こどもののみもの
「酒の大沢」
から数分とかからぬ田の稲が金色に輝く季節となりました。
お変わりなくお過ごしのことと存じます。
おかげさまで僕と天音さんは元気に過ごしています。
秋ビールが完売すると同時に、僕が並べたクラフトビールを手に取ってくれるお客さんをちらほら見るようになりました。売れずに賞味期限切れにはならなくて済みそうです。
天音さんは、気温が下がってきたせいなのか腰が痛むと言っています。
腰を労わる方法ってあるのでしょうか。
僕は、余裕が生まれたおかげでゆっくりと将来について考えられています。それは、天音さんと親父さんのおかげだと思っています。
仕事と進路、そして勉強すべてを熟せるように、それでいて欲張らずに頑張っていこうと思います。
僕と天音さんのことをどうか見守っていてください。
「やっぱりなんか変な気がする…」
僕は、昨日図書館の帰り道に買った無地の便箋に手紙をしたためていた。
相手は、名前も知らない男性。『酒の大沢』の先代店主である天音の父親に向けた手紙だ。
少し生まれた余裕を、天音の父親、オヤジさんとでもしておこう。オヤジさんを知ることに使おうと決めた。でも、その方法が案外見つからない。
オヤジさんの影を以前からいくつかは見つけているのだが、改めて探し出すとそれ以上見つからない。それに、あくまでもここは他人の家なのだ。滅多矢鱈に探しまわるのはいけないと思う。だから、オヤジさん捜索が難航している。
天音に尋ねるのも手だが、天音が今まで父親の話をほとんどしてこなかったことから、あまり触れて欲しくないと思っているのかもしれない。いざとなれば、聞くのもやぶさかではないが、最初は自分で出来ることをしたいと思っている。
その一環として、『手紙』をしたためているわけだ。
昔読んだ小説に、『故人とのコミュニケーションは手紙がいい』と書いてあったような覚えがある。それに倣って、書いてみたのだが何だか訳の分からない手紙というか、文字の羅列になってしまった。
それに、そもそも送り先はどうする? 名前も知らない相手に手紙なんて書いていいの? など問題が山のように思い浮かぶ。
「やめだ! やめ!」
便せんをぐちゃぐちゃに丸めて、レジの横にあるごみ箱にシュートする。
が、枠を外し明後日の方向へポテンポテンと転がっていく。
「はぁ」
ため息をつきながら、それを拾い上げようとしていると
チーン
来店を知らせるベルが鳴り響く。
「いらっし…………」
入口に目を向けるが誰もいない。
「うん?」
機械の誤作動だろうか?
古い店だしそんなこともあるかな。
そう納得してゴミを拾い上げ再びシュートする。今度は綺麗に枠を捉えた。
ナイスシュートと心の中で思っていると
「お兄ちゃん、すごいね!」
どこからか可愛らしい賞賛の声が。
空耳などではない。辺りを見回して声の主を探そうとしていると、背中の下の方をツンツンされる。
「えっ?」
ビックリして下に視線を向けるとそこには見慣れた小さな男の子がいた。
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