第22話 星野夢
お風呂に入り、湯船に浸かると私は大きく背伸びをする。
明日のレッスンは休みなので、日頃の疲れを癒す為にいつもより長めにゆっくりとお風呂に浸かる予定だ。
ただ何も考えず、ボーっと湯船に浸かっていると、毎回一人の人物の顔が浮かび上がってくる。
「ふふふ、明日の放課後は久しぶりに顔が出せそう」
熱いお湯に温められ、桜色に染まった肌を手で擦りながら、自然と私は笑みを浮かべていた。
私は今日までの事を思い出しながら、肩までお湯につかる。
私には気になる男子がいる。
その男子はコンサート会場に行けずに困っていた私の前に突然現れ、頼んでもいないのに私を無理やり会場まで送り届けてくれた人だ。
その上、警察に注意されそうになった時は私だけを逃がしてくれた。
「ほんと無茶苦茶なんだから」
あの時の事を何度も思い返しているが、彼はどうして私がコンサート会場に行きたかった事を知っていたのだろうと不思議に思う。
しかし彼のおかげで、ファンやコンサートの関係者など多くの人に迷惑をかけずに済んだ。
本当に感謝している。
「間に合わなかったら本当にヤバかったな」
彼の名前は米倉昌彦といい、同じ学校の男子でありアイドルグループ【ハッピーエンド】のファンだ。
米倉君がファンだと思う理由は二つあり、一つ目がすぐに私がハッピーエンドのメンバーだと気付き、コンサート会場まで連れて行ってくれた事。
私は目が悪いので、学校では普通にどの入った眼鏡を掛けている。
アイドル活動の時はコンタクトなので見た目は大きく変わる。
後は髪型と眉毛の形を変えて眼鏡を掛けた変装だけだが、今まで正体がバレた事はない。
もう二つ目が米倉君と話した会話の内容だ。
米倉君は確実に私の正体に気付いていた。
その二つの理由から彼が【ハッピーエンド】のファンだと確信したのだ。
お礼の為だとはいえ、ファンの子と一対一で会うのは流石に不味いだろうか?
しかし私も借りを作ったままでは気分が悪い。
少し迷ったが、ちゃんとお礼は言うべきだと判断した私は、お礼を伝える為に米倉君の居場所を探し始めた。
数クラス回った所で米倉君のクラスが見つかり、クラスの人に聞いてみると放課後は家庭科室にいると教えてくれた。
その足で私は家庭科室に向かいながら、米倉君からお礼として何を要求されるのか想像してみる。
「お礼って言っても何が良いんだろ? サインとかチェキ撮影位なら全然いいんだけど、それとも限定グッズやチケットが欲しいとかかな?」
そんな事を考えている内に家庭科室についてしまう、そのままドアを開けてみると教室の中で米倉君は料理を作っていた。
「あ~っ、ここに居たんだ! やっと見つかった!!」
ここはファンサービスと言わんばかりに、私は最高の笑顔を作って教室の中に入って行く。
だが折角私が顔を出したというのに、米倉君は全く驚いていなかった。
それ所か米倉君は私の事を芸能人としてではなく、普通の人と同じ態度で、私に対して変に気を使ったりもしない。
そのまま普通に紅茶を入れ始めたのだ。
今までの経験から言えば、好きなグループのメンバーと会ったとしたら、もっと興奮したり緊張したりする筈なのだけど。
何度も確認したが米倉君の表情は全然変わっていなかった。
更に話していると、話の内容から米倉君の推しが私でない事がわかる。
「誰押し何だろ? 可愛い系のマユかな? それともカッコいいヒカリとか?」
フラフラになるまで一生懸命助、自転車を漕いでくれたのにも関わらず、彼が私に興味がないと言う事実に腹が立ってくる。
(なんか腹立ってきた)
その事が原因で私は彼に興味を持ってしまう。
私が会場まで送り届けてくれた礼を伝えた後、何か欲しい物はない? と聞いてみたが、米倉君は何も求めてこないかった。
それ所か一緒に料理を作って食べる事になってしまう。
予想外な出来事で普通な嫌だともう筈なのだが、不思議と私の心は弾んだ。
同時に何もお礼が要らないと言う米倉君に対して、私は絶対にお礼を返してやると心に火がつく。
その後、二人で作った料理はとても美味しく、今でもハッキリと覚えている。
一緒に食事をしたりしている最中、会話の中で米倉君は人と関わる事が苦手だと知った。
(それだ!)
