ギネスビール 完
午前十一時半
お昼休憩が待ち遠しくなる会社員や、暖かなお日様で眠たくなっている学生、お昼ご飯を作らないといけないと思い出す主婦、やっと目を覚ました自宅警備員、開店して間もない飲食店。
感じ方は人それぞれ。
でも、僕とワンカップお兄さんは同じはずだ。
だって——————
チーン
ほら、予想通り。
入口には、話を待ち望んでいるのかキ、ラキラと目を輝かせているお兄さんがいる。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
いつものやり取り。
「さぁ、話を聞かせてくれるかな?」
そんなに慌てるな。話は逃げないからさ。
天音に相談してみたこと、お兄さんが聞きたがっていた『自信』についてのこと。
後ついでに、ギネスビールのことを伝えた。伝え終わると「オー!」と感嘆のような声を上げてから話し出した。
「いいね。やるだけやって、後から付いてくる。うじうじ悩むなってことね。オーケーオーケー。僕は間違ってなかったんだな!」
と勝手に自己解決したようだ。
「大輔君、いい話をありがとう。ところで、話に出てきたギネスビールに興味が湧いたんだ。買ってもいいかな?」
「毎度ありがとうございます」
そんな展開になるような気がしていたから、あらかじめ準備しておいたギネスビールの缶を渡す。
お兄さんは受け取ると早速、僕がしたのと同じようにカラカラと鳴らし始めた。
「これが、話に聞く球の音か~ 飲むのが楽しみだ!」
「この専用グラスに注ぐと、もっと泡が良くなるそうですよ」
天音がついでにと、持ってきてくれたグラスを勧めると、子供のような眼をしてくる。
「それはいいね それも貰うよ」
天音さん流石! 商売上手!
「ところで、店主さんにご挨拶したいんだがいつなら会えるかな?」
「あー、そ、それは……」
天音から一つ守るように言われたことがあった。
それは、「ワンカップお兄さんを私に近づけるな」だそうだ。
絶対に面倒くさくなるから、会いたくないみたい。
さぁ、どうするかな~
ふと、思い浮かんだことで話を逸らすことにする。
「そういえば、以前と比べて身だしなみが整ってきたと思うんですけど、コートは変えないんですか?」
自分をダメ人間のように見せるために、無精ひげやよれよれの服を身にまとっていた。でもそうする必要がなくなったのだから、コートも変えればいいのに、依然と同じ、サイズ感があってないコートのまま。気になっていたから、丁度いいと思って聞いてみた。
「ああ、これか。サイズは微笑に合っていないんだけど、尊敬している人にもらったものだから寒いときは身に着けるようにしているんだ」
「そうなんですね」
どうやら、サイズ感の合わないコートにも何か秘密があるようだ。
「聞きたい?」
お兄さんはさも、話したそうな様子だ。でも——————
「また、そのビールを飲んで、感想を言いにこの店に来てください!
その時に、一緒に聞きますから」
彼は一瞬、ぐぬぬと言った顔になるが、すぐに表情を戻し
「分かった じゃあ、また今度!」
と言うと、店を後にした。
いつの間にか、お兄さんへの苦手な気持ちも消え失せていた。
今思うと、いきなり距離を詰めてくる彼にビックリしていただけなのかもしれない。
今では、彼の話が待ち遠しく思う。感想も気になるし。
ワンカップを買いに来ていたあの頃の暗く重苦しい様子は一切なく、好青年といった感じの晴れやかな後ろ姿は気持ちのいいものであった。
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