偽りの代償 3

 冷たく吹きすさぶ風が、倒れ伏す生徒たちを覆い隠すように砂埃を巻き上げる。先程まで訓練場を満たしていた熱気に満ちた声や金属音はもう聞こえない。


 呆れた顔で肩をすくめる恋人と、半目でこちらに視線を向けている妹に、小さく手を振ったリタはロゼッタに駆け寄った。ここらで終わらせなければ、とてもじゃないが破産してしまう。


「――貴様、正体を隠す気があるのか?」


 小声でそう言ったロゼッタに、リタは同じく小声で「勿論です。完璧でしたよね?」と笑顔で返した。周囲を見渡せば、正に死屍累々といった様子である。


 時折聞こえる小さな呻き声に、リタは思わず苦笑いを漏らしそうになるも、どうにか我慢することに成功した。今は大貴族のお嬢様、アリサ・ユーヴェリアなのだから。


 横で大きなため息を吐いているロゼッタも、大会が終わるまでは協力者である。正直、彼女が多少の文句は言いつつも、リタの考えた作戦に協力してくれたことには驚いた。


 やはり、自分の正体に気付いたうえで、将来の為に恩を売ろうとしているのだろうか。それ自体は寧ろ歓迎である。それくらいシンプルな方が、こちらも付き合いやすくて助かるからだ。


(あのおじいちゃんとも、シンプルなギブアンドテイクの関係を築くつもりだったんだけどな……)


 リタの脳裏に浮かんだのは、崇拝の視線を向けて跪く仮初の養父の姿。ジ・エンドの姿で舐められるわけにもいかないと、色々とやり過ぎた結果である。


 まぁ、扱いやすい方が助かる……のかな? 今は少なくともそう納得しておくしかないであろう。漏れ出た溜息を隠すように、すっかり冬支度を始めた空を見上げたリタの眼には、黒く染まりつつある雲が映っていた。




「今から名を呼ばれた生徒は前に出ろ」


 突然現れたユーヴェリア家の養女を名乗る少女の暴力にさらされ、砂の地面を彩るオブジェと化していた生徒達がようやく整列した頃、ロゼッタがそう声を張り上げた。いよいよ選抜メンバーの発表である。


 ロゼッタの横には、ロンバスやセシルの姿は勿論のこと、リタと既に内定しているアレクも並んで立っている状況だ。


 先程、アレクに「もしかして、リタ・アステライトの親戚だったりする?」と問われた際は、驚きつつも完璧な知らないふりで誤魔化すことに成功していた。


 だが、よくよく考えるとあの発言がどういう意味だったのか、いつか聞き出さなければならないと思う。


 ロゼッタが順に発する名前は、殆ど予想通りの面子であった。最初に呼ばれたのは、やはり首席でありロゼッタの百十年ぶりの弟子、そしてリタの妹であるエリスである。最初に呼んだのは、代表的な意味合いがあるのかもしれない。


 この名が呼ばれることに疑問を覚える人間などこの場に居るはずもなかった。リタの暴走を止め、キリカを窘められるエリスこそ、裏の支配者であるというのはクラスメイト達の共通認識であり、陰では“女帝”などという二つ名が広まりつつあることを、知らぬは本人たちばかりである。


 そして当然と言うべきか、次に呼ばれるのはキリカであった。王国の剣であり盾でもあるシャルロスヴェイン家の一人娘にして、“黄金の剣姫”と称される美貌と剣技は、他国にすら認知されているほどだ。


 王国としても、彼女を出さない訳にはいかないだろう。それだけの影響力のある名でもあり、彼女の存在と力を証明することの価値はあまりにも大きい。


 その後も順に名前が呼ばれていく。入学早々リタに絡んできたが今はすっかり丸くなったレオンや、先ほども中々の鋭い突きを放っていたフェルナンド。女性陣では、ラキにモニカの名前が続き、リタはほっと胸を撫でおろす。今はこの姿とはいえ、やはり共に戦うならよく知っている者がいいのは当然だ。


 補欠も入れれば選ばれるのは十二名――、即ち学級の丁度半分の人数である。そんなある意味残酷にも思える発表であったが、元より共に武を競い合ってきた者同士。最後の一人が呼ばれると同時に、悔しさに唇を噛む友人たちも、戦場へ向かう友へのエールを送る。そんな光景が、リタにはとても眩しく感じられた。


「さて、早速だが大会の概要の説明を始める。ロンバス・ダラ教諭、まず装備をここに」


 ロゼッタの言葉に頷いたロンバスが、大きな木箱を開封していく。そこに収められていたのは、何着もの暗い紺色のつなぎのような服である。どうやら、全員これを着て出場しなければならないらしい。


