エピソード49-1

国分尼寺魔導高校 2-B教室 放課後――


 授業が終わり、帰る支度をする静流。

 今日シズムは、ミフネ・エンタープライゼスの仕事の日だった。

 

「シズム、今日は向こうでドラマの撮りだったね?」

「うん。撮影が滞ってるって、鳴海ちゃんが言ってた」


 静流がシズムにこの後の予定を確認していると、横からクラスの子が声を掛けてきた。


「ねぇねぇ、シズムちゃんのお兄さんって、やっぱシズムちゃんに似てイケメンなの?」

「似てるよ。兄弟だもん」

「五十嵐クンは会った事、あるんでしょ?」

「うん、あるよ。なかなかの好青年って感じ?」

(自分で言ってて、違和感MAXだな……)


 井川シズムの兄、井川ユズルは、例によって静流の『百面相』の一人である。

 シズムが芸能プロダクション『ミフネ・エンタープライゼス』に入るにあたって、シズムの兄という設定が成り行き上必要となった為である。

 教室を出て、廊下を歩いていると、ふと何かに気付いた静流。


「なぁ真琴? ユズル兄さんって、何処に住んでる設定だったっけ?」

「さぁ。少なくとも、アンタとは暮らしてないよね?」

「シズムは学校が近いからウチに居候している、と言う設定が無難かと」

「そうか。その線で頼むよ」

「御意」

「どうでもイイけど、ボロが出ない様にするのよ?」

「へいへい」


 昇降口で靴を履き替え、静流たちが正門から出ると、少し歩いた先に黒いワゴンが止まっていた。 

 ワゴンのスライドドアが開き、中からスーツ姿の女性が顔を出した。


「静流様、お疲れ様です!」

「鳴海さん?」


 鳴海ショウコは、シズムとユズルのマネージャーである。


「ふぅ。丁度良かった。お二人共、お仕事です!」

「え? 僕も、ですか?」

「説明は中で。お早く、さ、乗って下さい」

「静流クン、行こ?」


 静流はシズムに手を引かれ、訳の分からないまま、黒いワゴンに乗せられた。 

 車に乗った静流は、車の中から真琴に言った。


「訳わかんないけど、行ってくる」

「よくわからないけど、気を付けてね?」


 ワゴンのスライドドアが閉まり、やがて走り出した。

 それを見送った真琴は、腕を組み、ため息をついた。


「ふぅ。また何かトラブルかしら?」


 走り出したワゴンの中で、鳴海は静流に言った。


「静流様、中映特撮班から、直々にオファーを頂きました!」

「え? 一体僕に何をさせるつもりなんです?」

「詳細は不明ですが、新ライダーの件、だと伺っております」

「ホントに? うわぁ、それはスゴい事になったぞ!」パァァ


 今まで不安で一杯だった静流が、今の話を聞いて、一瞬でテンションがMAXに達した。


「下屋敷Pから、アナタに助言をもらいたいと我社に連絡がありまして」

「そんな、買いかぶり過ぎじゃないですか?」

「そんなに重く受け取らなくてもイイのです。あくまで助言なのですから」


 鳴海にそうは言われたが、今度は違う方向からの重圧がのしかかって来た。


「Cスタに小松様をお待たせしていますので、合流願います」

「右京さんが? それは心強いな」


 鳴海はポンと手を打ち、何かを思い出した。


「静流様、前にユズル様の容姿を我社で決めさせて頂く事になっていましたよね?」

「え、ええ。確かに」

「検討に検討を重ねた結果、こちらでお願いします」


 鳴海に渡された合成写真を見て、静流はうなった。


「うぇ? 本当にこの姿で活動するんですか?」

「ええ。代表が徹底監修いたしました。完璧です!」グッ


 鳴海は親指を立て、自信たっぷりに頷いた。

 合成写真のユズルは、髪の色はシズムに合わせて薄い藍色だったが、髪型や目の色等は、正に『アノ人』だった。


「これって、ほとんど朔也さんじゃないですか!?」 

「確かに、代表の趣味丸出しなのは認めます」


 ユズルの初期設定との違いは、


 ・目は鳶色から紫へ。

 ・基本メガネは無し。

 ・髪をショートウルフから緩いウェーブのかかったセミロングに、色は薄い藍色に変更

 ・背は180cmと実際より10cm程度高い


「実はもう、光学迷彩の設定も出来ております!」

「お仕事が早くて、助かります……」


 鳴海の熱量に、静流は苦笑いを浮かべながら腕の操作パネルを外し、鳴海に渡した。


「設定は『井川ユズル改』として登録しています。また、オフのユズル様として、旧設定も調整して残してありますので」

「ホント、至れり尽くせりですね……」


 鳴海からアップデートを終えた操作パネルを受け取り、腕にはめる。


「じゃあ試してみます。これだな」シュン


 静流が操作パネルをいじると、先ほどの合成写真に限りなく近い姿に変わった。

 制服のままではまずいと、ジャケットにパーカーを組み合わせた格好にした。


「どうです鳴海さん? イメージ通りでしょうか?」



「ひゃ、ひゃわわぁぁん♡」


 

