第二十話 異国民②

「魔力が足らない……? 普通に暮らしていたらそうはならないだろう」


 一人一人の魔力はそこまで大差がない。だが魔力が枯渇するなんて、今ではあまり聞かない話だ。これが戦争しているとかで大きな魔力消費があるならば別だが、今は大きな争いもない。

 魔力が足らないなんて、今では聞かない言葉だ。


「今日掃除に行ったとこ、売り物屋が多かっただろう? アンタから見て、出来はどう見てた」


 大女将に連れられて行った店の先々。王都のような匠の工芸品とまではいかないが、どれも良品だった。その割には値段も安く、曲者品というより誰にでも使えるオーソドックスな物。

 あんなにも良い店は中堅の傭兵や騎士からしたらかなりの穴場だ。


「どれも良い物だった。売っている物全てに何らかの魔法がかかっていて、きっと使いやすいだろう」


「そうなんだよ。どれにでも魔法がかかってんだ。この店の料理だって、白魔法を使ったりしている。ウチも他も微量なもんだけどね」


 そうか。だから魔法が枯渇するんだ。魔法のかかった万物は高価な品だ。何故なら作り手の魔法がかかっているから。作り手はその物の形を決める。だから一番魔法も馴染みやすい。


「なら人手を増やせばいいだろう。どこも腕は確かなものだ」


「人件費が更にかかっちまうからねぇ」


「では国から援助を受けるのはどうだ。あの品々ならば認められるだろう」


「そうなると国費がかかる」


「いいんじゃないか。国の費用というものは正しく良きものを残すためにも使われるべきだ」


「アタシらは異国民さ」


 大女将の言葉にはっと息を呑んだ。

 異国民、というのは別に差別用語でもない。ただ自分たちを説明するのに簡単な言葉だった。

 だが最近では異国民というのは貴族から煙たがれている。自分たちの領地に異国民が住むこととなれば、それなりの金も人も土地も必要になるから。

 それにどんな理由で来たのかも分からない。手離しに喜べるかと言われれば違うだろう。


 もし、この村が国の加護に入ったとする。そうなれば国費はかかり、国民――貴族から集めた金がかかる事になる。金は大事だ。それに自分が捻出したものとなれば尚更に。


 あぁ、この村がどうしてここまで自然と共生しているのか分かった気がする。


「魔法具はまあまあ高価なもんだ。家庭で使うには別にいいが、アタシらはそれに頼って商売をする事となる。となると、使い捨てに近い。そこまでの金はないんだ」


「なら、もう少し商品の値段を高くするのはどうだ。それくらいなら――」


「魔獣の巣穴に入っちゃった時に武器が折れなくて生き延びれたんです。……あの鍛冶屋の武器を買っていった駆け出しの傭兵の言葉だ」


 ベタつく手を気にしていると、大女将は「熱いもので拭けばなんとかなるさ」と助言をくれる。試しに濡れた雑巾を熱魔法で温めれば、たしかに綺麗にとれていく。

 そういえば従者が油のついたものはお湯で洗えと言っていた。


「駆け出しなんて金はもちろんない。でも良いものは欲しい。そんな奴らに届けばいいんだ。アタシらはそういう奴が強くなって有名になって、何か立ち向かうものがあった時に、今まで共に過ごしてきた何かがあればきっと支えになると思っている」


「思い出されないかもしれない。新しいものに変えているかもしれないぞ」


「いいんだよ、それならそれで。ただ人って上手くいかない時、成功してきた自分を思い出す事が多いからね。そん時に思い出してもらえたら万々歳さ」


 嬉しそうに高らかに言う大女将は誇らしそうな笑みを浮かべる。

 きっとそういう事があったのだろう。それにここの村の者はお節介で素直だ。駆け出しの不安な時期であればきっと支えになるだろう。


「……世話好きな者たちだな」


「それが楽しみで商売やってんだ!」


「そうか」


「で、だ。魔法は枯渇寸前。資金もそんなにない。もちろん村にかける金なんて最低限。そしてここは川に囲まれた土地。虫の被害と時折ウチの食堂の美味しい匂いに釣られて魔獣が山から降りてきてね」


