キリン秋味 ④

「天音さーん、ちょっといいですか?」

 奥にいる天音を呼ぶと、店の方に出てきてくれた。

「なんだ、たまきはもう帰ったのか」

「さっき帰りましたよ」

「そうか。それで話は?」

 いつものような元気がない気がする。気にはなるが、気にしすぎるといつものような会話が出来なくなりそうだから、気にしないように心がける。

「今日、秋ビール来ましたよね。どんな感じに積めば良いか教えてもらえますか?」

「分かった」

 天音の指示のもと、ビールの箱を積み上げていく。

その作業の中で僕は、いつもの感じを心がけて話しかけた。

「秋ビールってどんなビールなんです?」

 お酒に関する話なら問題なくできそうだから、こんな風に問いかけた。

「簡単に言えば、濃いビールだな」

「キリンのラガーみたいな感じです?」

「それよりも濃い目だ。普通のビールよりも麦芽が三割増しで入っている。だから、その分コクや苦みが強く、味が濃いビールに仕上がっているんだ」

 どうやら天音もお酒の話ならいつも通りのようだ。

「それなら、ゆうき君のお父さんが好きかもですね」

「そうだな。そもそも季節限定の酒は、日本以外では珍しい文化なんだ。だから、今頃秋ビール飲みたいってなっているかもな」

「あれっ?」

 ふと、いつものように疑問が湧いてきた。

「なんだ?」

「夏のビールって軽くて飲みやすいのが多いですよね?」

 夏のビールは、のどごしがいいものが多い。それに、暑さからかたくさん飲みたくなるため、味が薄めの物が多いらしい。

「その通りだ」

「ならなんで、秋にいきなり濃くするんです? いきなりすぎてお客さんがビックリしませんか?」

「それはだな、そもそも一昔前はビールって夏に飲むものってイメージが強かったんだ。でも、今は違うだろ?」

「いつでも楽しめるお酒って感じですね」

「そのイメージを作り出したのが、この秋ビールと言っても過言ではないんだ。

秋ビールのさきがけは『キリン秋味』なんだ。これが作られた当時は、ビールは夏が終わると売れなくなっていた。そんな状況を打開しようと開発が進められていった。段々と涼しくなっていく秋にはたくさん飲むよりも、一本で満足するほうがいいと考え、濃い目のビールを作ったんだ。それが、客に受けて秋と言えば『秋ビール』って言われるくらいには、身近なものになっていたんだ」

「なるほど、わざとギャップみたいなものを作っているんですね」

「そういうことだ」

 あっ! そういえばいつの間にか、いつものように話せている!

たまきには感謝しないとなぁ~

「天音さん、話が変わるんですが…」

「なんだ?」

「これからについての話があるんです」

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