 そしてこの装備が、各自の戦闘不能を判別する装置にもなっているとのことだ。詳細なルールや、実際の会場は直前まで伏せられているらしいが、基本的には相手の全滅か敵指揮官の排除で勝利となるのが通例だ。


「今回も装備は第六研からの提供だ。会場がエルファスティアの国内というだけあって、今回は他の機材も全面協力らしい。こいつは、致死性の攻撃を受けた際、自動的に障壁を展開し攻撃を一度だけ防ぐ。まぁ、見せた方が早いか。おい、モニカ・ユイエゼルフ」


 そう言うなりロゼッタが魔術を展開すると、紺色の装備がまるで意志を持ったかのように立ち上がる。


 ロゼッタの目配せに、モニカが恐る恐る自身の巨大なバトルアックスをその装備に振り下ろすと、直撃した瞬間に発生した障壁に弾かれた。


 リタの魔眼での解析によれば複数の層で構成される繊維の外層に強い衝撃が生じた際、内層に刻まれた魔術式で自動的に術式が発動する仕組みのようだ。


 徐々に装備が赤く染まっていく様は、正直趣味が悪いが、中々の技術を持っていることには違いないと思う。


「見ての通り、あの色になったら戦闘不能扱いとなる。つまり、その戦闘からのリタイアだな。……だが、精々気を付けることだ。――エリス!」


 ロゼッタがもう一つ装備を掴んで空中に放り投げると、エリスが魔術で作成した氷の槍で地面に縫い付けた。


 何かが割れたような音と共に、途端に赤く染まる装備。その様子に、微かに感嘆の声が聞こえるも、徐々に小さくなっていく。氷が消えた時、その装備の胴体には大きな穴が空いていたのだ。


「これで分かったな? 絶対に、装備の性能を過信するな。攻撃を受ける時も、、だ」


 ロゼッタの強い視線に、生徒たちが神妙な顔で頷く中、隣から聞こえるのはアレクの間抜けな呟きである。


「第六研って何だったっけ? 聞いたことあるような無いような……」


 自分に問いかけているわけでは無いのだろうが、その答えなら知っている。リタはここぞとばかりに答えることに決めた。


「エルファスティアの国立第六魔導機関研究所の通称ですわ。世界最高の魔道具――いえ、の研究所ですわね」


「お、思い出した。そうだったそうだった。……知ってたぞ、勿論。本当だからな?」


 リタはアレクの方を見ずに軽く肩をすくめた。きっと、知らなかったのだろう。しかし、わざわざからかってやるのは遠慮しておこう。何故なら自分も、つい先日知ったばかりだったからだ。突っ込まれては、答えに窮することは明白だ。


 エルファスティア共和連合、国立第六魔導機関研究所――。リタがその名を知ったのには理由がある。そう、この第六研こそが、昨今世間を騒がせている通信の魔道具の出所のひとつであったのだ。


 通信の魔道具が、第六研と統一教会の研究機関との共同開発であるという情報は、パウロからもたらされた。彼によれば、そもそもの技術開発は統一教会側、改良及び量産化を第六研が担っているとのことだ。


 パウロから以前受け取った魔道具のサンプルは勿論分解したが、その機構や魔道具の仕組み自体は優秀な技術者であれば十分に理解可能な代物であった。


 しかし、道具の仕組みが分かったからと言って、何故長距離通信が可能となるのか、その理屈そのものに理解が及ばなければ、すぐに盗聴・改ざんされてしまう危険性がある。


 そうして各国の研究機関が必死に解析する中、統一教会から各国首脳部に向けてとある発表がなされた。学院対抗戦術大会で、セレスト皇国およびエルファスティア共和連合以外の国家に属する学院が優勝した場合、賞品として帰属する国家に通信の魔道具の全技術の開示を行う、と。


 戦争が、変わる。その日は近い。そして、次の戦争では、その技術を知らない国家が負ける。誰もが、そう直感している中での、あまりにも胡散臭い誘いであった。


 示威行動の意味も含まれるとはいえ、学生同士の模擬戦闘の大会で何故? セレスト皇国やエルファスティア共和連合にどんなメリットが? そう疑問を抱きつつも、誘いに乗らざるを得ないのが事実である。


 きっと、優勝したとして、それで得る優位も束の間のものであろう。しかしながら、この不安定な世界において、その機会をみすみす逃すことなど、出来る筈もなかったのだ。


 そうして各国の学生たちは、過去の大会以上の思惑が絡み合う中、エルファスティアに集うことになったのである。


 全ては、聖女と呼ばれる少女が、ただ一人の誰かを呼び寄せるためだけに仕組んだことなのだと、気付かないままに。

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