宵闇からの反撃 2

「我らが纏いしは、夜より昏き漆黒。常闇の淵底に在りしは、万人の正義に非ず! 虐げられし意志を見よ! 搾取されし誇りを見よ! 汚濁を覆い隠すは、免罪符に塗れた遥かなる闇。なればこそ、此処に我らが根源を示す。我らこそ漆黒、我らこそ執行者なり!」


 リタが、そう告げると二つのスーツケース型の漆黒の物体に亀裂が入る。ラキは、何を恥ずかしがっているのか小声で不機嫌そうに復唱していた。リタはそんなラキをひと睨みすると、更に続ける。


「――――塗り潰す時が来た! 塗り替える時が来た! 愚か者どもよ、禍根だけを抱き、狂喜の夢に眠れッ! 漆黒の幻影ファントムレイヴンズ構造ストラクチャ初期化イニシャライズ!」


 装備の特性上、本来はここまでの呪文による音声認識は必要としない。だが、これは戦場に赴く前に、集中力と戦意を高めるための重要な儀式なのだとリタは認識していた。


「オイ、流石に長くねーか!?」


 隣から聞こえた不躾な言葉に、リタは思わず顔を顰める。戦いの前の高揚に水を差すのはやめて欲しいものだ。ラキとしては、全裸で意味不明な言葉を発している状況に対しての、真っ当な不満であったのだが、リタにはその意志は届かなかった。


「……チッ!」


「今舌打ちしたよな……!? お! 何だコレ!?」


 ラキの驚く顔に、リタはしてやったりという笑みを浮かべた。いくつもの破片に別れた、隠密強襲装備がそれぞれの使用者に纏わりつくように服の形を形成していく。


 だが、それだけでは不十分だ。形を成しても、このままではただの余裕のある服装でしかない。設計思想としては、自らの技術で隠形の出来るような魔術の達人向けの装備では無いのだ。余計な隙間があれば、どうしても音を発してしまう。


戦闘形態コンバットフォーム再構築レコンストラクション!!」


 リタの掛け声と共に、完全に装備が身体と一体化するようにフィットする。リタの方に関しては、初期化も再構築も必要無いのだが、ラキが復唱している手前、冗長であるが仕方が無い。


(ふむふむ……。ラキくらい制御が下手でも、十分に使用可能だね。それにしても、今日も最高にカッコいいな、コレ。変身してるみたいでロマンもあるし、人数が揃えば楽しくなりそう!)


 ラキは暫く、自分の全身を動かした後、満足げに頷いた。どうやらお気に召したようだ。だが、ラキの視線が自分の胸元と、こちらを何往復もし始める。


「なぁ、リタ? なんかオレの方だけ露出多くねーか?」


「き、気のせいじゃないかな……?」


(エリスにお小遣い没収されたせいで、布地に回す予算が足りなかったなんて言えない……!)


 ラキの視線に、リタは苦笑いを返した。自分の方は勿論予算度外視だが、他のはそうではない。正直に言えば、ラキが着用しているのもまだ試作品なのだ。


「いや、別にいいんだけどよ? 全然、構わないんだが……、明らかにお前の装備の方がデザインも凝ってるし強そうだよな?」


 ラキは、首元からへそ上までを覆う黒のトップス――予算不足のため袖は無く、胸元も空いている――に、タイトな黒のパンツに身を包んでいる。そして、その上にリタの着用している物に比べるとシンプルな黒のロングコートを羽織っている格好である。これで、後は手袋とミリタリーっぽいブーツを合わせるだけだ。


 元々アスリート体系のラキだ。遥か昔、前世の映画で観た女スパイみたいで凄く似合ってるなと、リタは思う。これで銃でもあれば良かったのかもしれないが、今のこの世界に、そんな無粋な物は必要無いだろう。


 ラキの呆れたような顔を、リタは無視することに決めた。笑顔を顔面に張り付けて、机の上に置かれたものを手に取った。


「はい、これ」


 リタは事前に準備していたサングラスと、ヘッドセットをラキに手渡す。どちらも、この世界ではまず見ることの無いものだ。だが、わざわざ顔を晒す必要のない今回のような状況には、丁度良かった。


(ああ、こんな時に不謹慎かもしれないけど、秘密組織みたいでワクワクする)


