16.ナンパじゃなかろうか(円)


 俺がバイトから帰っても、ニコの姿はなかった。もう夜の7時になっていて、辺りは暗くなろうとしている。


 朝ごはんを食べている時、駅前で参考書を買いに行くと言っていた。どこかで迷っているのだろうか。それにしても遅すぎる。


 もしかして、事故に巻き込まれたとかじゃないだろうか。


 不安な気持ちがじわじわと押し寄せてくる。連絡手段がないのがもどかしい。早くスマホを買ってあげないと。


 そわそわしながら、窓から外の様子を見ていると、買い物袋を抱えたニコが歩いてくるのが目に入った。


「ただいま。遅くなってごめん」


 お帰り、と言うと彼女はニッコリ笑った。とりあえず何事もなさそうだったのでホッとした。


「ご飯、作っちゃうね。材料は買ってきたから。今日は肉じゃがが良いかなって思って」


「悪い。まだ米しか炊いてない」


「ううん。十分だよ」


 ニコは帽子を脱ぐとエプロンを巻いた。


「ようし作るよー」


「手伝うよ」


 ピーラーでジャガイモと人参の皮をむいた。ニコは髪を後ろに結んでポニーテールにしていた。何だか上機嫌そうに揺れている。


「本屋迷わなかったか?」


「うん。ちゃんと着けた。それでね。勉強教えてもらってたんだ。駅ビルのカフェで」


「教えてもらってた? 誰に?」


「円くんと同じ学校の人」


 ちょっと嫌な光景が浮かんだ。やっぱり変なやつに声をかけられていたんだ。


「それってナンパ」


「違うよ。女の子」


 ニコはクスリと笑って、首を横に振った。


「背が小さくて、メガネかけてて、髪がおさげ」


「そっか。ナンパじゃないなら良かった」


「映画撮ってるんだって。作文書くのすごく上手なんだよ。とっても良い人だった」


「まあ悪い人じゃなくて良かったよ。たまに邪悪なやつとかいるから」


「そんな人いるの?」


「俺の知り合いにもいる。天使の皮をかぶった悪魔みたいな人。その人も映画撮ってて……」


 ちょっと待て。


「背が小さくて、メガネかけてて、髪がおさげ?」


「うん」


「名前は」


色杏しあんさん。やっぱり知り合い?」


 キッチンから飛び出して、スマホでメッセージを送る。「俺の妹に手出すなって言いましたよね」と送信するとすぐに返事が帰ってきた。

 

 シアン:たまたま会ったんだよ。


 白々しい。

 この人のことだから、尾行でもしていたに違いない。下手な男よりたちが悪い。やっぱりこのグループにニコの情報なんか送るんじゃなかった。この人は信用できない。


 マドカ:映研には絶対に入れませんよ。


 シアン:どうして。部活動の選択は自由だよう。


 タケミツ:そうだぞ。本人の自由だぞ。


 シアン:そうそう。竹満くんも言っているじゃないか。


 竹満の意見はどうでも良い。こいつはもう色杏先輩の奴隷になっている。


 マドカ:ニコはまだ受験生なんですよ。ふざけたことしてる場合じゃないんです。


 シアン:撮影はニコちゃんの受験が終わってからだから、勉強には関係ないよ。


 タケミツ:そうだぞ。関係ないぞ。


 マドカ:ロクなこと考えてないのは知っているんです。絶対にやらせない。


 シアン:勝手に決めつけないで欲しいな。


 ぷんぷん、と怒った小熊のスタンプが送られてくる。

 

 いやいや。停学中、散々無駄話をしてきたんだ。この人の考えていることは大体分かる。


 マドカ:うちの可愛い妹を宣伝に使って、集客しようとか思ってないですよね。


 しばらくの間があった後で、色杏先輩から返信がきた。


 シアン:どうして分かった。


 むしろどうして分からないと思ったのか。頭がクラクラしてきた。

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