第103話 その名は……


 ぶれずにまっすぐこちらを捉える視線に戦慄し、【姿隠し(ハイド)】が解けていたかと慌てた。

 それがただの偶然だったことに気づくと、今度はあんな奴に怯えた自分が阿呆に思えた。


 蝋燭の火など、昨日のように無関係に消えることもあるのだ。

 火が消えたくらいで、人が隠れているなどとは、普通は思いもよらない。


(それにしても狙って帰還リコールで城に入るなんて無理だべさ……)


 ちょうど同じことを考えていたのか、司馬がゾッカーに問いかけた。


「……先日【也唯一】クエストを攻略し、未知の騎乗動物を得たプレイヤーがいましたね」


「ぷっ! あ、すまね」


 ゾッカーはつい鼻で笑ってしまった。


「ゾッカー。どうしたのです」


「あんたもあの巨体の男を見ればわかるべ。そんなのまず無理な体型で、食うしか能ない奴だべ」


「その男ではないだろうと?」


「100%ないべ」


「……」


 やがて、司馬が扇をパチンと鳴らして閉じる音が聞こえた。


「その話は、聞いた限りでは大勢には影響はないでしょう。他になにか報告すべきことは」


「もうねぇ」


「ではゾッカー、帰還を許可します。苦しい任務ばかり与えてしまいましたね。褒美は色を付けましょう」


「わかった。明日、降伏を確認してから帰還するべ」


 ゾッカーは発光が弱くなりつつある手の中の石を無造作にズボンのポケットにしまい込んだ。

 そして、周囲に人の気配がないことを、もう一度確認する。


「ふぅ……やっとだべ」


 ゾッカ―の顔に笑みが浮かんだ。

 頭には、すでに褒美のことしかなかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇



 

 輝く三日月に厚い雲がかかり始めたかと思うと、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。


 細い針金のような雨の線が、いくつも空から降ってくる。

 笠を被るのを忘れていた。


 城を出た俺は、街の外の森でアルマデルになり、ハッキを呼び出す。


 まもなくして、俺は仰け反ることになる。


 ギュルルーと吼えながら、なんと3メートル程度の黄色の小型竜が現れたのだ。


「うぉ、お前……もしかしてハッキか!?」


 それに応えるように、竜がこちらを見る。


 姿を見ると、ハッキは手と足が生えて4足歩行できるようになっていた。やっと直立するタツノオトシゴスタイルがとれたようだ。


 顔はタツノオトシゴの管状の口(正確には吻というらしい)が伸びたままだが、竜らしく力強い彫りの深さを得ている。背には大きな皮膜の張った翼が生えており、それで飛ぶことができそうだ。


 その姿を見た俺は、肩をくっくっと動かしながら笑った。


 そろそろだと思っていた。

 こいつが飛行形態をとれるようになる頃合いが。


「主よ。進化を遂げた我に驚いたようだな」


「ああ、待ち望んでいたよ……」


 瞬きをして情報を確認する。



 幼竜 みなしごハッキ



「そ、その感動系の名前は……!」


 琴線に触れてしまい、涙がでそうになるが、俺は咳払いをして取り繕い、改めてハッキを観察した。


 頭の横にあった、取っ手部分も消えている。

 オマルに乗ったり、ホッピングしたりと、取っ手(注:正確には角です)はそのための物だった気がしてならない。


「ハッキ、お前、飛べるんだよな?」


「いかにも自由自在」


「……よし!」


 少々小さかったが、持っていた馬用の鞍をハッキに付けて跨ると、俺はその首元を軽くたたいた。

 ゴツゴツとした硬い鱗が頼もしい。


「飛んでみてくれ」


「驚くでないぞ」


 ぶわり、ぶわり、と風を巻き起こしながら、ハッキが浮いた。

 手綱を掴みながら、言いようのない高揚感に包まれる。


 初めての空。

 そしてあっという間に木の上に上がると、翼を羽ばたかせて滑空し始めた。


「おぉ、おおぉぉぉ!?」


 感無量の速度だった。

 人の歩きの5-6倍は出ている。

 ギルド『北斗』の駆るペガサスクィーンほどではないが、ロバのリピドーとは比較できない速さだ。


 ……でも雨が刺さって、顔が痛い。


「わ、わかった! ハッキ、一旦降りよう! ぶぁ」


 雨が目に刺さった。


「フッ、我が翼に恐れをなしたか。もっとみせてやろう! 我が翼の力を!」


「だからもういいって!」


 雨が痛いんだって。

 お前、辛くないのかよ。


「ハッキ、ところで人を2人乗せて飛ぶことはできそうか?」


 地に降りた俺は顔を拭きながら、早速聞きたかったことを訊ねた。


 鷹揚に頷くハッキを予想していたが、ハッキは長い首を器用に横に振った。

 残念なことにハッキはまだ幼竜で、人ひとりしか乗せられないと言う。


「2人乗せるとなると、この翼ではせいぜい1分が限度だ」


 できればさっさとリフィテルを乗せてグラフェリア城から飛び去りたかったが、そうもいかないということか。


「2人乗せて安定飛行できる大きさになるとしたら、どうだ? どれくらいかかる」


 ハッキがギュルルーと低い声を出すと、白い腹の部分を地につけて体を落ち着かせた。


「――月が再び満ちるまで待つがよい」


 空を見上げてハッキが言う。

 いや、雨雲で月は見えていない。


(……満ちるまで、か)