私は米倉君が人と話する事が少しでも慣れる様にとラインのフレンドになる。
更に私の前ではタメ口で話す約束も取り付けた。
米倉君は人と話す事に慣れる必要があると思ったのだ。
最初は挨拶だけのやり取りだったが、学校で挨拶を交わしたりしていくに連れて、米倉君とのメッセージの分量も少しだけ増えていた。
そして何故か私自身が米倉君のメッセージを楽しみに待っている事に気付いく。
いつからそう感じる様になったのかは、私にも分からない。
◇ ◇ ◇
「やっばーっ! 考え事をしていたら、のぼせそうになっちゃった」
私は湯船から上がると、脱衣室に向かう。
身体は十分温まっている為、全身から白い湯気が大量に立ち上っている。
「やっぱり、そうなんだよね……」
少し前から気付いていたけど、初めての事で確証がなかった。
この気持ちは何なのかと何度も自分に問いかけて来た。
「この気持ち…… 私、米倉君の事好きになっちゃってるんだよね?」
男性を好きになった事は一度もないのだけど、この答えは間違っていない筈だ。
身体を拭いて、下着姿のままドライヤーで髪を乾かし始める。
(私はアイドルで、米倉君は一般人、絶対に迷惑かけちゃうよね)
そんな事を考えながら髪を乾かしていた。
髪が乾ききった時、私は一つの答えにたどり着いていた。
「ウダウダ考えても仕方ないよね。好きになっちゃったし今更どうしようもないんだから。好きになった以上は絶対に自分自信に嘘をつきたくない。…… やる事は一つしかないよね」
小さい時、アイドルになると決めた時もそうだ。
私は考えるよりも、行動する方が性に合っている。
「頑張れ私!! 明日の放課後は家庭科室行くぞ!」
自分の恋心を確認した翌日、私は家庭科室に向かい元気よくドアを開いた。
「米倉君久しぶりーっ!!」
「星野さんは今日はダンスの練習は休みって事?」
米倉君が嬉しそうに笑ってくれた。
「そう、久しぶりのオフなんだよね。それでいるかなって思って来たんだけど…… えっ!? 嘘? なんで生徒会長がいるの???」
しかし教室には米倉君以外の人物がいた。
その人物は学園で最も有名な人、私でも顔と名前は知っている。
生徒会長の秋田小町先輩であった。
秋田先輩も私を見て驚いている。
「何を驚いているんだよ。小町先輩とは仲良くさせて貰っているだけだから。星野さんこそ失礼な態度をとらないようにしてくれよ」
(どうしてここに秋田先輩が居るの?)
「えっ!? 米倉君、その子は誰? 何かやけに親しくない?」
米倉君に突っ込んでいる秋田先輩の様子を見て、私は気付いてしまった。
(嘘でしょ? 秋田先輩も私と同じ……)
私の第六感が間違っていないのなら、秋田先輩も米倉君の事が好きな筈だ。
しかし米倉君が秋田先輩に接する態度を見れば、二人が付き合っていない事はわかった。
ならチャンスはあるよね?
アイドルになる時はもっとチャンスは少なかった。
なんせ何千人もいたライバル達と競い合い、アイドルの地位を手に入れたのだ。
あの時に比べると今回の相手はたったの一人だ。
絶対に負けない!!って言うか絶対に負けたくない。
私はライバル心を燃やし、臨戦態勢に入る。
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