第43話 復讐の始まり
先日は大丈夫だったのに、今日はエブスの顔を見て、俺は痛いほどに胸が打つのを感じていた。
今まで抑えていた怒りが滾り、制御できないほどになっている。
俺は大きく息を吸って早くなりがちな呼吸を整えながら言った。
「いいだろう」
言いながら設定画面を確認した。
~~~~~
ステージ 無人の村
パーティ人数 一
制限時間 十五分
HPバー 不可視
観戦 禁止
~~~~~~
俺が望む通りの設定になっていた。
ステージもすでに『無人の村』が選ばれており、問題ない。
エブスは俺を惨殺し、自分の勝利を見せびらかしたいだろうから、観戦は許可にしてくると思っていたが、、幸い取り越し苦労だったようだ。
ちらりと見たエブスは、にやけながらも俺とは目を合わせなかった。
「じゃあ入るぞ」
俺は転移ゲートに足を踏み入れようとした、その時。
「――カジカ! 絶対に出てくるんだぞ!」
ノヴァスだった。
俺は振り返りそうになったのを堪えた。
「ここで待ってるからな! 一人でなんか、乗りたくないからな!」
「………」
俺は止まっていた足に気づき、転移ゲートをくぐった。
ハネムーンに馬鹿とか言っておいて、なんだよそれ……。
◇◆◇◆◇◆◇
俺は転移を終え、昨日と同じ無人の村に降り立った。
こちらも今は昼前のようだ。
昨日と同じ風景だった。
ただ雨は止み、今日は晴れ上がっている。
草木が雨に濡れた跡が残っていて、滴が草花の上で光っていた。
いつもの癖で設定を確認した俺は、唖然とした。
数秒前に設定確認した項目が一つだけ変わっている。
プレイヤー人数が1対10になっていた。
(入る瞬間で設定をかえたのか)
片方のチームが転移ゲートをくぐった時点で設定は固定される。
だがその前までは変更が可能だ。
デスゲーム化する以前、
運営に訴えられ、自分で自分の首を締めるだけだったからだ。
幸いHPバーは不可視、観戦は禁止のままになっている。
観戦許可のままであれば、1対10になっている事を観戦者に気付かれるから、エブスにとってもここは
だが、俺にとっては些細なことだ。
相手が10になろうとも。
「へっへっへ」
目の前にはエブスと他に4人ほどが立っていた。
その顔には一層歪んだ、薄笑いが浮かんでいる。
俺をいたぶって殺すのが、相当に楽しみなのかも知れない。
俺はその外見から敵を分析する。
皮装備を纏った格闘系職業が二人、盾を持つ重装備をした盾系職業が一人、魔術師系職業が一人である。
その中で、盾職の男だけが低純度ミスリルで作られたB級装備で身を固めている。
ほかは皆C級装備だった。
つまり、話にならない雑魚ということだ。
「………」
俺は無言のまま周囲の気配を探る。
他に【上位索敵】にひっかかるのは5人。
ぽつり、ぽつりと俺の周辺に囲むように点在している。
隠れているつもりのようだ。
「ククク、気付いたようだな。だがルール違反じゃないぜ。1対1なんて決めてねぇ」
エブスがぱちんと指を鳴らすと、あたりから弓を構えた男が五人、付近の屋根上から姿を現した。
「………」
俺は首をひねる。
こいつらは本当にPKだったのだろうか。
姿、いやせめて武器だけでも隠して職業を見抜かれぬようにしておけば、心理的に追い込めたものを。
全く戦い方がわかっていないようだ。
(こんなものか)
最初の狙いを目の前の魔術師に定める。
「お前が俺に決闘を申し込むとは、相当なズルを仕掛けているんだろうなと思ってな。ククク、何を企んでいるか知らんが、さっさと終わらせてノヴァスさんを朝まで呻かせるぜぇ!」
エブスが口元の涎を拭きながら、腰を前後に振ってみせる。
「……なんだと?」
聞き捨てならなかった。
「クク、お前は知らなかったか」
エブスが卑猥な笑い方をした。
「……俺がノヴァスさんのあんな無茶な約束をタダで引き受ける訳ねえだろう! あの後、交換条件を出したら、ノヴァスさんは二つ返事で引き受けてくれたぜ。あの触らせねぇ女を、まさかこんなことですんなり抱けることになるとは、お前には感謝しても足りねぇよ!…… ハァハァ」
エブスはさかりのついた表情を隠そうともしなかった。
胸にべったりと冷たいものが張り付き、俺の呼吸を激しく乱す。
まさか……約束とはあの……。
――二人とも待て! せめて戦う時間は一番短い十五分にしてくれ。そしてエブス、約束してくれ。もし引き分けて終了したら、もう二度とカジカに手を出さないと――。