「あぁ、さっきも商人のところで魔法をかけてきたが、虫刺されは――」


 ――私はこれでやりたいの。研究はこだわりとか執念がないと。


 娘はあの日、そう言ってた。リモングラス。あれは確か娘の言葉では殺菌作用とか消毒効果があるとか言ってきた。虫除けや動物が嫌がる。

 そうか。そういうことか。


「ソフィーがね」


 思考を深くしていると、大女将に話しかけられる。天井近くに掃除が終わったので下に降りた。ちょうど大女将も掃除が終わり、僕は椅子を魔法で元に戻していく。


「チエリから今日アンタがここに来ることを聞いたらしく、アタシにお願いしてきたんだよ」


 椅子の状態を確認している大女将が僕の方を見た。真っ直ぐにブルーグレーの目は目尻に皺を作って和らいでいる。


「ナタリアさんがルドーを村に案内して。ついでに村の困ってる人の手伝いをさせて、って」


「娘が……?」


「あぁ、そうさ。アタシはこの村の長だからね。アタシが案内すれば、これからこの村にアンタ一人で来ても怪しまれないだろうよ。それに村のヤツらの手伝いまでしたんだ。そりゃあ嫌がったり不審に思うヤツなんて少なくなるさ」


「……」


「確かにあの子は自分の目的のためなら、色んなものを捨てる。きっとアタシに頼んだのだって、アンタにお使いさせたいんじゃないかと思ってる。だけどね」


 椅子の点検が終わったのか、大女将はキッチンへ向かって食材を出していく。鍋の中にはもう作ってある、茶色の液体が入っていた。

 前に食べた事がある。ビーフシチュー、というやつだ。


「あの子がアタシに頼み事をしてくるなんて、今までなかったんだよ。飲み込みは早いからね。なんでも一人でやろうとする」


「あの娘が……? にわかに信じられない。僕には無茶振りを言ってくるんだが」


 リズムよく野菜を切っていく大女将は僕を横目で見た後に、また手元に目線を戻す。


「羨ましいねぇ」


「どうだろうか」


「ソフィーは目的が何より大切で、他の事はどうでもいい、なんて思ってないよ。あの子はちょっと不器用なんだ」


 全て切り終えたのかそれをフライパンにお米と入れて炒めていく。そこに卵を入れて、勢いよく混ぜる。いい匂いだ。

 娘とはまだ出会って間もない。知らないことだってもちろん多い。それに僕は長年共に居た仲間のことすらちゃんと理解していなかったんだ。


「僕は自分の意見を押し付けてしまった。傷付けただろうか」


「そんなヤワな子じゃないよ。でも思っている事を伝えないと分からない事もある。はい、チャーハンとビーフシチューだ」


「ちゃあはん、というのは初めて見る」


「チャーハンはチエリに教えてもらったんだよ。東国の料理だってさ」


 湯気がたっているチャーハンを食べてみれば、口の中でポロポロと米粒が塩分と卵と一緒に崩れて舌触りがいい。今度従者に作ってもらえないか聞いてみよう。


「……周りに居る者をもっと大切にしろと言ってしまった。僕は失くしてから気付いたから、娘にそうなってほしくないと思った」


「言われてそれを素直に受け止められるヤツなんて少ないよ。転んだら痛い。そうやって体験して人は学ぶんだ」


「そうだな。昔の僕に説いても鼻で笑っていたかもしれん」


「でも自分が相手をどう思っているかを伝えるのは自由なんじゃないか」


 食べている手を止めて、目の前に座っている大女将を見る。子供を見つめるような優しい眼差しが向けられていて、少しだけ居心地が悪い。


「アタシはあの子もチエリも大切だ。大好きだ。いつも伝えてるよ」


「かっこいいな。……僕も伝えてみようと思う。気持ちの裏返しは伝わらないだろうからな」


 自分の気持ちを伝えるのは少し恥ずかしいし怖い。だけど自分の考えていることは、自分しか分からない。後から悔いるよりも、今伝えたいことを伝える方が大事だ。

 大女将は僕の独り言のような呟きに「ん?」と返して、何か考えるように天井を向たがすぐに合点がいったようで僕の方に顔を向ける。


「あぁ、あの子たちをからかってたハリスたちの事を言ってるのかい?」


「知っているのか?」


「エルにボコボコにされて、ソフィーに意味の分からない薬草を塗りだくられて、大泣きしてたからねぇ」


 あはは! と楽しげに笑う大女将に僕はビーフシチューを掬おうとしてきた手を止める。

 僕を頑丈だと言ったのは誰を指標に置いての評価かと僅かに疑問だったが、やっと理解する。

 同時にあんなに悲痛に伝えてきたハリスには申し訳ないが、あの娘と付き合わなくて良かったのではないか思った。

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