エピソード47-44

国分尼寺魔導高校 闘技場 オークション特設ステージ――


 静流の『自画像』を客たちに見せながら、睦美は忍たちのリアクションを見て、大いに満足していた。


(フフ。雪乃お姉様は気付かれたようだ。この絵の価値を)


 睦美は、少し前の事を回想していた。

 昨日、睦美は不意打ち気味にサラに念話を繋いでいた。


〔サラ君、アノ絵の事なのだが……〕

〔ひっ、睦美さん!? な、何でしょう、か?〕

〔私はね、【鑑定】のスキルを持っているから、わかるのだよ。アノ絵に込められた、『ある特徴』に〕

〔……そうですか、気付かれてしまたんですね……〕

〔キミはアノ絵に使った絵の具に、何か混ぜたね?〕

〔……以前、静流様がウチの学園に泊りに来られた時、お風呂場で使われた手ぬぐいを、私は黙って持ち去りました……〕

 

 サラが言っているのは、恐らくドラゴン寮を調べに来た時の事であろう。


〔私はそれをそのまま乾かし、大事に保管していました。その手ぬぐいから、何とも言えない、甘い香りがするんです〕

〔ふむ。 それで?〕

〔いつしかそれの香りを楽しみながら、『ひとりチョメチョメ』をする事がルーティーンになっていました〕


 サラは睦美が予想していた答えを上回る内容を、赤裸々に語り出した。


〔ある時、手ぬぐいから少し『桃色の粉』が出て来たんです。 イイ香りがする粉が……〕

〔キミはそれを、アノ絵の絵の具に?〕

〔はい、イケナイ事だと思いながら、これでいつでも静流様に会える……とつい出来心で〕

〔その結果、アノ絵には、見る者を【魅了】する効果が付与された、と?〕

〔どうもその様、です。アノ絵を手放すまで、毎晩、アノ絵をオカズに『ひとりチョメチョメ』をしていました……ふぁぁ、私のバカ、変態〕

〔そう自分を責めるな。 キミのお陰で、素晴らしい作品が出来たんだからね〕

〔どうして、風景画ではなく、アレを展示したんですか?〕

〔どうしてって、アノ絵が気に入ったからだよ。 恐らく購入希望者がわんさか出るぞ? 念を押すが、最初の契約通り、売ってもイイんだよね、 サラ君?〕

〔ふぇ?……イイですけど、約束、して下さい!〕

〔何だね? サラ君〕

〔し、静流様には、今の話、絶対に言わないで下さい……はぅぅ〕

〔わかった。二人だけの秘密だ〕




              □ □ □ □




 回想が終わった頃には、作品紹介の5分が経過していた。

 すると睦美は、客に向かって語り出した。


「作者の五十嵐静流クンが語るには、絵を描く際に、ある種の『ビジョン』が見えたらしい、と。この絵はその『ビジョン』からインスピレーションを感じ、制作した物らしいです。ゆえに、タイトルが『自画像』となってはいますが、この絵に瓜二つの少年が存在するのか? と言う事については、残念ながらノーコメントとさせて頂きます」