 鳴海はユズルに変身した静流の、紫の瞳に見つめられた途端、顔を真っ赤に染め、大きく反り返った。


「鳴海、さん?」

「だ、大丈夫です。か、完璧です! 代表にお見せすしますので、数枚写真を撮らせて下さい」


 鼻にテッシュを詰め、鳴海は親指を立てた。デジカメでユズルをパシャパシャと撮っている。

 

「どうかな? シズム?」

「うん! アニキ、かっくい~♡」

「こら、くすぐったいな」


 そう言ってシズムが抱き付き、ユズルに頬をすり寄せた。


「こ、これは我が社のHPに使いましょう!」ハァハァ


 興奮気味の鳴海は、そう言って兄妹がじゃれ合っている様をデジカメでパシャパシャと撮った。




              ◆ ◆ ◆ ◆




小泉撮影所 駐車場――


 やがて小泉の撮影所に到着し、車を駐車場に停めた。

 車を降りようとしたユズルに、鳴海は声をかけた。


「お待ちください! ユズル様、普段はなるべく、サングラスをかけましょう」

「え? それって何か、エラそうじゃないですか? 無名のバイトですよ?」

「そのままですと、非常にマズい……と思います」

「そんなにマズいんですか? このメガネで、【魅了】は完全に抑えてるはずですよ?」


 鳴海に、不可視化の状態にあるメガネをユズルは触ってみせた。

 ユズルに見られている鳴海が、モジモジしながら、弱々しく言った。


「刺激が、強過ぎますので……お願いですから、うぅ……」


 鳴海にそう言われ、ユズルは首をかしげた。


「困ったな、真っ黒は論外で、カラーフレームはチャラいし……」


 数種類試した所、静流が多用する『ざぁます系』の黒いフレームに、薄いブラウンのカラーレンズのサングラスに決まった。


「どうです? 大体この形に落ち着くんですよね」

「……そうですね。コレが無難な所でしょう」


 サングラスが決まり、車を降りたユズル。

 すると、少し離れた所から、パタパタと駆け寄って来る者がいた。


「ユズル様ぁ~!」

「ん? あっ! 右京さん!」


 全速力で走って来た右京は、ゼェゼェと肩で息をしていた。


「待ちきれなくて、走って来ちゃいました!」ハァハァ

「色んな意味で、お疲れ様です。クス」


「おっふぅん♡」


 右京はユズルの控えめなニパを浴び、顔を火照らせた。


「お疲れ様です、小松様」

「どうもぉ、鳴海マネ」


 右京は声をかけて来た鳴海に軽く会釈し、気になった事をユズルに聞いた。


「よく見るとユズル様、イメチェンされたのですか? 前よりも大人びた感じがしますぅ」

「事務所のオーダー通りに変更しました。どうです?」

「イイ……とてもイイ、です。でもぉ、メガネを取られた方がぁ、断然イイ、ですぅ」フーフー


 右京は顔を赤らめ、ユズルを舐めるように見回した。

 すると右京の視線を遮るように、鳴海が立ちはだかった。


「いけません! ユズル様、メガネは、取らないで下さい」

「うぇぇ? イイじゃないですかぁ、鳴海マネ~?」

「なりません! ユズル様は、ウチの大事なダイヤの原石なのですっ!」フーフー

「そ、そこまで言わなくても……右京さんにはお世話になってるんだし」

 

 あまりに必死な鳴海の態度に、ユズルと右京は若干引き気味になった。


「イイですね? お忘れなきよう」ギロ


 鳴海に睨まれ、ユズルは恐怖すら感じた。


「わ、わかりました。そう言う事らしいんで、すいません右京さん……」

「いえいえ。ユズル様とご一緒出来るだけでも、お腹いっぱいですから」


 ユズルに謝られ、ブンブンと手を振って恐縮している右京。

 メガネのズレを直しながら、鳴海がユズルたちに指示を送った。


「ユズル様はこの後、小松様とCスタ会議室に行ってください。 シズム様はBスタ控室に、私と行きますので」

「わかりました。シズム、ちゃんとやるんだよ?」

「うん。アニキもね♪」


 ユズルたちと別れ、Bスタジオ内に入った所で、鳴海がシズムに言った。


「シズム様、お先に控室に。私はちょっと『キジを撃ちに』行ってまいりますので……」


 そう言って鳴海は、いそいそと女子トイレに入って行った。

 それを見たシズムが、首を傾げていた。


「うん? ま、イイか」


 トイレに入るなり、個室に飛び込んだ鳴海。

 便器にぺたんと腰を下ろし、ややぐったりしている。


「はぁぁ、もうグッショリ……危ない所だった。替えの下着、持って来といて良かったわぁ……」


 後日、その個室から怪しい声が聞こえたのを、清掃係のおばさんが仲間に話していたらしい。

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