ホッピー ③

「大輔~ 床屋のオヤジ何か言っていたか?」

 夕飯を食べながら、話をしていると聞いてきた。

思わず、視線を逸らしてしまう。

 結局、良さそうなお酒は思いついていない。

でも、何とか一人で選んで胸を張りたかったから、天音には報告していなかったのだ。

報連相の大事さは痛いほど分かっているけれど、緊急ではないし多少遅くても大丈夫なはず。

ここは、知らないふりをして……

 何もなかったかのように、夕飯に出された餃子を黙々と口に運んでいく。

このまま、白を切り通して見せる! とか対決をしながら、さらに、餃子をパクり。

「餃子美味しいですね!」

 話を逸らすべく新たな話題を振る。

だが————————

「おい、大輔」

 どすの効いた声が目の前からする。

餃子に目線をやっていたから、彼女が今どんな表情なのか分からない。

顔を上げるのが怖すぎる。このまま、餃子を見ていれば誤魔化せないかな~

「大輔」

「は、はい!」

 怖すぎてスルーは無理でした☆

「お前何か隠しているだろ。なんか割ったのか? 今すぐ吐け!」

「ち、違いますよ 床屋のおじさんにプリン体を気にしないでいいお酒を聞かれたんです。

一人で選んで、たまには天音さんを見返したかったんです。すみません、すみません」

 何度も、何度も頭を下げる。

 少しすると「はぁ~」とため息が聞こえ、顔を上げると天音が話し始めた。

「別に自分で選んでみたいのは構わないさ。でもな、報告しないのは無しだ。この前、大きなミスしたばかりだろ。『次は無いからな』」

 最後の『次は無いからな』だけやたらと強調して、さらに笑顔で言うから、反射的に

「き、気を付けます~」

と返していた。


「それで、選べたのか?」

 いつもの口調に戻った彼女はそう尋ねてきた。

「一応いくつか選んでみたんですが……」

「どれにしたんだ?」

「『淡麗プラチナダブル』か『極ゼロ』かなって思っているんですけど…… プリン体がカットされているやつだと飲みすぎちゃうみたいで、どうしたらいいか悩み中です」

「私も同じこと前に言われたな。それに、どっちも試してもらったけど微妙な反応だったよ」

「やっぱり……」

「まだ、一人で考えてみるか?」

「うっ……」

 正直、もう思いつかないのだ。

「すみません、思いつかないです」

「なら、私が考えた奴を教えてやるよ」

 天音は母屋へと歩いていった。いつものように何か持ってきてくれるのだろう。

 

 すぐに戻ってきた彼女は、手に小さな茶瓶を持って帰ってきた。

ビールの中瓶よりも背が低い瓶。あんな瓶店にあっただろうか?

「何ですか、それ?」

「これか? ホッピーだよ」

 聞きなじみのない名前だ。

「ビールですか?」

「いや、違うよ。それに、これはお前でも買えるぞ」

「えっ!? 酒じゃないんですか?」

「厳密にいえば、ほんの少しアルコールがあるんだが、1%よりも少ないから酒じゃなくて清涼飲料水に分類されているんだ。だから、お前でも買えるんだよ」

「ノンアルコールビールとは違うんですか?」

「ノンアルはアルコールが全く入っていない。ほんの少しだけどアルコールが入っているホッピーはローアルコールビールって括りだな」

 発泡酒とか新ジャンルと同じでその辺面倒くさそうだ。まぁ、とりあえずは違うものだと覚えておけばいいか。

「でも、なんでホッピーを勧めるんですか?」

「いくらプリン体カットのビールにしても、体内でアルコールを代謝するとプリン体になるから、痛風を治すにはアルコールの摂取量も減らさないといけない。でも、もの足りなくて飲みすぎてしまう。だから、多少飲みすぎてもアルコールの量を減らせるホッピーがいいんじゃないかって思ったわけさ」

「美味しいんですか?」

「まぁ、ノンアルコールビールよりは良いって人が多いぞ」

「なるほど」

「とりあえずは、今度これを持っていくつもりだが、いい機会だしお前が持って行ってみるか?」

「えっ!」

 天音の提案に思わず、身じろぎしてしまう。

「なぁーに、床屋の裏が家だから歩いてでも行ける。行ってみるか?」

「でも……」

 新しい仕事を振ってもらえるのは嬉しいが、何かまた失敗してしまうのではないかと思うと二の足を踏みたくなる。先日、僕の棚を作った時も失敗と紙一重だった。それが、頭に残っているせいで余計に怖い。

「別に、あのオヤジならミスしても怒ったりしないさ。どうだ?」

「大事な仕事なのに、僕なんかが……」

 自分が怒られるのは別に構わない。でも、配達が好評な「酒の大沢」の名前に泥を付けてしまいそうなのが怖い。

「なぁ、大輔や」

「は、はい」

「この前、棚を作った時楽しかったか?」

「はい、胃が痛かったですけど楽しかったです」

「なら、また新しい仕事覚えると楽しくなるかもしれないぞ」

「でも、失敗したら……お客さんが離れてしまうかもしれないし」

「大丈夫だ。誠心誠意謝れば大抵は許してもらえる。それでも、怒っているやつはこっちから断ってやる。だからさ、失敗を恐れないでやってみろよ」


 ミスは怖い。棚を作った時も、失敗したんじゃないかって心配だった。

でも、上手くいったと分かると嬉しかった。

新しいことが出来るとすごく嬉しかったのだ。

だから、今回も挑戦してみたい。

「やってみます!」

「分かったよ。頼まれたらお前に頼むな」

「はい!」


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