エピソード51-4

膜張メッセ 09:30時――


 設営が終わった別の個人サークルのスタッフが、五十嵐出版のブースを訪れ、作品の取り置きを依頼してきた。

 取り置きに用意していた部数は、ものの10分足らずで完売となり、あとは開場を待つのみとなった。


「よし、向こうの様子でも確認するか……」

「睦美先輩? 向こうって何です?」


 睦美の呟きに、状況が飲み込めないユズル。


「実はな、『S4』の活動場所はココであってココでないのだ」

「ん? 益々わからなくなりました。一体何が……」

「百聞は一見に如かず。付いてきたまえ」


 そう言うと睦美は、出入口を出て少し歩いた先の、臨時駐車場を目指していた。


「駐車場? 何か置いてあるんですか?」

「まぁね。お、アレだよアレ」


 睦美はすぐ先に停車している、観光バス程のサイズの車の方に歩いて行った。

 その後を付いて来たユズルたちは、目の前の車を見て眉をひそめた。


「献血の車? この場所に何でまた……」 

「『献血イベ』はコミマケの風物詩となっている位、恒例行事なのだよ」


 血気盛んな若者が多く集まると言う事で、会場付近に献血バスを配置し、献血を呼びかける行事が毎年行われる。

 献血をした者には、そのイベントに使用したキャラクターのポスター等を渡す事になっている。


「達也が冗談で言った事、まさか実現させたのですか?」

「ヒントにはなったかな。内容はかなり違ってしまったがね」


 一同が呆気に取られている中、献血バスの扉がプシューと開いた。


「よぉし、ちょっくら向こうの様子でも見に行くか? ……ちゃんはどうする?」

「ん……まだ早い。寝る」

「ああそうかい。この時間だったら、もう来てるかもよ? っておや?」

 

