ファイアワークス①
美園と見る二度目の、そして恋人になって初めての花火大会。夕方僕たちが足を向けているのは、駅から西にある一級河川の河川敷にある会場ではない。ただし方向自体は会場と同じであるので、花火大会に向かう人の波には乗っている。
周囲を見れば、やはり去年と同じく浴衣を着ている人――特に女性は――がそれなりに多い。対して僕たちは普通の夏服。美園は白いブラウスに胸元までの藍色のサロペットスカートを合わせており、足元は低めのヒール。
何がとは言わないが、普段のワンピース姿やブラウス姿に比べると若干強調されたように見えて、集まる視線を遮りたくなる。
もちろん視線を集める理由はそれだけではない。贔屓目抜きでこの集団で一番可愛い事もそうだが、何より僕たちは花火大会へ向かう流れの中、二人してキャリーケースを転がしている。
宿に向かう旅行者とでも見られているかもしれないが、実際半分は正解で、僕たちが向かっているのは駅から北西に行ったところにあるホテル。もちろん健全な、ビジネスマンや受験生が利用する場所である。
「去年より少し早い時間ですけど、人の多さは変わりませんね」
隣を歩く美園がはるか前方まで視線をやるように首を伸ばし、そして少しだけ眉尻を下げた。
時刻は16時前と、去年この辺りを歩いていた頃合いよりも2時間近く早い。にもかかわらずだ。
「うん。来年はもうちょっと考えないとなあ」
「来年……楽しみにしていますね」
「じゃあ、頑張って就活終わらせないとなあ」
目を輝かせる彼女に苦笑しながら応じると、美園は何故か誇らしげに笑う。
「はい。なので、楽しみにしています。智貴さんならきっと、私をまた花火大会に連れて行ってくれますから」
「……ああ。約束するよ」
「はい」
ニコリと微笑む美園に頷いてみせる。
どんな言葉で応援や激励をもらうよりも気合が入る。僕がこの笑顔を裏切る事などあってはならないのだから。
◇
無事チェックインを済ませ、部屋に辿り着いた僕は荷物を置きながら安堵の息を吐いた。
予約の際に伝えた希望は、ダブル、西側、できるだけ上層階、の三つ。ホテル側からは、後ろ二つの条件については承るが状況次第では希望に添えない可能性もあるとの回答を得ていたが、その全てが叶った形だ。
「良かったですね。希望通りのお部屋ですよ」
僕の様子を窺っていた美園がふふっと笑いながら窓へと歩みより、外を覗いてから「来てください。よく見えそうですよ」とこちらを振り返って楽しそうな笑みを見せてくれる。
「良かったよ。特に東側の部屋を宛がわれてたらこれから会場まで行かなきゃだったし」
「私は会場でも良かったですよ?」
「会場じゃできない事もあるだろ?」
「……もうっ」
美園に歩み寄り、そのダークブラウンの髪を撫でながら笑いかけると、彼女はぺちんと僕を叩いた。そんな彼女の照れ隠しを受けた後、そっとその手を取り、指を絡めながら外を覗く。
地方ではあるが政令市なので駅付近には背の高いビルも多い。しかし駅から徒歩10分ほど離れたホテルの西側には夜空に咲く花を遮るような建物はなく、窓辺に座って二人で花火を見る事に支障はない。
ここからの花火は、場の雰囲気、近くで見える綺麗な光、聞こえる大きな音と言った臨場感においては会場での観覧には及ばない。だが、ここには僕たち二人だけ。美園に窮屈な思いをさせる事もなければ不自由もさせない。
そして何より、今美園が想像して頬を朱に染めたような事をしながら花火を楽しむ事ができる。きっとそれは会場で味わう事のできる臨場感に負けないだろう。
「それじゃ着替えちゃおうか」
「はい」
「じゃあバスルームにいるから、準備できたら声かけて」
「はい。ありがとうございます」
自分の荷物から着替えを取り出し、美園に見送られながらバスルームのドアを開けた。
去年、次は僕も浴衣を着ると約束――正確には明言はしていない――をした。だから今年は浴衣を用意してきた。
本当は当日の楽しみにしておきたかったのだが、美園に着付けも習ってその後も自主練習を怠らなかったので準備に抜かりはない。
教わった通りにグレーの浴衣に黒の帯を締め、髪を少しサイドに流して完成。
後はバスルーム前に用意した下駄を履くだけの状態で美園の準備を待つ。彼女の方はどんな浴衣を買ったのかわからない。「当日を楽しみにしていてください」とはにかんだ美園の言葉に従い、今も心拍を速めながら完了の言葉を待っている。
「お待たせしました」
待ちに待った言葉を受け、深呼吸の後で室内に戻った。
はにかむ美園が纏うのは白地の浴衣。薄紅と薄緑の花柄の中に描かれた黒い
帯はピンクで、下駄の鼻緒は黒ベースに白とピンクの花が咲いていて、こちらでもやはり可愛らしさと落ち着いた雰囲気を違和感なく同居させている。
髪は去年のサイドアップとは違い、簪を使ってハーフアップでまとめられていて、普段は隠れがちな形のいい耳が露わにされていて、僅かな高揚感を覚えた。
「どうで――」
「可愛いし綺麗だ」
上目遣いの美園の言葉を遮って言葉を伝えた。
「言葉が足りなくて申し訳ないけど、去年より何て言うか少し大人びた雰囲気なんだけど、やっぱり可愛い」
「ありがとうございます」
えへへと笑った美園が少し赤い顔を上げ、「嬉しいです」と顔を綻ばせるのでそれが堪らず、彼女の全身を見るために保っていた距離をゼロにして、腕の中にそっと抱き寄せた。
「智貴さんの浴衣姿が見えません。素敵だったのでもう少し見ていたいです」
唇を尖らせてはいるものの、頬は僅かに弛んでいるし僕の背に回した腕からは力の抜ける様子もない。
「じゃあ離した方がいい?」
「……嫌です」
「うん。僕もだ」
恨めしげな上目遣いをくれる美園に笑いかけると、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。
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