第35話 役得な先輩と可愛らしい嘘
「まだ試験が残っていますが、ひとまず前期お疲れ様でした。夏休みも活動がありますが、みんなで一緒に頑張っていい祭を作っていきましょう。乾杯」
委員長のジンが乾杯の音頭を取り、皆が続いて前期お疲れ様会の開始となる。
十人程のグループが五つからスタートしているので、実行委員の約半数が参加している計算になる。残念ながら僕は美園とは別のグループになった。彼女のグループを見ると男女半々くらいだったので、最初の内はそれほど囲まれて困るような事にならなそうでひとまずは安心した。
「よおマキ。飲んでるか? 余所見してんなよ」
「まだ始まったばっかだろ」
乾杯と同時に最初の一杯を飲み干したサネが、早速絡んでくる。こうやって近い人間を巻き込みつつ輪を広げて行くのがコイツのやり方で、そのおかげでサネが中心となる輪からは漏れる奴がいない。これでもうちょっと落ち着きがあれば結構モテるのではないかと常々思う。
「お疲れー」
「あ、サネさん。お疲れ様です」
僕の肩に手を置いたまま、サネは僕の隣の1年の女の子――広報の子だと記憶している――に声を掛けた。
「こいつ牧村って言うんだけどさ、最近色気づいて髪型変えたんだよ――」
今回は僕をダシに輪を広げるつもりらしい。1年生とあまり絡めていない僕への配慮もあるのかもしれないが、言い方を少しは考えて欲しい。内容が間違っていないだけに否定がしづらいのも悔しい。
◇
「マッキーさんてあそこのファミレスでバイトしてますよね?」
「ああ。この間来た子か」
「そーです。あの時はよく知らなかったんですけど」
「僕はキャラ濃い方じゃないからしょうがないよ」
サネの作った輪の中で話をしていたら、6月の頭に美園と一緒に僕のバイト先に遊びに来た子が話しかけてきた。逆にあの時の僕も、この子の事は文実の1年生だとわかるくらいしか知らなかった。今もあまり変わらないのは黙っておく。
「あれ。そう言えば最初からこのグループにいたっけ?」
「違いますよ。私のグループばらけてきたんで、隣のこっちに来たんです」
「へー」
そこまで聞いてさり気なく腕時計に目を落とすと、18時17分だった。元のグループの壁が無くなり混ざり合ってしまうまではまだ少し猶予があると思っていたが、周囲を見ると全体的にかなりバラけてきている。
嫌な予感がして美園がいた方を見るが、彼女の周りには既に大勢が集まっていた。集団で見ると副委員長の康太を囲む後輩女子の集団より大きい。美園に集まった男の周りに、女子が何人か付いて来ているのが見て取れる。
中心にいる美園は出来るだけ顔に出さないようにしているが、僕には困っているように見えた。壁になるつもりでいたのに、情けない事に結局以前と同じ事になってしまっている。
助け出す、などと大仰な事を言うつもりは無いが、フラットな状況には戻したい。少なくとも美園本人がこの会を楽しめるようであってほしい。
「ちょっと電話してくるよ」
スマホを取り出してサネに声をかけ、返事も待たずに2階の広間を出て、階段を降りながら美園の番号を呼び出しコールした。
『はい。君岡です』
10秒程コールしてスマホの向こうから聞きたかった声が届いた。声色は明るく、それだけでひとまずは安心する。
「必要なら適当に相槌打ちながら、電話してきますって言って抜けて来られる? 踊り場にいるから」
『はい。わかりました』
電話を切って待っていると、階段の上から美園が現れた。
「牧村先輩」
「ごめんね、呼び出して」
「いえ、ありがとうございました」
踊り場まで降りてきてホッとしたように笑う美園を見ると、顔が少し赤い。
「もしかして飲んだ?」
「少しだけ……」
「下で休もう。階段気を付けて」
「えっ?」
