第24話② 3つのお題 即興小説⑨の2 ぼくの願いごと

 僕は長い階段を上っていた。雨も降り始め、古い石の階段はツルツルと滑りやすい。足元の悪い所を注意しながら進んでいく。

 ゴロゴロ…!と、雷まで鳴り始めた。落ちてこないかとヒヤヒヤする。上を向くと、ツルッと足が滑った。


「あっ…!」

 ごろごろと転がり落ちる。途中の踊り場のような所まで転がって、やっと止まった。


「つつ……っ」

 体中のあちこちが痛い。傷だらけだし、泥だらけになっている。もう夜が来てしまう。お母さん達が心配してるかも──そう思うけれど、動くことができない。


「おばあちゃん…」

 僕はつぶやいた。

 目を閉じて、彼女の事を思う。おばあちゃんはもっと苦しい目に遭っているんだ。こんな事でへこたれたら笑われてしまう。

「負けるもんか…!」

 僕は歯を食いしばり、体を起こすとまた一段一段登っていった。

 息を切らし、長い長い階段を登り終える。

 登り切った所にも鳥居があって、そこをくぐった。奥には古い神殿があって、前に木の賽銭箱が置いてある。


「着いた…」

 すると、ドーン!という音がして、黒く厚い雲の間から勢いよく何かが飛び出した。

 それは白い光で、雷かと思ったがいつまでも消えない。

 あれは何だろう…?

 僕は目を凝らしてそれを見る。


 それは大きな龍だった。頭に何かを載せている。

「ええっ……!」

 僕は目を疑った。

「もしかして、竜神様…?」

「いかにも」

と声がした。頭の上に若い男の人が立っている。セミロングくらいの髪で、紺色の着物を着ていた。


「君が僕らを呼んだのかい」

「あなたは誰?」

「僕は竜神のお供だよ。僕を介して、参拝者と神は会話ができる」

 そう言うと、唐傘をポンと開いた。

「雨が降っているのは、神が散歩していたからさ」

 もう本降りになっている。僕はずぶ濡れになりながら、彼らを見上げた。


「お願いです、竜神様」

 声を張り上げて、彼らに話しかける。

「僕のおばあちゃんを元気にしてください。病気なんです」


「――そうかい」

 彼は首をかしげた。

「それで、君は何をくれる?」

「え?」

「竜神様は願いを叶えるけど、代わりに君は何をしてくれるんだい」

「そんな…」

 僕は茫然とした。お供えが必要だなんて、聞いていない──


「ただで聞いてくれると思ったの? 甘いねえ」

 彼は半眼になってフフ、と笑う。龍は黄色に光る瞳でじっとこちらを睨んでいた。

 僕は両手を見つめる。ここへ来るのに無我夢中で、何も持ってきていなかった。どうしたらいいんだろう。どうしたら──ぎゅっと服を握りしめる。

 その時、ハッとある事を思いついた。


「僕を……」

「ん?」

「僕を差し上げます! 竜神様の言う事を何でも聞きます。だから、」

 声を限りに叫んだ。

「おばあちゃんを治して!!」

 龍がそれに呼応をするように、グオオ……!と鳴いた。長い尻尾をくねらせ、大空を駆け巡る。男はその上に乗ったまま、落ちもせずに高笑いを始めた。


「その願い、聞き入れた!!」

 そう言うと、傘を勢いよく空へ放り投げた。


 ***


 僕は目を開ける。むくりと起きあがると、勉強机とその上のランドセルが見えた。

「……あれ」

 いつの間にか、僕は自分の部屋にいた。

 今までのことは夢だった? でも、家に帰った覚えがない。


「そうだ、おばあちゃんは…!」

 そう呟くと部屋を飛び出す。彼女の部屋には、いつも寝ていた布団が畳まれて置かれていた。


 どこ? もしかして…

 嫌な予感がして、探しに行こうと玄関へ向かう。その途中で台所を通りかかった。


「⁈」

 誰かが、トントンと料理をしている。まな板の上で何かを切っていた。


 あれは……いや、どうして…

 混乱して、言葉が出てこない。そろそろと部屋の中へ足を踏み入れる。


「おばあ、ちゃん…?」

 その声でゆっくりと彼女は振り向いた。

「おや、もう起きたのかい。ご飯できてるよ」

 彼女が優しい声で言う。


「──」

 僕はぽろぽろと涙を流した。

「どうしたの? 怖い夢でも見たのかい。もう大丈夫だよ」

 そう言って、優しく背中を撫でてくれる。何度も、何度も。

 僕はわあわあと声を上げ、小さい子みたいにいつまでも泣いていた。


 ***

 あの男の人が神社の鳥居に座って、ユキトの家の方を眺めていた。その横に、龍神がとぐろを巻いて同じ方を見ている。

 やがて彼は視線を外すと、ふうと満足げなため息をついた。龍が男にグルル…、と何かを言う。


「どうしてあんな事を言ったのか、ですって?」

 彼は首を傾けた。

「あの子の覚悟を知りたかったんですよ。あなたは何ももらわなくたって願いを叶えてくれるけれど。

でも、それだとありがたみが薄れるでしょう?」

 そう言って彼はウィンクする。龍が呆れたような顔をした。


「まあ、まだ彼は何もできないだろうから、大人になってから考えようかな。

別にペットボトルの水をお供えしてくれるだけでもいいけれど」


 そう言うと、鳥居の上に立ち上がる。その視線の先には、昇り始めた太陽が姿を見せていた。その光景は、ユキトの心のように晴れやかだった。


  了


 以下の三つで即興小説を書く

「大空」

「ドラゴン」

「傘」

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