか廊下にたくさん人がいた。
4時限目の数学が終わると、瑛子ちゃんが「こっちこっち」と教室の外を案内してくれた。
「悪いね。無理に連れ出しちゃって」
「ううん。色々とありがとう、すごいたくさん人がいたね。びっくりした」
「ねー。一週間も経てば落ち着くでしょ」
一旦校舎の外に出て、中庭を抜けて部室棟に歩いて行った。夏休みにも来たことがある映像研究会の部室だ。
「入りますよー」
瑛子ちゃんがノックをする。中には撮影機材に囲まれて、パソコンをいじっている色杏さんがいた。
「あ。ニコちゃん」
色杏さんが顔をあげた。
「おはようございます。色杏さん」
「そっか。今日から入学だ。だからあんな騒ぎだっんだ」
瑛子ちゃんは「本当に大変でした」と言葉を返した。
「ちょっと場所を借りますね。落ち着いて昼ごはんを食べる場所もないので」
「どうぞどうぞ」
「しかし汚いですね」
散らかった部室を見ながら、瑛子ちゃんは眉をひそめた。この前来た時よりも汚くなっている。色杏さんの顔色も悪く、髪の毛もパサパサになっている。
「どうしたんですか」
「この前の撮影したやつのエディット中。かなり煮詰まっている」
「あらあ。まだ終わってないんですか」
カバンから自分のお弁当箱を出しながら、瑛子ちゃんが驚いたように言った。
「もうすぐ文化祭ですよ。夏休み中は何してたんですか」
「映画見てた」
「サボってたんですね」
「そゆこと。そっちはどうなの」
「もうとっくに終わりましたよ。これは私たちの勝ち確ですね」
ふふふと瑛子ちゃんは愉快そうに口を抑えた。色杏さんは「むうう」とうなりながら、
ソファに座ってお弁当のふたを開ける。
「うわ。ニコちゃんのお弁当、美味しそう」
向かいに座った瑛子ちゃんは私のお弁当を見て、目をパチクリさせた。
「なんか色々入ってるね」
「昨日の晩ご飯の残りを詰めただけだよ」
「ねえ、これなあに」
「ピクルス。食べる?」
「食べたい」
黄色いパプリカをかじると、瑛子ちゃんはパッと顔を輝かせた。
「うまっ。店の味」
「パプリカ安かったから漬けてみたんだ」
「こんなの自分で作ってるとか偉すぎ。私も見習おうかなあ」
瑛子ちゃんはビニール袋からコロッケパンを出すと、ムシャムシャと頬張り始めた。色杏さんは栄養ドリンクを飲んでいた。
お昼休みの時間が半分くらい過ぎたところで、誰かが扉をノックした。
「天道会長」
顔を出したのは天道さんだった。
最初に会った時よりも、彼女の髪は伸びていて、今では肩にかかるくらいになっていた。
「どうしたんですか。こんな
「ニコちゃんの様子を見に来たの。学校生活、順調に送れているかしら」
「おかげさまで。すいません、気を使わせてしまって」
「良いのよ。治安維持は生徒会の仕事だから。それともう一つ用事があってね」
隅っこでパソコンをいじっている色杏さんに視線を向けた。
「色杏、ちょっと良いかしら」
「すごく忙しいんだけど」
「その映画のことについて話がしたいの。文化祭のこと」
天道さんは、小さな木の椅子に腰を下ろした。
「賭けの景品を決めていなかったわよね」
「そういえば、そうだね。あ、もしかして日和ってきた?」
「いえ。毛頭負けるつもりはない。ずっと考えていたのよ。何が良いかなあと思って。瑛子に聞いたけれど、彼女は何もいらないって」
「私は部室と機材が返却されれば、何でも良いです」
「他の部員たちは、今回の映画には参加していないじゃない。つまり決めるのは私って言うことになったの」
「うん」
「それでね、ずっと考えていたの」
「考えていた」
「うん」
天道さんはちょこんと椅子に座ったまま、何も言わなかった。手元で指をモジモジと動かしていた。色杏さんはその様子を見ながら、心配そうに声をかけた。
「どしたの。なんか煮え切らない様子だけど。珍しい」
「そうかな」
「うん、おかしい。結論から言ってみなよ」
「結論、ね」
ううん、とうなって天道さんはうつむいた。色杏さんの言うとおり、いつもと様子が違う。落ち着きがない。
「つまりね」
彼女は自分のスカートをギュッと握った。
「決めたの」
視線を宙に動かした天道さんは、独り言みたいに小さな声で言った。
「私、円くんをもらおうと思う」
パソコンを動かす色杏さんの手が止まる。
瑛子ちゃんは床にコロッケパンを落とした。
「もらおうと思う」
天道さんはもう一度、同じ言葉を繰り返した。
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