タカラcanチューハイ ③

「大輔どうしたよ」

「へ?」

 声のするほうへ目をやると隣に天音がいる。 

何故だか、天音の顔が歪んで見える。

「天音さん配達は?」

 まだ、配達の時間のはずなのに。

「とっくに午前の分は終わったよ」

 時計に目をやると確かに、もう十二時を過ぎている。

「もうこんな時間か……」

「大輔、何かあったのか?」

 天音が真剣な顔して、心配そうに聞いてくる。

「なんで?」

「お前の顔、今凄いことになってるぞ。ほら、これ使え」

 天音は僕に向かってタオルを投げてきた。

 反応が遅くなって、投げられたタオルが顔にぶつかる。

そして、そのまま膝の上にこてっと落ちる。

 膝に落ちたタオルを手に取ると、何故かビチョビチョに濡れている。

あれ?

 なんで濡れているんだろう……

そう考えてやっと気が付いた。 

 僕の瞳から、涙があふれている。

大粒の涙。

 蛇口をいっぱいに回した水道のように流れ続ける。

 この涙の理由を思い出す。

思い出すと同時に、心がグシャリグシャリと音を立てる。

「さっき、いきなり怒鳴られたんです。なんで商品に触れたんだって。

ただ会計をしようとしただけ。僕は何も悪いことしてないのにいきなり怒鳴られたんです」

 自分が何か失敗をしてしまい、怒られることはこの店に来てから何度かあった。

 でも、今回みたいに何もしてないのに怒鳴られるのは初めて。

構えていないのにいきなり腹を殴られるような。

歩いていたら後ろから車に激突されたような。

そんな重い、重すぎる一撃を貰い、僕の中で何かが壊れた。

「何が悪いか分からないけど、とりあえず謝りました。出来るだけ表情も崩さないようにしました。でも、ちょっとしたことでもっと怒りだして、『ゴミ』って言われ出して……」

 そんな風に嵐のような出来事を必死に思い出していると、頭の上にポンと軽い衝撃が来た。

 俯いていた顔を起こすと、天音が僕の頭に手をやっている。

「ごめんな。その場にいなくて」

 優しくなだめるようにポン、ポン、ポン。

「天音さんは悪くないです……」

「いや、私がいればたぶんそいつは同じことしなかった。弱く見えるお前が一人でいたから、偉そうに怒鳴り散らせた。だから、その場に居てあげられなかった私も悪い」

ポン、ポン、ポン

「悔しかったよな。自分は何も悪くないのに言いたい放題言われて。

悔しかったよな。店のことを思うと何も言えなくて」

ポン、ポン、ポン

「ありがとうな。お前がそうやって我慢してくれたおかげで店には何も起きなかった。

お前は強いな。私なら殴り合いしていたかもしれない」

ポン、ポン、ポン

「でも、私の前じゃ我慢しなくていい。好きなだけ泣けばいい」

ポン、ポン、ポン

 心地よく続く優しいリズム。

ポン、ポン、ポン

 さっきまで、心の中で響いていた不協和音は聞こえなくなっている。

ポン、ポン、ポン

 向けられた冷たい暴力が上書きされる。

ポン、ポン、ポン

 どんなに頑張っても止まりそうもない。

だから、今だけは……


わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


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