黄金の剣姫は負けず嫌い 1
王都滞在三日目の朝。
昨日に引き続き、珍しく早起きしたリタはそわそわとした様子で入念に身だしなみを整えていく。冷静に思い返してみれば、友人の家に泊まりに行くなど生まれて初めてのことだ。それは前世を勘定に入れたとしてもそうであった。
そんな姉の様子をじっと見つめながらエリスは溜息を吐く。
(お姉ちゃんでさえ女の子の友達が居るというのに私は……)
慈善学校でも会話を交わしたり、帰りに遊んだりする程度の友人は居たが、リタとキリカのように相手を特別だと考えることのできる存在はエリスには居なかった。
(流石に、家族以外で一番仲がいいのがミハ兄とラル君ってのは嫌だし……もう少し人見知りをどうにかしないと駄目かも)
そんな妹の葛藤など露知らず、今更ながらに大貴族の家に行くことに対して緊張し始めたリタはリィナの化粧品を漁り、ああでもないこうでもないと唸りながら、顔に落書きしている。
「お姉ちゃん、普通に化粧なんてしなくていいと思うよ? 逆に化け物になってるし……」
「そ、そうだよね……私もそう思ってたよ、うん」
そう言うとリタは洗面所で顔を洗い、タオルで顔の水分を拭う。パイル地が水分を吸収していくのが心地よい。家ではいつも身体を拭くのも少し厚めの布だ。王都は田舎より、色々なものが数世代進歩しているように感じた。
(タオルいいな。うちに無いし、絶対沢山買って帰ろ……)
姉妹が、そんなやり取りをしている間、両親も慌ただしく準備をしていた。公爵と直接話す機会があるかどうかは分からないが、流石に普段着で伺うのは気が引ける。少なくとも使用人などには挨拶し手土産を渡さなければならないし、最低限の貴族らしい恰好はしなくてはいけない。
手土産は、クリシェ周辺特産の高級果物を選んだ。痛みが早く、王都ではかなり高価で取引されるものだ。これは、飛竜便や一流の魔術師が同行する行商でしか運べないこともあり、中々王都では出回らない。
そんな今が旬のライシュトリと、ピチエラ、それぞれの最高級品質の物を、
数刻を経て、ようやく準備ができた一行は簡単に朝食を済ませ、予約していた馬車に乗り込む。御者にシャルロスヴェイン公爵家の屋敷までと伝えると少し驚いた顔を見せるも、すぐに頷き発車した。
元々、王城に近い宿を予約していたこともあり、道のりはそこまで長くなかった。貴族街に入ると、途端にその風景は表情を変え、品のいい歴史を感じる通りと立ち並ぶ大豪邸にリタは息を飲む。
「私の場違い感、やばくない?」
冷や汗を掻きながら、リタはエリスにそう小声で話しかけた。
「今更気付いたの? パパとママがあれだけ嫌がってた理由が少しは分かった?」
「やばいやばい。無理かも」
「大丈夫、静かにしてれば見た目は割と貴族のご令嬢だから」
「だ、だよね~」
エリスの申し訳程度の慰めに気を取り直したリタは、改めて周囲の風景を眺める。どの家にも広大な庭と大きな塀と門がある。その中でも、特に大きな家には警護の人間が建っていることもある。
(キリカの家が意外と質素で小さい家でありますように……)
だが、彼女の願いは、御者の「到着いたしました」の声に、虚しく散ることになった。
「でかすぎ……」
「お姉ちゃん、言葉遣い」
茫然とするリタに、エリスが呆れた視線を投げかける。
馬車を降りて、目に入ったのは巨大な塀と門。そしてその門に立つ、武装した屈強な二人の男の姿であった。高い塀からは、内部を見渡すことは難しいが門に施された凝った装飾と、その隙間から覗く広大な庭園を見るに、邸宅が小さく質素である可能性は限りなく低いであろう。
よく教育が行き届いているのか、門に立つ警護の男たちは腰の低い挨拶でクロードに用件を聞く。クロードが名乗ると、どうやら聞き及んでいたらしく一人が門の中に入っていった。恐らく案内の使用人でも寄越すのだろう。そう彼らは思っていた。
暫く待つと、門が開かれ中に入るよう促される。クロードは御者に挨拶をしたら戻るので待っていて欲しいと伝え、家族はその門をくぐった。
門を潜れば、美しく整備された広大な庭。中央には噴水があり、その周囲をまるで前世の薔薇園のように整備された花々が彩っている。
そして、目の前には豪奢な服を纏う厳格そうな男と、その男の後ろではにかんだ笑みで小さく手を振るキリカの姿があった。
目の前の男が誰であるか認識した一行は、即座に貴族の礼を取る。姉妹もカーテシーで続く。
