エピソード47-33

ワタルの塔 4階 医務室――


 手術台で寝ているココナに、部下たちが声をかける。


「姫様、起きて下さい、姫様!」

「う、ううん。 今度は何?」


 夏樹に揺り起こされ、何事か尋ねるココナ。


「お身体、変わりありませんか?」

「ん? 特におかしなところは……無いと思うけど?」


 夏樹の問いに、不思議そうに答えるココナ。

 すると、カチュアがひょこっと顔を出した。


「ちょっとゴメンなさいね♡ えいっ!」プスッ

「痛い! 何すんじゃあワレ!?」


 カチュアはニタっと微笑んで、細い針をココナの右足に刺した。

 カチュアの不意打ちにブチ切れるココナ。


「よし。 テストはオッケーよ♡」

「何のテストだ!? ドクター?」

「よくも夢の中で静流クンに随分やりたい放題やってくれたわね? ちょっとスッキリしたわぁ♪」


 ココナとカチュアが睨み合っていると、瞳がココナに言った。


「姫様、右足、右足!」

「ん? 右足? へ?」

 

 不思議そうに自分の右足を見たココナは、次の瞬間目を疑った。


「足が……ある。この感覚、間違いない、私の足だ!」


 カチュアは細い針を使い、神経テストを行っていたのだ。


「うん。術後は良好の様ね♪」

「ドクター、あ、アナタが私の足を?」


 ココナの問いにカチュアは額に手をあて、ポーズをとった。


「フッフッフ。いかにも! かつては医療業界の『暗部』として活躍した伝説の闇医者、私の事を人はこう呼ぶ!『黒孔雀』と!」ビシッ


 カチュアはそう言ってキメポーズをとった。


「違うでしょ姉さん! 本当はこの子たちが頑張ってくれたのよ」


 そう言ってアマンダは、郁とケイ、そして静流をココナの前に立たせた。


「郁ちゃんとケイ、それに……静流殿!?」

「ま、そう言う事だ。良かったな、ココナ」

「姫様、太刀川の研修、無駄じゃなかったですよ♪」


 郁は照れくさそうに、ケイは心底喜んで言った。

 静流が補足する。


「メルクの義足が消滅しちゃったんで、代わりの物をと思ったら、こうなっちゃいました」

「あの義足が、消滅した?」

「魔力を使い果たしたんでしょう。アナタの生命維持でかなり消耗してたから」

「そうか。それは何とも珍妙な……」


 ココナは、自分の右足を眺めながら、まだ現実なのか疑っている。


「しかし、義足だった時は魂が宿っていたなど、全く気付かなかったな……」

「アナタの精神レベルが極端に下がった為に、メルクリアの魂が覚醒したのかも知れないわね」

「何度か会っていると思いますよ? メルクに。アナタをあの部屋から連れ出そうと頑張ってました」

「そうか……夢に出て来たもう一人の私が、メルクリアだったのか……」


 自分の起こした事件の大きさに、改めて驚いているココナ。

 すると、どこからか今まで聞いた事の無い声が聞こえた。 


「感謝するとイイのね。メルクに」

「そうだな。しかしもう、天に召されたのだろう? うん?」


 いつの間に画面から出たのか、ブラムがノートPCをココナに向けた。


〔よかったのう、ココナ〕

「メルクリア、なのか?」

〔そうじゃ。お主に屠られ、肉を食われた者じゃ!〕


 液晶画面のメルクは、腰に手をあて、誇らしげに言った。


「やられちゃったんでしょ? 何で威張ってるの?」

〔うるさいわ、 黙っとれ! また痛い目に合いたいか?〕

「さっきのは引き分けだもん、むー」


 ブラムが画面の中のメルクと睨み合っている。

 すると、ココナが画面に頭を下げた。


「今回の件……感謝する」

「そうそう。素直でよろしい!」

〔だからお前は黙っとれ! 気にするなココナ、ほんの気まぐれじゃ〕

「何か礼がしたい。希望はあるか?」

〔そうじゃのう。お主のあの高機動ゴーレムを、ワシにちょっこし貸せ〕

「開発中のMTの事か? あの機体を貸すのは構わないが……」