 睦美は、静流に対して最低限のフォローを入れた。


「やっぱり都市伝説だったのね。お会いしたかったなぁ、シズベール様……」

「そうよね。『アノ方』がこの世にいらっしゃる筈、ないものね?」

「あんな『七本木ジン』みたいな青年がいたら、世の中の男は全員一生独身だったろうな」


 睦美のフォローが効いたのか、静流本人を探し出し、どうこうしようと企む者は、この場にはいないようであった。


「やるわね睦美。上手く関心の対象を絵に集中させた」

「どう言う意味だよ? ズラ?」

「あんな絵を見せられて、実物に関心が行かない人がいらっしゃるかしら? きっと割り出しに掛かりますよ。まあ、遅かれ早かれ、そうなるとは思いますが」

「そうか……けどよぉ、『静流派』の奴が張った【結界】が、かなり優秀だって、ムッツリーニちゃんが言ってたろう?」

「そうらしいわね。ただ、いたずらに嗅ぎまわる行為は、私とて許せませんから、睦美は最低限の予防線を張ったのでしょう」


 そしていよいよ、競りが始まろうとしていた。




              ◆ ◆ ◆ ◆




ダーナ・オシー駐屯地内 第九格納庫――


 あれからルリは、太刀川駐屯地の管制に連絡をとり、アマンダが直接、領空内での飛行許可をもらった。

 出発の準備が整い、アマンダはココナたちに告げた。


「くれぐれも目立たない事。管制には許可をもらったけど、万が一民間人に見られでもしたら……とにかく、イイわね?」

「UFO? UMAかな? ロマンですよね? ね?」


 万里が興奮気味に脇をパタパタさせながら言うと、アマンダに注意された。


「そこ! 煽らないで。 この計画は、軍にもバレて欲しくないの。特に今はね」

「わかってるッス。お、似合ってますよ、耐圧服」


 機体に乗り込む者たちは、パイロットスーツと戦闘服の中間の様なデザインの服に着替えていた。


「姫様、シズルー大尉によろしく」

「ああ。言っておく」


 ココナは自分の、郁とルリは静流の機体に乗り込む。


「姫様ぁー! お気を付けて!」


 キャノピーが閉じる時、ココナは部下たちに敬礼した。

 リアクターに火が入り、搭乗時モードから通常モードに変形する、大小二機のドラゴン型MT。

 ココナのメインパネルに、リアが現れた。


「ココナよ。少佐は使うなと言ったが、何事も経験じゃと、ワシは思う」 

「リア、何が言いたい?」


 するとメインパネルに、メルクが割り込んで来た。


「わからんか? コイツはな、恐ろしく速いのだ!」

「メルク? 何を企んでいるのだ?」


 すると、今度は郁から通信が入った。


「ココナ、参加したくはないか? 『競り』に」

「な、何ですってぇ?」


 郁の発言に、動揺して非番モードになるココナ。 


「ココナちゃん? もし、それが可能なら、どうするぅ?」

「ルリちゃん? まさか、少佐殿が『使うな』といったヤツ、試すつもり?」


 慌てふためいているココナに、ルリは言い放った。


「やっぱり、『幸せ』は、 自分の力でもぎ取りたいよね? ムフフフフ」


 そう言うやり取りをしながら、二機の機体は空中で飛行形態に変形していた。

 飛行形態は、両手両足をぶらりと下げ、羽根を一杯に伸ばす、いわゆる『飛竜』が飛ぶ際の格好に似ている。

 メルクの【重力操作】の応用なのか、飛んでいると言うより、浮いていると言う表現が適当であった。


「あれが飛行形態ッスね! スゲェ! 完璧な重力制御ッス!」


 ココナはスピーカーで、アマンダたちに出発の挨拶をした。


「少佐殿、これより仮称『テスター0号並びにテスター1号』の、第一回試験飛行を行う!」

「よし! 行って来なさい」


 アマンダは快く送り出した。


「では、行ってくる。 郁、 付いて来い!」

「貴様こそ! 迷子になっても知らんぞ!」


「「発進!!」」



 ゴォォ……シュバッ! …………ドドォン!



 まもなく二機のドラゴン型MTは、背中のバーニアをふかし、一瞬で彼方に消えた。

 数秒後にソニックブームが発生する。

 一同は両手で耳を押さえて、二機が向かった先を見つめていた。


「え? 消えた!?」

「ひゅう! さすが光速! 多分あの機体は、この世で最速ッスね!」

「姫様たち、大丈夫かなぁ?」

「問題無いわよ。さ、片付けを始めましょう」


 ココナの部下たちは、出発を見送ったあと、撤収作業を始めた。 


「でも、『テスター』ってネーミング、ダサくないッスか?」

「こら! 口に出さない! あくまでも仮称でしょ?」


 空の彼方を眺めながら、アマンダは溜息をついた。


「さぁて、面倒だけは起こさないでね……ふぅ」

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