「お初にお目にかかります、シャルロスヴェイン公爵閣下。陛下よりアステライト領を預かる、クロード・アステライトと申します」
クロードは珍しく真面目に挨拶をしている。
「知っている。それから、陛下の前ではあるまいし、そこまで畏まらなくていい」
「はっ。恐悦至極に存じます」
「貴殿には前々から興味があったのだ、魔人殺しよ。それとも、”鮮烈”と呼んだ方がいいか?」
「お戯れを、閣下。閣下のご武勲に比べますれば、あまりに些細で矮小なことでございます」
――――それから暫く、彼らの会話が続いた。
「さて、そろそろ後ろの方々をご紹介いただけるかな、クロード君?」
そう微笑む公爵の言葉に、クロードより紹介されつつ、挨拶を交わす女性陣。クロードはどうやら上手くやったようだ。相手は上級貴族であるため、腹の探り合いは日常茶飯事であろうが、公爵の顔にはどちらかと言えば親し気な表情が浮かんでいるように見える。
それが演技だと言われればそれまでだが、目の前の男の精悍な表情にはそのような化かし合いは似合わないようにリタは感じた。
「ご丁寧にありがとう、美しいお嬢様方。知っているかもしれないが、私がシャルロスヴェイン家の現当主である、アルベルト=ノーマ・シャルロスヴェインだ。それからこちらが、娘のキリカだ」
「お初にお目にかかります、皆さま。キリカ=ルナリア・シャルロスヴェインと申します」
リタよりも遥かに洗練されたカーテシーで優雅にお辞儀するキリカ。当たり前ではあるのだが、リタは少しだけ悔しくなった。
その後も、クロードとリィナはアルベルトと暫く会話を交わしている。手持無沙汰に周囲を見渡すリタはエリスに睨まれて、姿勢を正した。
姉妹のそんな様子を、微笑まし気にキリカは見つめている。
「――――それでは、私どもはこれにて失礼いたします」
最後まで丁寧な態度を貫き通すことに成功したクロードは、リィナとエリスを連れて門の外に戻っていった。途端に緊張感が増すリタ。
アルベルトは、クロードよりも一回り体格がいい。王国にはありふれた金髪碧眼であるが、鍛え抜かれた肉体と纏う雰囲気は、上品ではあるものの貴族というよりも高級軍人という印象をリタは受けた。
「さて、リタ君だったかな?」
先ほどよりも、少し柔和な表情でアルベルトはリタに声を掛けた。
「はい、左様でございます閣下」
リタはおっかなびっくり返事を返す。
「そんなに畏まらなくていい。娘の友人だ。私のことは、友人の父親として接してくれて構わない。勿論、周囲に人がいるときはそれ相応の態度を取った方が君のためだが」
そう言って笑うアルベルトの顔には、優しさがにじみ出ているような気がした。
「はい、ありがとうございます」
「早速だが、リタ君? 君は、うちの娘よりも強いらしいな」
急に雰囲気が変わるアルベルト。その視線は鋭く、真っすぐにリタを射抜く。リタはどう返すべきか迷う。少なくとも、あの模擬戦は六年も前のことだ。それにここで、はいそうですと言えるほどの度胸は流石に持ち合わせていなかった。
「い、いえ……六年も前のことですので……」
しどろもどろになりながら返すリタを援護してくれたのはキリカであった。
「お父様? 折角、
「だが、キリカ? にやけているぞ。お前も、斬り合いたくて疼いているんだろう?」
「それはそうなのですが……」
恥ずかし気に頬を染めるキリカだが、言っていることは可愛さの欠片も無い。
(私来たばっかりなのに何言ってるんだろ、この人たち……)
リタは思わず遠い目をしてしまう。目の前の二人の視線は、完全にリタの持つミスリルの長剣に注がれている。前世のアニメで見た戦闘民族ですか、あなた方は……。
「と、いうことだリタ君? 見せてもらえるかな? 君の強さを」
完全にアルベルトもキリカもその気のようだ。アルベルトは両親と話していた時の雰囲気とは異なり、どちらかと言えば剣の稽古をしている時のクロードのような目をしている。
既に断ることは出来ない雰囲気のようだ。
「……分かりました、とりあえず着替えてもよろしいでしょうか」
荷物の詰まった鞄を手に取り、リタはそう言った。
「ああ。キリカ、案内してやれ」
「勿論です。私も着替えませんと、楽しめませんからね」
そう言ってキリカは、苦笑いしているリタに不敵な笑みを送る。
そう、あの時約束したのだ。
次は、負けないと――――。
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