 献血バスから出て来た者が、睦美たちに気付いて手を振った。


「オーッス! やっぱもう来てたか」

「どうも、お疲れ様です」


 愛想良く手を上げたナース姿の女性に、睦美は会釈した。


「ヤッホー、右京ちゃん!」

「ほぇ? アノ方は……」

「えっ!? まさか……」


 目の前の女性に、ユズルは面食らった。


「え? リリィ、さん!?」

「誰? んーっ? ひょとして、静流……クン?」


 リリィはユズルを目を細めてじーっと見つめ、やがて静流だと認識した。


「一体何してるんです? ってうわっ!」


 リリィに話しかけた途端、ユズルに向かって危険タックルをかます者が現れた。


「静流ぅ! やっと来た」

「し、忍ちゃん!?」


 ユズルを抱きしめているのは、やはりナース服を着ている忍だった。


「静流ぅ……どんな格好をしてても、私にはわかる。この匂い、間違いない」

「うぐぅ、く、苦しい……」


 ユズルの顔が、見る見る内に紫色に変わっていく。


「はひぃぃぃ……」

「ん? はわっ!」


 ぐったりしているユズルを見て、はっと我に返る忍。


「ゴメン静流、嬉しくて、つい……」

「忍……ちゃん、この格好の時はユズルと呼んでほしいんだけど……」


 忍に抱き抱えられ、立てない位に消耗しているユズルを見た睦美が言った。  


「忍お姉様、とりあえず、中で話しましょう」

「うん、わかった」


 睦美に言われ、忍はユズルをひょいとお姫様抱っこし、献血バスに乗り込んだ。


「お師様、相変わらず加減を知らない人ですね……」


 元『静流派』である左京は、忍の事を師と仰いでいる。


「何か面白そうになって来ましたね? リリィ殿?」

「まだまだ。驚くのはこれからよ?」


 右京のクセなのか、脇をパタパタさせながら、献血バスに乗り込んだ。


 献血バスの中に入ると、観光バスのような座席が無い為、広く感じられた。


「ほぉ……居住性はすこぶるよさそうですね」

「インベントリに放置してあったキャンピングカーをベースにしたんだよ。突貫でやったにしてはイイ出来でしょ?」

「あ、アノ車か……」


 リリィは自慢げにユズルにそう言った。

 備え付けの長椅子に、ユズルを自分の膝枕で寝かせる忍。

 ユズルは寝たままの姿勢で睦美に聞いた。


「む、睦美先輩、状況を説明……して下さい」

「では解説しよう! 外見は献血バスに偽装しているが、中は全然違う。そうだな、例えるならコイツは、移動型の『総合娯楽施設』とでも言おうか」

「何ですと……?」

「今回は試験的に導入するが、今後は状況に合わせ、いろいろな運用を考えている」

「娯楽って、一体何を……あ、あれってもしかして……」


 奥には診察台の様に配置してある3台の『何かの装置』が見えた。


「そうとも。『塔』の仮眠室にある『睡眠カプセル』だよ」

「一応聞きますが、何をするつもりですか? 睦美先輩?」

「無論、ユーザーに『イイ夢』を見てもらうのだよ」


 睦美は、『薄い本』に付けるクーポン券で、ユーザーに夢を見せるつもりらしい。


「素晴らしい! 噂には聞いていましたが、ついに実体験できるのですね? ムフゥ」

 

 右京は、また脇をパタパタさせて興奮している。


「『S4』で生の寸劇を見せようかと思ったのだが、いろいろと準備が遅くてね。苦肉の策だよ」

「候補には、『生板ショー』もあったとか……実に残念です」

「何ですか?って、マグロの解体でもするんですか?」

「『生板ショー』とは……ごにょごにょ……」

 

 首を傾げているユズルに、左京は扇子で口元を隠し、ユズルに耳打ちした。

 すると、ユズルの顔がみるみる赤くなっていった。


「うひゃあ……ボツになってよかったぁ……」


 睦美と左京の話にドン引きするユズル。 

 ちなみに『生板ショー』とは、ストリップ小屋で行われる、お客様参加型のエッチ鑑賞会の事である。


「忍ちゃん、もう平気だから」

「じゃあ交代」


 回復したユズルが、忍の膝枕から起き上がると、代わりに忍がユズルの太ももに顔を預けた。

 ユズルは、少し引っかかる事を睦美に聞いた。


「実際に献血をしに来る人がいたら、どうするんです?」

「それは無い。コイツはな、光学迷彩で不可視化出来る上、人払いの結界を張る事も可能なのだ!」

「随分手が込んでますね……ロディの【コンバート】を使ったんですか?」

「そうそう。今回も大活躍してもらったよ」


 ロディの本来の能力である『チラウラノート』の能力で、キャンピングカーを改造したのであろう。


「総合娯楽施設と謳うには、少し物足りないような気がしますが……」

「鋭いね。確かに夢を見せるだけでは不十分だ。それを補うもの、それはユーザーとの『触れ合い』だろうと私は思う!」


 睦美は続けた。


「一般的な三次元アイドルの奉仕活動は、『サイン会』や『握手会』だろう? 最近では2.5次元とやらもいるにはいるが、私に言わせれば生温い。二次元では味わえないと諦めているユーザーはこの世にごまんといる。そこで『S4』の出番となるのだ!」

「ふむ。仰りたい事はわかりましたが、それとこの車にどんな関係があるんです?」


 趣旨を理解したユズルであったが、まだ完全とはいかなかった。


「左京、そこのドアを開けてみろ」

「御意」カチャ


 キャンピングカーの時、トイレだった所のドアを左京が開けた。

 すると、ドアの中にちょっとした空間が広がった。


「中に部屋があります。結構広いですね……ん?」


 左京は恐る恐る中を覗くと、ネコに似た小動物と目が合った。

 

「何でしょう、あの愛くるしい小動物は? フェアリー属性のポケクリ、でしょうか? こちらに来ます!」


 小動物は左京を視認するや真っ直ぐにダッシュし、ドアから飛び出た。


「あ! 静流サマ! お疲れ様ですニャ」

「ロコ助? 何でお前が?」

「雰囲気変わりましたニャ、イメチェンですかニャ?」


 ユズルの前に来た小動物は、『インベントリ』内のコンシェルジュである、ロコ助だった。

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