〔なぁに、悪い様にはせん。むしろ、お主にはイイ事ずくめじゃろうな〕


 メルクが何かを企んでいる事に、一同はあまり関心が無かった。

 アマンダが手をポンと叩いた。


「はい注目! そしたら竜崎大尉、朝食後にダーナ・オシー駐屯地に帰還して、クリス司令に報告よ!」

「了解しました!」





              ◆ ◆ ◆ ◆





 みんなで2階に移動しようとした時、バタバタとジル神父が医務室に入って来た。


「ハァハァ、よかった……静流様がいらした」

「おはようございます。どうしたんですか? ジル神父?」

 

 ここまで走って来たのか、ジルの息が荒い。


「静流様、絵の件でお話があります!」

「え? ああ、今日がオークションの日でしたね?」


 静流は、『国尼祭』の事を想い出し、頭を抱えた。


「ううっ、そうだった……一難去ってまた一難、くぅぅ」

「ミス・フジサワからの報告があり、学園内部で協議した結果、学園で買い取ろうという方向になったのですが……」

「やっぱそう来ますか。オークションは荒れそうだな……」

「違うんです! 今朝、ゲソリック総本山から通達が来まして……日本の文科省が絵を『国宝』として買い上げる、予定らしいです」


 静流は顎に手をやり、黙考する。


(それじゃあ睦美先輩が言ってた通りになるのか?)


「それで、総本山は何て?」

「国との交渉の前に、静流様のお考えを伺いたい、と」


 つまり、日本国が静流の絵を買い取ったあと、睦美が言っていた美術館等に貸与する形になる事を見越して、作者である静流から自分の所に貸与させる様、一筆もらおうと企てたのだろう。


「僕が、総本山と会合……ですか?」

「追って正式に招待状が届くと思います」

「参ったな、どうしよう」

「私が、同行いたしましょう!」フンッ!

「ジル神父が?」

「総本山には、『暗部』と呼ばれる武闘派もおります。私がお守りしないと」フンッ!


 頼もしい事を言っているジルだが、足元がワナワナと揺れていた。


「お気持ちはあり難いですが、僕の方で何とかしますので、情報とかの提供をお願いしますね?」

「わかりました。全力でお力添え致します」フンッ!


 静流に頼られた喜びから、思わずガッツポーズをするジルに、静流は付け加えた。


「あ、ココナさんの病気、完治しましたので」

「あ、そうですか……え? ええ~!!」


 ジルは一拍置いて、驚きの余り飛び上がった。


「勢いで、足も直しちゃいました。へへ」

「何と!……素晴らしい。 やはり貴方は女神様の寵愛をお受けになっているのですね?」

「わかりません。ただ『そう願った』だけです」パァァ


 そう言った静流の背後に、まばゆいオーラを見たジル。


「後光が……後光が差している……何と神々しい」


 ジルはひざまずいて、静流に深々と頭を下げた。





              ◆ ◆ ◆ ◆





国分尼寺魔導高校 睦美のオフィス 朝――


 睦美はいつもより早く学校に着き、オフィスでメールソフトを立ち上げた。

 ニニちゃん先生から、転送メールが届いていた。

 

「そうか、文科省が動いたか……」


 そして間もなく、左京がオフィスに来た。


「おはようございます殿下。今、職員室はバタバタですよ?」

「大方見当は付く。静流キュンの絵が『国宝指定』されるのだろう?」

「流石は殿下。どうやらその通りらしいです」


 左京はうんうんと頷き、扇子を開き、口を隠した。


「して殿下、次の手は如何様に?」

「当然考えている。親父の言う通りになった事は癪だがな」


 睦美は顔の前で手を組む『あのポーズ』でそう呟いた。


「どうでもイイ事だが、私の事はGMと呼ぶように言わなかったか?」

「そうでしたGM、ついうっかり昔のクセで」ペシ


 左京は扇子で自分の頭を叩いた。

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