 今は三日月を過ぎたくらいだから、あと2週間ほど先の話だ。

 思ったよりかかるな。


(その間は籠城を継続するしかないな……)


 俺は地上に降り立ってハッキをしまうと、街に戻って再びカジカになった。


 街を歩くと夜半を過ぎて閉店している店が多いものの、戦争中であるにも関わらず、普通に賑わっている店もあった。どうやらプレイヤー経営の店のようだ。


(よし、集めるか)


 さて、動き出す前に今後の作戦を説明しよう。


 明日俺はアルマデルになり、降伏前にグラフェリア城へ参上する。


 そして、第三勢力を名乗ってリフィテルだけを誘拐し、そのまま城に立てこもる。

 立てこもりを続けていれば、リフィテルを取り返しにいずれ顔を出してくるに違いない。


 百武将が。


(そこで……)


 俺は、その中からリンデルを見つけ出して殺す。

 あいつは、何としてでもおびき出して惨殺する。


 思い出すだけで身体中に熱いものが滾ってくる。


 問題はその籠城期間だが、ハッキが飛行騎乗動物になったので話は簡単だ。

 ハッキが2人を運べるようになるまでの2週間を籠城して待って、城からそのまま飛び立てばいい。


 最悪待てなくても、リフィテルだけをハッキに乗せて逃がすこともできるだろう。


 城には俺とリフィテルのほか、女中や投降しなかった兵などが何人残るかわからない。

 それでも水は井戸だけでそこそこいけるだろう。


 一応、異空間の滝もあと2つある。


 食糧は十分量用意して入る必要がある。

 薪も城内は不足しているだろうが、この際高級調度品でもなんでも燃やしてやろう。


 俺はまず倉庫に行き、在庫しておいた日持ちする食糧を懐に入れる。

 そのまま酔っぱらいたちが騒ぐ夜の店に出向き、食材を譲ってもらえるよう商談した。


 結局、チーズの塊2つ、リンゴ8個、ライ麦パン18個、卵6個を仕入れの3倍額で買った。2週間分にしてはまだ足りないが、後は狩ろう。


 次は雑用係の調達だ。

 城内では疲れ切った兵たちの代わりに、人手が必要になる。


 ハッキのおかげで遠出できるようになったので、この際何体か雇っておきたい。


 周囲をハッキで散策し、レベル40のストーンゴーレムのブブカを召喚獣にした時には2時間ほど経過していた。


 灰色のごつごつした岩が無理やりくっついたような形で、腕が太くて長く、足は短い。

 ゴリラのように両手をつき、前傾して重い上半身を支える威圧的なポーズをとっている。


 目は赤く光り、少々受け口になっている姿が前に持っていたミローンと似て好感を持てた。

 ブブカもゴーレムに典型的な、穏やかな性格の持ち主だった。


 続けてもう1匹を探したが、なかなか手頃なのが名前を教えてくれない。

 夜空が白んできたが、焦っていて眠気すら襲ってこなかった。


 俺は並行して食糧になりそうな小動物を捕獲し、配下探しを継続する。


 明け方になって、川河童を捕まえた。


 亀の甲羅からでた四肢が人のように伸びていて、緑色の皮膚をしている。

 黒髪の頭頂部には皿があり、鈍角の嘴を持つ顔をしていた。

 口を開くと真っ赤な長い舌が畳まれており、その色合いが強くてやや不気味である。


 名前は……ザビエルだった。

 ハマりすぎの良い名前ゆえに、契約の呪文を一度失敗したくらいだ。


 ザビエルは人の言葉を話せず、レベルは45だった。

 系統は偏るものの、魔法を使うことができる。

 ほかの川河童と違い、ザビエルだけ黒縁の眼鏡をかけていた。


(そろそろ限界か)


 メニュー画面での時刻は午前10時を過ぎた。


 食糧がやや心許ないが、これで入ろう。

 一時間ちょっとあれば、街に戻れる。


 ハッキに乗って飛び上がり、上から観察すると地形的に西側の山が低い事に気づいた。

 少々遠回りに見えるが、あそこを超えられれば街まで直線に近い航路だ。

 

 あそこは『山おろし』と呼ばれる、南向きの追い風も吹いている。

 その風にうまく乗れば、時間短縮になりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る