冬休みの予定(を話し合っていたはずだった)

 文化祭が終わって10日と少し経ち、12月がやって来ていた。

 そんな12月の頭の木曜、半日授業の後に昼食を取り、午後は二人でお互いの勉強をしながら過ごしていた。

 そしてその休憩時間、美園から僕に冬休みの過ごし方の質問が飛んで来た。


「冬休みか」

「はい」


 あと3週間で冬休みがやって来る。夏や春とは違い、大学の冬休みは高校までと期間に違いは無い。

 ただ、その短い期間にイベントが詰まって来る。具体的にはクリスマスと年末年始、美園が僕に冬休みの予定を尋ねたのも、その辺りが理由だろう。


「クリスマスはそろそろ店予約しないとだよなあ」


 むしろ今からでも間に合うのだろうか。

 文化祭本番が終わったとは言え、まだまだ後処理や総括が残っていて忙しかった為、多少の燃え尽きもあってそこまで気を回していなかった。


「美園、何が食べたい?」

「智貴さん」


 逆に質問を返してみると、既に佇まいを直している美園が、真剣な顔を僕に向けている。


「お嫌でなければ私の家で過ごしませんか?お料理も頑張りますから」

「嫌ではないし美園の料理は楽しみだけど、せっかくのクリスマスだし……」

「ディナーの半額を私に払わせてくれるのなら、喜んでご一緒させて頂きますよ?」


 見透かしたように微笑む美園にお手上げのポーズを取り、彼女の提案に乗らせてもらう事にした。あまりやり過ぎて美園が負担に感じても困るし。


「そんな事をしてくれなくても、智貴さんがカッコイイ事は私が一番わかっていますから」


 最愛の彼女の前でカッコつけたいというところまで完全に見透かされていた。


「彼女が可愛いからどうしてもね」

「はい。ありがとうございます」


 反撃に出ても、少しだけ照れた様子は見せてくれたが、割とあっさり受け流された。


「智貴さんは年末年始は帰省しますか?」

「僕は帰省しないよ」

「それじゃあ、一緒に過ごせますね」

「それは嬉しいけど、いいの?」

「はい。元々元日は避けて帰ろうと思っていましたから」

「それじゃ、年末年始もずっと一緒だ」

「はいっ」


 美園は嬉しそうに笑うと、テーブルの向かいからこちら側へ来たので、僕もテーブルから離れてベッドへと寄りかかり、いつもの位置に彼女を迎え入れた。


「智貴さんは元日を過ぎても帰省しないんですか?」


 右手で美園の髪を撫でていると、僕の左腕を抱きしめた彼女がそう尋ねてきた。


「うん。冬休み明けに成人式もあるからね。そこで帰るから正月はいいやと思って」

「成人式……」


 呟くような声とともに、僕の左腕を抱く美園の腕に力が入る。支障が出かねないのでやめてほしくは無いがやめてほしい。


「美園さーん」

「はい!」


 わざと耳元で呼びかけると、美園は面白いようにビクっと反応をしてくれた。


「あ。ごめんなさい」

「何か考えてた?」


 気にしないでくれと頭をそっと撫でながら聞いてみると、美園はおずおずと口を開いた。


「智貴さんがどんな格好で成人式に参加するのかなって考えていました」

「ああ。スーツだよ」

「スーツですか!?」

「……うん」


 美園はかつてない程の俊敏さで前後を入れ替え、キラキラした視線を僕に向けてくる。


「スーツ姿の写真、たくさん撮って見せてくださいね」

「うん。わかったよ」

「約束ですからね。絶対ですよ?」

「わかったって」


 小指を差し出す美園に苦笑しながら応じて指を絡ませると、彼女はそれは嬉しそうに絡めた方の手を上下に振った。


「そんなにスーツ姿見たいなら今着るけど?」

「いいんですか!?」

「うん」

「やったぁ」


 あまりの喜びようにこちらも嬉しくなる。たかがスーツ着用、美園の笑顔に比べれば無いも同然の手間だ。



「いいよ」

「はい」


 着替えの最中、美園はドアの向こうのキッチンスペースへと避難した。曰く「着替えから見ていたらドキドキして死んじゃいます」だそうなので、文字通り避難だ。

 僕が「着替え終わったらドア開けるから」と言ったのに、「私のタイミングで開けます」と言って聞かなかったし、今も呼びかけて返事をしたのに中々入って来ない。

 想像以上に多大な期待を寄せられているらしく、こちらも少し緊張してきた。なので早く入って来てもらおうと、少し意地悪をしてみる。


「もう脱いじゃおうかな」

「ダメです!」


 流石美園と言うべきか、慌てた口調や態度ではあるが、ドアの開け方は丁寧だった。


「嘘だよ」


 ドアの陰からひょこりと覗く美園に笑いかけると、「わぁ」と声を上げた彼女が顔を赤くして、またドアの裏に引っ込んだ。


「美園」

「はい」

「どうかな?」


 ドアにかかった美園の手に触れ、彼女をそこから引き剥がす。真っ赤な顔の美園は僕から視線を逸らし、「素敵です」とだけ口にした。

 スーツ姿を好きな女性は多いらしい。少なくとも香は「嫌いな女はいないでしょ」と言っていた事があったが、美園もその例に漏れないようだ。


「髪もスーツ用にセットしようか?」

「いえ。あの、今日は大丈夫です」

「わかった」


 いっぱいいっぱいな様子が可愛らしい美園に苦笑して見せ、そのまま彼女を抱き寄せた。


「こんなに近くじゃ、スーツ姿がよく見えません」

「あんまり見てくれなかったじゃないか」

「それは……。カッコよすぎて、見られませんでした」

「ありがとう」

「もうっ」


 そっと頭を撫でると、美園はそのままスーツ姿の僕の胸にその真っ赤な可愛い顔を埋めた。余計に見えないんじゃないかと軽口を叩きそうになるが、それを抑えてしばらく髪と背中を撫で続けた。



「でも美園がスーツフェチだったとはなあ」

「違いますよ」


 ようやく落ち着いた美園を抱きしめたまま軽口を叩くと、まだ少し赤い顔の彼女は口を尖らせた。


「智貴さんのスーツ姿だからです。今まで他の方のスーツ姿を見ても特に何も思いませんでしたから」

「そっか」

「はい。素敵です、智貴さん」

「ありがとう、美園」


 礼を言い、ゆっくりとまぶたを下ろした美園に顔を近付けた。


「なんだか」


 顔を離すと、美園がふふっと笑う。


「私まで少し大人な気分です」


 少し背伸びをした美園の手が僕の首に回される。


「今更ですけど、スーツ皺になっちゃいますね」

「どうせ成人式の前にもう一度クリーニングに出すつもりだったから」

「それなら良かったです」


 安心したように微笑む美園が僕の唇を奪う。


「そう」


 少し照れて笑う美園の髪をそっと撫で、「だから」と僕は口を開く。


「皺になってもいいんだよ」

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