20.興味があるのよ(円)


花紙色杏はながみしあんは小学生の頃から知っているわ。あの子は、昔からひどく危険な女だった」


 天道さんは俺の隣に座って話し始めた。彼女の家は、今乗っているバスのさらに先にあるらしい。2人がけの座席の窓際に、天道さんは座っていた。


「仲は良かったわ。悪い子じゃない。話も面白いし、人をめるのが上手いから」


「はあ」


「カリスマと言っても良いわね。人をきつけるのが上手なの。この人に付いていけば、成功するんじゃないかと思わせることができる。一種の特殊技能よ」


「それは何となく分かりますよ。俺の友達もやられましたから」


 竹満は色杏先輩と出会って変わった。興味もなかった映画撮影にやる気になって、昔よりもいきいきしていることは確かだ。


「それ自体は悪いことではないのよ。ただ彼女はそのことに対して、あまりに無邪気すぎる。中学2年の頃、色杏が生徒会を崩壊させたのを知っている?」


「いや。何すかそれ」


「当時の生徒会が、下級生が上級生に挨拶することを校則化しようとしたのよ。くだらないルールだけれどね。それに反対した色杏が反生徒会を立ち上げて、クーデターを起こしたの」


「恐ろしいことしますねえ」


「PTAの会長の息子を籠絡ろうらくしたり、生徒会室に盗聴器を仕掛けて、校内放送で流したりしたの」


 あの手この手を使って校則化を止めようとしたらしい。生徒会の一人に手を回して、内部分裂を引き起こしたりもした。


「結果的に、生徒会という存在そのものがなくなったわ」


「ひでえ」


「無くてもそんなに困るものでもないと言うのは分かったけれど。問題は色杏のそれが、決して正義感なんてものじゃなかったってことなのよ。全部が終わった後、あの子が私になんて言ったと思う?」


「何でしょう」


「ジェームズ・ボンドみたいで楽しかった、って」


「あー、スパイ映画。あの人らしい」


 天道さんは「でしょう」と困ったように笑った。

 朝礼の壇上だんじょうで見る時とは違って、彼女は打ち解けた様子で俺に話しかけていた。最初の印象よりもずっと、天道さんは饒舌じょうぜつだった。


「つまり、私はあの子の鼻っ柱を折ってやりたいの。全てが自分の思い通りに回ると思っていると、いつか痛い目を見るってことを思い知らせてやりたい」


「だからクーデターを起こしたと」


「そう。全然応えなかったけれど」 


 彼女は肩をすくめた。


「だから今度は文化祭でぐうの音も出ないほど叩きのめしてやる。あの子を更生させるのが、お幼なじみとしてのつとめ」


 そう話す天道さんは楽しそうな顔をしていた。目が輝いている。その瞳が色杏先輩とかぶる。


 ある意味で2人は似ている。

 人をきつける力がある。それに見合った能力がある。実行に移す強い意志がある。


「そうですか。頑張って下さい」


 俺には関係のない話だ。

 どちらが勝とうが、どうでも良い。早くあのビデオを見つけて破棄しないといけない。


「どうでも良いと言う顔をしているわね」


 横を向くと、天道さんはジッと俺の顔を見ていた。きょとんとしている。可笑しそうに笑っているようにも見える。


「興味ないのかしら」


「俺は巻き込まれているだけなので」


「あなたの友達は違うようだけれど」


「あいつはあいつです」


「ふうん」


「カリスマだか何だか知らないですが、また停学になるのは勘弁なので」


 ニコを巻き込まれるのは、特に勘弁だ。


「じゃ、俺はここなんで」


 バスが停留所に着いたところで別れを告げる。ニコか色杏先輩以外の女子と、こんなに話したのは久しぶりだった。天道さんは話しにくい相手ではなかった。


 バスから出ると、なぜか彼女は後ろから付いてきていた。


「あれ? 駅前までだって言ってませんでしたっけ」


「そうよ」


「じゃあ、何で」


俄然がぜん、興味が湧いてきたの。もう少し話せないかしら」


「いやあ。これからバイトなんで」


「残念」


「また今度ってことで」


 するりと抜けようとすると、彼女は俺の前に立ちはだかった。


「じゃあ少しだけ」


 ニッコリと笑って天道さんは言った。


「私の映画に出てくれないかしら」


「映画? 天道さんの?」


「そう。文化祭に出す映画。もちろんただでとは言わないわ」


 天道さんは指を1本立てて、俺に見せてきた。


「千円も?」


「その十倍」


「おお……」


 心が揺らぐ。一週間分のバイト代に匹敵する。


「どう?」


「魅力的ではあります。でも、どうして俺なんですか」


「初めてだからよ。色杏にも私にも誘われない人って。とても興味がある」


「単純に人は信用しないことにしているんです。特に女の人」


「ふうん」


 天道さんはちょっと不思議そうに言った。


「そうなの」


 それから一歩踏み出して、身体を近づけてきた。


 俺の手をギュッと握った。


「それはそれとして。ぜひ。私の相手になってね」


 距離が近い。

 しっかりと握手をすると、天道さんは離れていった。


 言うだけ言って「お茶して帰ることにする」とどこかへ歩いて行ってしまった。


 何も言葉を返すことできなかった。出会ったばかりなのに距離感がおかしい。なんか良い匂いがした。手が温かった。


 ひょっとすると色杏先輩を倒すために、俺を誘惑しようとしているのか。


 一体何だったんだ。


 うつむいて歩いていると、すぐそこの角で誰かとぶつかりそうになった。「うひゃあ」と驚いたような声がした。


「あ、ごめんなさ……」


 謝ろうとすると、買い物袋を持ったニコが立っていた。


「お、お帰り。お兄ちゃん」


 慌てたような声でニコは言った。

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