モエ・ド・シャンドン

「酒の大沢」

 この店で居候を初めて、既に一週間が過ぎた。

 毎日、店番をしているが一つ思うことがある。

「この店大丈夫か?」

 居候が始まった日に、三田百合がクリアアサヒを買いに店に訪れていた。その前に、禿げた親父も来ていた。

だから、そこまで多くはないにしても、一日数人くらいのお客さんが来ると思っていたが、世の中そんなに甘くないらしい。

 百合が来てから、この店に訪れた客の数は何と……


二人!


もう一度言おう、二人。一週間で二人なのだ。

それに加え、売り上げはゼロ。

二人ともウイスキーコーナーを覗いてすぐ、店を出て行ってしまったのだ。

天音いわく、「山崎、白州、響」を転売目的で探しているのだとか。

そもそも、山崎、白州、響ってなんや?

 まぁ、こんな感じにとても、とてーも、とてーーも暇な店番を毎日しているのだ。

閑古鳥が鳴く声もそのうち聞こえて来るかもしれない。

 店番の僕は本当に暇なのだが、店主の天音は中々忙しく、一日の半分以上はどこかに行っている。

戻ってきてもせかせかとビール樽や瓶、一升瓶を積み込むと出て行ってしまう。

 本当にパワフルだなって思う。

流石、DQNお姉さん

直接言ったら、本当に殺されそうだな……

 何とかこの一週間頑張ってきたが、何もせずただぼーっと店番をしているのにも段々耐えられなくなってきた。

 ものすごく暇なのもあるが、一番はいそいそと働いている天音を見て、何もできない自分が嫌に思えてきたのだ。

 どうにか役に立てるようにはなりたいが、酒の知識は全くないし筋力もない。

それが不甲斐なくて、不甲斐なくて仕方がないのだ。

 いま、出来るのはレジ業務のだけ。

本当に簡単な作業しかないから僕にもできる…はず。

実際まだ、やったことが無いから出来るか少し不安だが。

「ダメだ、ダメだ!」

 自分の顔を思いっきり叩く。

その衝撃で暗くなりかけていた心が、戻り始める。

「天音さんに任された仕事があるんだ。頑張らないと!」

 ものすごく暇で、暇で、暇で仕方がないけれど、任された仕事なのだ。

責任を持たないと!

 自分を無理やり奮い立たせる。

 どんな客でもかかってこいや~

と心の中で叫んでいると、本当に都合よく入り口の自動ドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

 生まれて十数年出したことのないような、元気な声を出して客に声をかける。

それから、入り口の方に目をやる。

「マジ?」

 まさかの光景に目を丸くする。

 どんな客でもかかってこいや、とは思ったがまさかこうなるとは…

入り口に立っていたのは、つばが丸く広がっている黄色の帽子に、水色のスモックを着て、胸にはお花の名札を付けた小さな小さなお客さん。


子どもが不安な表情でそこに立っていたのだ。


驚きが強すぎて、何秒か思考が止まっていた。思考が戻るとまた驚きが襲ってくる。

「マジ?」


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