第20話 集中力を欠いた先輩と手伝いの約束
「牧村君、今日ボーっとしてるね」
それを最初に言われたのは昼食時。午後に生物学科全員で実験をするため、火曜の昼食は学科の友人と取る事が多い。
朝から集中できていない自覚はあったが、箸を落っことした事をきっかけにそんな事を言われた。
「牧村君。今日は集中できていないね、君らしくもない」
今日2回目となる同義の言葉は、実験の担当教員から。培地用の糖の種類と量を盛大に間違えた後だった。普段の僕なら絶対にそんなミスはしない、というよりも誰もしないだろう。
時間のロスを実験のペアに謝ると、許してくれるどころかむしろ心配された。今日の僕の事は自他共に酷い状態だと認識しているようだ。
原因の心当たりはもちろんある。ただ、それが解消されるのはどうやったところで後5時間はかかるだろう。
◇
あの後は特に大きなミスは無く――小さなミスは幾つかした――実験は無事終えたが、その後の僕も集中力を欠いていた。
文実の全体会では、文化祭の案内看板のデザイン案などが検討されていたが、終わった今となってはまるでデザインの事を覚えていなかった。資料はいつでも見られるので困りはしないが。
そして今日の部会では、いよいよ1年生が各担当に配属される。
部会の開始とともに配られた資料に目を通し、真っ先に目的の文字列を探すと、それは望んだ場所にあった。『第2ステージ担当 君岡美園、小泉雄一』
周囲から「あー」だの「わー」だの「きゃー」だのと言った悲喜交々の声が聞こえる。
その喜の方に加わりたい気持ちを必死で抑え、顔の筋肉に力を入れた。
「じゃあ確認が終わったら各担当で集まって、担当の説明と今後のスケジュールについて話してください。今日の部会はこれで終わり、後は担当会ね」
まだ騒がしい室内に、隆が終了の合図をして、各担当長が担当員を集めていく。
僕が香の近くへと向かうと、美園と雄一もその後からすぐにやって来た。雄一も第2ステージが希望の担当だったのだろう、2人ともニコニコと笑顔を見せている。
「はいはい。じゃあこの4人であと半年頑張っていこうね。改めて自己紹介いる?」
全員が首を横に振ると香は満足げに頷いた。
「じゃあ早速だけど重要な事決めるよ」
「あったっけ?」
はあ~、とわざとらしくため息を吐いて、香はちっちと指を振って見せた。
「マッキーさあ、パーティーを忘れちゃダメでしょ」
「パーティー?」
「って何すか?」
香の発言の意味、というか意図がわからず、美園と雄一が言葉を繋げて聞き返す。
「担当としての歓迎会と言うか親睦会と言うか、まあとにかくそんな場だよ。でも重要か?」
「重要じゃないならマッキー抜きでやるけどいいの?」
「ごめんなさい僕が悪かったです」
ここで仲間外れにされるのは悲しすぎるので、冗談とは言えすぐに謝っておく。
香が「わかればよろしい」と言って頷いたのを見て、美園と雄一が笑った。笑い方は大分違ったが。
「それでまずは日程からね。場所はマッキーん
「え!」
声を上げたのは僕では無く美園。僕はそう来る事が分っていたので驚かない。香は自宅から通っている――実情はジンの家で半同棲だが――ので、1年生の歓迎も含んでいる以上会場は僕の部屋しかない。
「あ。すみません、続けてください」
気まずさを隠すように笑い、美園は香を促した。
「それじゃ日時だけど、私は土曜の実務の後とかでいいんじゃないかと思うんだけど。どうかな?」
「僕は来週の土曜は夕方からバイト入れてるな。次の週は大丈夫だけど」
「俺は土曜なら多分いつでもいいっすよ」
「私も大丈夫です」
「じゃあ6月最初の土曜でいいかな?」
「了解」「はい」「いいともー」
あっさりと日程は決まってくれた。部屋の掃除は普段からサボってないし、その週にはいつもより力を入れれば問題ないだろう。
◇
「第2ステージに入れて、本当に良かったです」
今日は部会がさっさと終わり担当会に時間が割かれた為、違う担当では帰りの時間も変わって来る。
志保は希望通り1ステ担当に選ばれた為、気合の入った若葉による長めの担当会に捕まっていたので、今日の帰り道はニコニコと笑う美園と二人だ。
「朝からずっと、ちゃんと入れるかなって心配だったんです。しーちゃんにも落ち着きが無いって怒られちゃいました」
苦笑する美園だがそれは僕も同じだ。特に僕は集中力を酷く欠くレベルで気にしていた。自分の事でも無いのに恥ずかしいので口にはしないけど。
「牧村先輩のお祈りのおかげですね」
僕に向けられたその笑顔が眩しい。
「美園の日頃の行いがいいおかげだろ。まあ何にしても良かったよ」
「はい。これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく」
一瞬差し出しそうになった手を慌てて引き戻すが、幸い美園は気が付かなかったようだ。
「再来週のパーティーも楽しみです。牧村先輩の家でお好み焼きですからね」
「楽しみだけどさ、どっちもそんなに珍しい物じゃないだろ」
僕がそう言うと、美園は微笑みながら首を左右に軽く振った。
「牧村先輩のお家にお邪魔するのは初めてですから。とっても楽しみです」
「あんまりハードル上げすぎてガッカリしないでくれよ」
「きっと大丈夫ですよ」
根拠は無いのだろうけど、この笑顔で言われると何故だか一切否定する気持ちにならない。
「それから、家族以外の誰かとお料理するのも初めてなんです。お手伝いさせてくださいね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、1年生の歓迎も兼ねてるんだから、ゆっくりしてていいよ」
「私がお手伝いしたいって言ってもダメですか?」
その上目遣いに僕は弱い。僕で無くてもこれには勝てないだろうけど。
「じゃあお言葉に甘えて、ちょっと手伝ってもらおうかな」
「はい!本当に、凄く楽しみです」
キラキラとした笑顔でそう言う美園から目が離せなかった。
その後も、家まで送る間ずっと美園は上機嫌で、ついには歩き方にまでそれが現れていた。その様子を見ていると無意識に頬が弛んだ事に気付き、またしても顔の筋肉に力を入れるハメになった。
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