美園の手を取って、踊り場から残り半分の階段をゆっくりと降りる。少しだけ、そうは言っても彼女はアルコールに弱い。慎重に1階のソファーに向かう途中、何度か話しかけたものの美園からはおぼろげな反応しか帰って来なかったし、顔も真っ赤になっていた。
「大丈夫か? ほら、座って。水持ってくるから」
「あ……」
ソファーに座らせて手を離すと、美園は赤い顔のまま寂しそうに僕を見た。
「大丈夫。すぐ戻って来るよ」
「すみません」
「気にするなって」
申し訳なさそうに俯く彼女に、努めて明るく声をかけたが、続いたのは再びの謝罪の言葉。
「ごめんなさい……嘘なんです」
「嘘?」
「お酒は飲んでいません。すみませんでした」
「顔真っ赤だけど。僕に気を遣わなくてもいいよ」
「いえ、その……それは別件です、多分」
意図はわからないが、申し訳なさからか美園は小さくなってしまっている。
そんな彼女の横に腰を掛け、笑って見せる。
「よくわからないけど、ほんとに飲んで無いんだったら良かったよ」
「怒らないんですか?」
「ちょっと心配はしたけど、僕が嫌な思いした訳じゃ無いしね」
そして何より、どさくさに紛れて美園の手を握った。あの時は意識していなかったが、今となっては完全に役得だと言える。思い出すとニヤケそうになる。
「でも――」
「でも美園が嘘吐けるなんて意外だったな」
「え?」
「だって、美園は誤魔化そうとするたびに挙動不審になってるからさ」
そんな様子も可愛くて微笑ましいので、思い出して自然と笑みがこぼれる。
「私だって、ちゃんとこう言おう、って思っていた事なら言えるんですよ」
僕が笑ったからだろう、美園は拗ねたような目で僕を見た。
「そうなんだ。覚えとくよ」
笑ってそう応じると、美園は「もうっ」と言って視線を外してしまった。
そんな彼女の様子を幸せな気持ちで眺めていると、ふとある事に気が付いた。
「じゃあ、さっきの嘘はそう言おうと思ってたって事か」
「あ」
「なんで?」
長い付き合いでは無いが、美園が普段からそういう事をする子だとは思わない。軽い冗談のつもりだったのだろうし、彼女からしたら僕にはそれを言っても大丈夫だと思ってくれての事だろう。
心配はしたけれど、その事が嬉しい。手を握った事を抜きにしてもだ。
「ええと。言わないとダメですか?」
「言いたくないなら言わなくてもいいよ。僕は心配したけど」
「うぅ……わかりました」
冗談めかして言ってみると、美園は観念して口を開いた。出て来る理由はきっと可愛らしいものだろうと思う。
「心配してもらおうと思って」
「僕に?」
他に誰もいないのだから当たり前の答えなのだが、美園はこくりと頷いた。
「だって。牧村先輩は、私の事を守ってくれるって言いました」
そうは言ってない気がする。気持ちとしてはもちろんそうだったけど。
「なのに他の子とばっかり話していて、だから……」
口を尖らせる美園を可愛いと思う、と同時に申し訳なく思う。あれだけ囲まれては自分から抜け出す事も出来ず、不安だっただろう。
壁になると宣言したはずの僕が役立たずでは、可愛らしい意趣返しくらいはしたくなるかもしれない。
「でも。牧村先輩にご心配をおかけして、本当にすみませんでした」
「いいって、気にしなくて」
再び小さくなってしまった美園だが、始まりは小さな悪戯心でしかないというのに、僕が過剰に心配してしまったのが悪かった。
「それよりこっちこそごめん。この後はちゃんと壁になるから」
「いいんですか?」
美園がおずおずと聞いてくるが、元からそのつもりだし、不安に付け込むようで悪いが、何より僕が隣にいたい。
「もちろん」
「それじゃあ、お願いしますね」
落ち込んでいても美園は可愛い。でもやはりこうやって笑った顔の方が、ずっといい。
「今日はずっと隣にいてください」
「喜んで」
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