ワンカップ大関 完
「どうしたよ。浮かない顔してさ」
山盛りの回鍋肉が乗った大皿を持った天音が、声をかけてきた。
「何でもないですよ」
プイっとよそを向くと、
「そんなわけないだろ」
皿を置いた天音が、僕の顔をグイっと動かして視線を合わせてきた。
「何かあったんだろ?」
話さないつもりでいたが、あの時見た雫のようにぽつり、ぽつりとこぼれ出していた。そうして、あっという間に全てを語りつくす。
彼女は僕の話を聞き終えると、優しい口調で話し出した。
「子供もころからの夢が叶った大人は、どれくらいいるんだろうな。
勝手な予想だけど、しっかりと願いが叶った人はほとんどいないはずだ。
ちなみに、私もそう。
だけどな、100%夢が叶わなくても、何%かは叶っているもんだぞ。
例えば、人の役に立ちたいって思いから警察官を目指して慣れなくても、気遣いができる優しい人にはなれた。
私も同じように、『笑顔を作れる料理人』を目指していたが、今ではしがない酒屋の店主だ。でも、客の笑顔が作れるような店を作ることが出来た。
だからさ、お前の話す男が、今やけになっていたとしても、今まで頑張れたんだ。そのうち、また頑張ろうって思える日が来るはずさ」
いつものニカっとした笑顔でそう言ってくれた。
「さあ、冷めないうちに飯食うぞ!」
天音が作ってくれた回鍋肉を、口に放り込んでいく。
濃い目で、ぴっりと辛みの効いた味付けは今の僕にちょうど良かった。
何だか、少しずつ力が戻ってくる。そんな気がした。
ご飯二杯と山盛りの回鍋肉を食べ終える。
いつもよりも、沢山食べるといつの間にか元気が戻ってきた。
天音は隣で、楽しそうにテレビを見ている。
ケタケタと笑うその声は、最近では居心地のいいものになっていた。
今日のことを忘れないようにと、天音の言葉を反芻する。
きっと、これも大事なことだからとしっかりと心のノートに書き記す。
そうして、書き記していると
「あれっ……」
思わず声を上げてしまっていた。すぐに天音に視線をやるがテレビに夢中なのか自分の声を気にしていないようだ。
そーっと、部屋を抜け出して、自分の部屋に行く。
静かな部屋でもう一度考えるが、思いつかない。
ワンカップお兄さんにあったものが僕にはない。
今まで知らなかったが、天音にもあった。
小さな子供でさえも持っているものを僕は持っていない。
やはりそうなのだ。
「僕には、夢がない」
その現実は、僕に重くのしかかってきた。
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