あれのことか……。
確かにあの時は、エブスがずいぶんすんなりと引き受けたと感じていた。
そんなことはおくびにも出さなかったノヴァス。
(……いや、言われてみれば)
そうだ。
昨日俺が、あんな奴が約束を守るとは思えない、とエブスを鼻で笑った時、ノヴァスは不自然なほど自信を持ってそれを否定していた。
……あいつは守るさ。必ずな――。
「………」
拳を痛いほどに握りしめた。
俺の脳裏には、ファーストキスを約束した時の、あいつのあいまいに微笑んだ顔が浮かんでいた。
なぜ気づかなかったのだろう。
俺とのキスなんか、どうでもよくなるほどの誓い。
はっきりとした未来にある凌辱への苦悩。
(ノヴァスはあの微笑みの裏にそれを……)
千切れるほどの切なさが込み上げる。
それが、そのまま猛烈な怒気に変わった。
「あいつには、指一本触れさせない」
俺は仮面をつけ、契約を交わした。
◇◆◇◆◇◆◇
「ガハハハ……っておい、なんだ?」
エブスが笑みを失い、目を見開く。
「誰だあいつ……白豚、どこ行きやがった?」
エブスがあたりを見回す。
そう、たった今までカジカがいたはずの場所には、見たこともない細身の男が立っていた。
「なあ、白豚がゲートに入るの、お前も見たよな? っていうか今、あいつ目の前にいたよな?」
「……アルマデル?」
「最高位の認知妨害……? 装備がわからん」
周りにいた仲間たちも混乱している。
「兄貴、相手のプレイヤー人数はやっぱり1ですぜ」
盾職の男がエブスに言う。
「……とりあえず白豚はいつでも殺せる。あの仮面野郎を先に殺す」
エブスは舌打ちしながら言った。
「待ってくだせぇ、エブスの兄貴! あいつ、糸ですぜ!」
その時、盾の男が仮面の男を指差して叫んだ。
「い、糸だと……?」
それを耳にしたエブスの顔に、あからさまな嘲りが宿る。
「……ガハハ! そんな希少種まだいたのかよ! 糸! くははは! おい糸だってよ!」
エブスたちがどっと笑い出す。
「あれ、でも確か……糸系職業って全サーバーで1人とかじゃなかったですかい」
エブスの傍にいた男の一人が、重大な事実を口にする。
「一人かよ! いやはや、こんなところで天然記念物に会うとか、無駄な運使っちまったじゃねえか」
だがエブスは気付かず、高笑いしていた。
「ひとつ、勘違いをしている」
ふと、仮面の男が呟いた。
「なに?」
エブスが笑いながら男を見る。
「お前の運は悪かったんだ」
次の瞬間、男の両肩から、病んだ黒い腕が突然伸びた。
その腕が、糸を放つ。
「ヒャハハハ……ひっ……?」
まだ笑っていた魔術師の首が、突然落ちた。
「糸? い、いいいい、糸? 糸?」
隣の男の落ちゆく頭部を見ながら、エブスが壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。
「………」
仮面の男は無言のまま、屋根の上の男たちに目を向ける。
「ぐえっ」
「へぶっ」
油断したまま体を晒していた弓の男たちが、次々と血濡れて倒れていく。
仮面の男は【最上級糸武器マスタリー】により、35メートルというありえぬ距離までを攻撃範囲とする。
「こ、このやろう! 喰らえぇ!」
次々と倒されていく仲間を見て、最後の一人となった弓使いが矢を放った。
矢には緑色の液体が塗られている。
しかしその矢は糸に切り裂かれ、男に届く前に宙でばらばらになった。
「え、エブスの兄貴! あいつ、四本腕ですぜ!」
盾職の男が先程と違い、裏返った声で叫ぶ。
「あいつ、まさか第二サーバーの……」
「せ、【剪断の手】……!?」
エブスの配下の格闘系職業の男2人が顔を見合わせた。
その顔は蒼白になっている。
「うっ、うるせえ! そんな奴を白豚が連れてこれるわけねえだろ! 矢を射かけろ! 毒にかかればどんな奴だって関係ねぇ!」
エブスが騒ぐ仲間を一喝する。
「兄貴、矢を射る連中がもういませんぜ!」
「んなわけねえだろ! あそこから屋根上に攻撃が届くわけが……」
振り返って屋根上に目を向けたエブスが、そのまま言葉を失う。
「な、なんで……!?」
エブスが信じられないと言った表情で、仮面の男を見る。
その頬を汗が流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます