閑話:本物の聖女

 涙の月某日――――。


 セレスト皇国の首都にある、アルトリンヴル大聖堂。女神アルトリシアを信奉する統一教会の総本山と呼ばれるこの大聖堂は、巨大な白亜の建造物である。その外観は見る者を委縮させるほどの堅牢さと、美しく精緻な装飾とが共存していた。


 セレスト皇国一の観光名所でもあり、外観だけならず世界最高の教会建築とも呼ばれる内装は、色とりどりの壁画や彫刻、ステンドグラスで彩られている。たとえ信徒で無くとも、その光景に畏敬の念を抱くことは想像に難くない。


 その大聖堂の一室には、カーテンが閉じられた薄暗い部屋があった。そこには、ソファに座る小柄な人影がひとつ。その影は、肩まで伸びた柔らかそうな髪をいじりながら、退屈そうな眼差しを浮かべている。少年とも少女とも取れる風貌の子供であった。


「ジェイド」


「はっ。こちらに」


 どうやら子供は少女であったようだ。使用人らしき人物の名を、美しい声で呼ぶと、即座に応える若い男の声があった。ジェイドと呼ばれた使用人は、二十代前半くらいだろうか。一見すると柔和な印象を受けそうな顔立ちであるが、その視線は鋭く、見る人が見ればその剣呑な気配に気付くであろう。


「昨夜、聖杯が何かと共鳴した。多分、彼だろうね」


「左様ですか。それでは、そろそろ準備を?」


「うん、お願いするよ」


「ソフィア様の御心のままに」


 恭しい態度で、ジェイドは跪いてソフィアと呼ばれた少女に頭を垂れる。ソフィアは立ち上がると、部屋のカーテンを開け放った。日の光を浴びて輝くソフィアの髪の毛は、光が当たる角度で空の色にも翡翠の色に見える。そして、その両目もまた、空と翡翠の中間のような美しい色であった。


「――――待ちくたびれちゃったよ、シンタロウ・オウミ。全く、レディを千年以上待たせるなんて。……ああ、それでも、やっとボクは君に会えるんだね?」


 そう明るい声を発するソフィアに、ジェイドが後ろから声を掛ける。


「ソフィア様、楽しそうですね」


「勿論さ。こんなにワクワクすることは無いよ! ああ、ゼロス様! 貴方様の願いが叶う日がもうすぐ来るのです! 彼はボクが責任を持って見極めましょう。ご心配はいりません。例え彼が壊れようと、必ず貴方様の待つ場所に導いてみせますから!」


 大きく両手を広げて、誰も居ない窓の向こうに向けて話すソフィアの瞳には、狂的な光が灯っていた。ジェイドはその横顔を複雑そうな顔で眺め続けていた。




 やがて、夏を迎える頃。セレスト皇国にて、聖女が見つかったとの報せが大陸を駆け巡った。

 彼女の名は、ソフィア・イルミ・ロズウェンタール。今年、十三歳を迎える美しい少女であり、神の奇跡を体現せし者と呼ばれていた。

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