 ラキは、それらを受け取ると不思議そうに首を傾げながらも着用した。夜でも逆に明るく見えるサングラスに気付いたのだろう。驚いたような顔をした後、口元を吊り上げた。


 きっとラキは、後でもっと驚ことになるだろう。正直、言いたくて仕方が無いが、勿体ない。リタは必死で笑みを押し殺した。


「似合ってるよ? ラキ」


「……そうかい。ありがとよ、リタ。いや、ホントにな。色々と、気ぃ遣ってくれて感謝してる。オレは――――やっぱすまん、今はやめとく。全部終わってから話そうぜ?」


 視線を逸らしながらそう告げるラキに、リタは笑顔で頷くとブーツと手袋を手渡した。ラキの手袋には所々に金属のパーツがあしらわれている。ラキには、事前にあの凶悪なガントレットは使用しないよう伝えていたからだ。


 今回の作戦は、可能な限り正体を隠して動く予定でいた。黒幕の更に上がいる可能性があったからである。出来る限り個人を特定する要素は少ない方がいい。リタも普段のフードに眼帯だけでなく、口元を覆う黒い布を巻いている。


 元よりブーツも厚底のものを使用しているし、幸か不幸か身体のラインも平坦だ。魔術で声を変えておけば、まず素性がバレることは無いだろう。既にこの格好で、“常闇の執行者”と名乗り活動しているが、これも将来への布石であった。


(王都で暗躍する謎の存在。夜にしか姿を見せず、素性も目的も不明。だが、決して目の前の悪を見逃さない人物……。我ながら中々カッコいいし、一石二鳥だよね)


 どんな時でも、使えるカードは多い方がいい。アンダーカバーとまでいうつもりは無いが、この立場の方が動きやすいこともあるだろう。そんなことを考えていたリタに、ラキが声を掛けた。


「お前、剣はいいのか?」


「魔術で作るから、今日はいらないかな? 必要になったら呼べるし」


 リタの言葉に、ラキは大きく息を吐いた。


「そういや、オレは授業取ってないけど、お前魔術の成績はいいんだったな。ま、こんなもんを次々に見せられたら、納得だけどよ。――――だが、剣も、徒手格闘も、魔術も、魔道具の作成も、全部一流だなんてあり得るか? なぁ、リタ。流石におかしくないか? 大人だってこんな人間は見たことが無い。お前の年齢で、ここまでの領域に達することが出来るなんて、オレには到底信じられねーよ。……お前、本当に何者だ?」


 視線を鋭くするラキの言葉に、リタは肩をすくめた。少なくとも、今はそれを話す場面でも無ければ、現時点で話す必要の無い事だと思っていたからだ。


(まぁ、装備もさっき見せた地図を投影して管理するも、打算があって見せたものだからね。でもラキだって、全然実家のこと話さないし、お互い様じゃんね)


「私は、ただの子爵令嬢だよ。ちょっとだけ、戦うことが得意な、ね」


 リタの言葉に、ラキはお手上げだとばかりに両手をあげるとふっと笑う。部屋の中には、ぎこちない緊張が残っている気がしたが、リタはそれを吹き飛ばすように微笑んだ。


「……いつか、皆にも話せるといいな」


 思わず口をついて出た、小さな呟きにラキは首を傾げている。


「ん? 何か言ったか?」


「ううん、何でもな……い、よ?」


 リタがそう返事を返した瞬間であった。突如、頭に痛みが走り、重心がぐらついた。即座に、眼帯の下で魔眼が煌めき、解析を試みるも特に反応はない。どうやら、敵の干渉ではなく、この鈍痛は自分自身の問題のようだ。リタは、頭を押さえると首を傾げた。


(こんな時に何? まだ、あの日じゃないはずだけど、風邪でもひいたかな? 風邪だなんて数百年ぶりじゃないかな……笑えないけど)


 リタは、この身体に転生してからは、一度も病気はおろか風邪すらひいたことがない。そんな自分の不調に、若干の不安を感じつつも、初潮の時よりは遥かにましだと無理やり自分を納得させる。


 リタの不審な様子に、ラキが心配そうな顔を向けていた。リタは笑みを作って誤魔化すと、そのまま続ける。


「それじゃ、ラキ。装備の説明をするね――――」


 そうしてリタは、横目で床に描かれた地図上の光点を確認しながら、ラキに説明を始めた。頭痛の原因が、自身の深層領域で胎動を始めた何かのせいだということに気づかないままに。

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