親友と呼べたなら
「ただいま……」
女子寮の自室に戻ったリタを出迎えたのは、テーブルに突っ伏して寝息を立てているラキと呆れた顔のエリスであった。リタは、簡単に今日の作戦に参加した全員の顛末をエリスから聞くと、安堵の息を漏らした。とりあえず、全員無事で何よりだ。
ラキと自分が纏っていた漆黒の装備から、ユミアと以前から夜遊びしていたことがエリスにばれてしまったのは痛いが、今度事情を話せばきっと納得してくれるはずだ。
だが、今夜はユミア一人では流石に心細いだろう。ラキを起こして、自室に戻ってもらわなくてはならない。
「ラキ、起きて?」
リタは、覚悟を決めるとラキの肩を揺すった。今生では友人たちに恵まれたとはいえ、自分のせいで泣かせてしまった友人を慰める術など知らないリタは、ただ真実を話すことしか出来ない。リタの声に、ラキは泣きはらした両目をゆっくりと開いた。
「リタ、か……」
「そうだよ。ごめんね、起こしちゃって。ちょっと、話せるかな?」
ほんの少しだけ、このままラキが部屋に戻って寝ると言ってくれないかと思ってしまった自分が嫌になる。エリスは、こちらを見て軽く頷くと部屋を出て行った。きっと、あの妹のことだ、ユミアの様子でも見に行ったに違いない。
ラキの視線が定まるまでには、数十秒の時間を要した。リタは、エリスが準備してくれていたハーブティーをラキに勧めつつ、ラキの正面の席に座った。
「……迷惑、かけたな」
ラキは両手でまだ熱いティーカップを包むように持ちながら、そう発した。弱々しい声と、下がる睫毛。リタは、胸の痛みを感じながら声を絞り出す。
「ごめん、多分勘違いさせちゃったと思うんだけどさ、別に私はラキが――――」
「下手な慰めなんかいらねーよ」
顔を上げたラキの頬を伝う涙。リタは思わず立ち上がる。
「違う!」
「いいんだ、オレが力不足なのは、自分が一番分かって――――」
目を逸らしながら話すラキの表情に、リタは思わず机を叩く。
「だから違うんだって!!」
リタの大声と、机の上でティーカップがソーサーの上を踊った音に、ラキは目を見開いてこちらを見た。
「ラキ、本当にごめん。言葉足らずだった。全部、私がカッコつけて遊んでたせいだ。それでラキに嫌な思いさせちゃったのは、本当に最低だと思ってる。だからごめん!!」
リタはそう言い切ると、思いきり頭を下げた。部屋を満たす沈黙は、あまりに居心地が悪かった。今ならこの部屋をひっくり返しても、何も動かないのではないだろうか。それほどまでに、重い空気の塊が部屋を埋め尽くしているようにもリタは感じていた。
「一応、聞かせてくれるか……?」
暫くして、ラキは掠れた声でそう言った。その声にリタは顔を上げると、ロゼッタのことを話し始める。
「実はね――――」
リタが話す内容を、ラキは無言で聞いていた。そうして、全てを話し終えた後、ラキは一気にハーブティーを飲み干すと、大きなため息を吐いた。
「なんつーか、ただの馬鹿じゃねーか、オレ」
「ごめん」
もう何度発したか分からない謝罪の言葉。そんなリタの言葉に、ラキは立ち上がる。
「いや、オレの方こそスマン。戦いっつーか、殺しの後だったし、多分冷静じゃ無かったんだ」
リタは、小刻みに震えるラキの手を握って微笑んだ。ほんの少しのサプライズだ。魔人の顛末は先の話では伏せていた。
「それは大丈夫、あの魔人は死んでないよ。ちゃんと先生に引き渡してあるから」
リタの言葉に、目を見開いたラキは、迷うような素振りを見せる。だが、諦めたように泣き笑いの表情を見せると、リタの肩に手を回した。
「はぁ、お前ってやつはよ! オレだってとっくに覚悟してた。だから、その……、ダサいなって思うんだけどよ……。すげー、ほっとしたぜ」
リタは、そんなラキの肩に優しく手を回す。肩を組んで、ぎこちなく笑い合う二人。少しだけ、泣きそうになっている自分に驚きつつ、リタは必死に涙を引っ込めようと上を向く。
「でもな、リタ? あの時、本当にオレじゃ敵わない奴が来てたとしても、お前は送り返したよな?」
リタは、隣から聞こえたそんな言葉に、思わず息を吞んだ。
「答えなくていい。――――今のお前がそうするのは、分かってる。いるかどうかは分かんねーけど、お前より強い奴が敵になったとしても、お前は一人で戦いに臨むだろ? ……剣姫やエリスなら――って、それは今はいい。少なくとも、オレは除け者だ。でも、オレはいつかそんな時でも、いや、そんな時こそお前の隣に立ちたいって思ってる。リタ、お前が一番苦しんでるときに、な。オレが、お前に救われたようにさ」
一度言葉を切ったラキは、恥ずかしいのか顔を逸らしている。数呼吸の後、肩に回されたラキの手に力が入ったのを感じた。
「……こんな時しか言えねーけどよ、リタ。オレはお前にすげー感謝してんだ。同じ部屋で暮らして、一緒に飯食って、戦って、鼻っ柱を何度もへし折られてさ。まだ半年程度の付き合いかもしんねーけど、滅茶苦茶なお前との出会いが、確かにオレを変えたんだよ。そして、今日も機会をくれたしな。……だから、オレは、お前の力になれる自分になりたい。お前が、本当に遠慮せずに頼ってくれる人間になりたい。オレは、それがダチってもんだと思ってんだ」
「ラキ……、それは卑怯だよ……」
霞んでいく視界に、震える声。そんなリタの側頭部にもたれるように、ラキの頭が重なる。その衝撃で床に零れ落ちていく、数滴の感情の雫。
「……泣いてんのか?」
「な゛、泣いでな゛いしっ!!」
リタは、ラキの方を向かないようにしつつ、そう言った。だが、涙声になってしまったのは事実。とても恥ずかしい。恥ずかしいが、確かに嬉しかったのだ。
ああ、自分はなんて恵まれているのだろうか、と。
これまで、多くの人と接する機会を得てきたが、蔑ろにしてきた関係も多い。
それは、甘えだった。
キリカさえ、家族さえ幸せであればいいという諦めがあった。
多少適当に流しても、きっと関係が続くと思っていた幼馴染や友人たちがいた。
そんな中で、ラキがくれた言葉は、リタの奥底に確かに響いた。
少しだけ、自分に許される範囲で。もっと色々な物事や人に、ちゃんと向き合って生きたいと思えたのだ。
「ぷっ! お前って、そんな風に泣くんだな?」
「笑うな゛っ! ラキだって、床に穴開ける程泣いてたくせにぃぃぃぃぃ!!」
からかうようなラキの言葉に、思わずリタは叫ぶ。
「なッ!? だ、誰のせいだと……、いや、スマン。やりすぎたとは思ってる」
急に視線を落としたラキに、リタは思わず笑いを漏らす。そして、正面から向き合った二人は、照れ隠しとばかりに声を出して笑い合った。
「ありがと、ラキ」
リタは、少し顔の赤いラキを抱きしめた。キリカや妹を除けば、初めての友人との抱擁かもしれない。女の子同士だ、きっと問題はないだろう、多分。ラキの身長だと、丁度ラキの首のあたりにリタの頭頂部が埋まることになる。
「それは、オレの台詞だよ……。つーかお前、滅茶苦茶身体熱いぞ? 熱でもあるんじゃねーか?」
「あるかもね……。でも、大丈夫」
ラキの言葉に、思い出したくもない頭痛を思い出してしまったリタは、確かに体温も上がってきているなと感じていた。身体を離したリタは、台所で果実水を二人分グラスに注ぐと、魔術でさっと冷やし片方をラキに手渡す。
「ラキ、乾杯しよう?」
「ああ、いいぜ? それじゃ、今日の作戦の成功に」
そう言って、ラキはグラスを掲げた。お互いに、秘密がある二人だ。告げていないことを抱えているのは事実。
それでも、目の前の彼女を、こう呼んでも構わないだろうか。
いや、私はそう呼びたい。
「今夜の成功と、私の新しい
リタは自分のグラスを、目の前で固まっている親友のグラスに優しく重ねる。
「……卑怯なのは、どっちだよ……」
リタは、それに答えず一気にグラスの中身を飲み干した。体調不良と、それ以上の感情で火照った身体を、冷ますには丁度いい。
そうして、果実水を飲み干した二人は、それぞれ着替えると、ソファで寛ぎながら他愛もない話を交わした。ルームメイト時代は、消灯時間を過ぎてからも、よくこうやって下らない話で笑い合ったものだ。
だが、楽しい時間が過ぎ去るのは早いものである。それは、華の女学生なら尚更だ。
「ラキ、そろそろいい時間だよ? ユミアも今夜は心細いだろうから、さ」
「分かってるよ。じゃ、またな?」
「うん、お休み、ラキ」
立ち上がったラキの見送りに、リタは玄関まで一緒に歩く。きっとエリスも、ラキと入れ替わりで戻ってくるだろう。
「あ、そうそう。言い忘れてたけどよ」
「うん?」
振り返って、悪戯っぽい笑みを見せたラキの言葉に、リタは首を傾げる。
「今夜は助かったぜ、マジで。お前が男なら惚れてたわ」
「はは……。そりゃどーも」
手をひらひらと振りながら、ラキが発した言葉に、リタはただ渇いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます