エピソード46-2

ワタルの塔 二階 娯楽室―― 夜


 太刀川にジェニーたちを迎えに行き、インベントリ経由で『ワタルの塔』に着いた三人。

 娯楽室のソファーに座る静流。すると忍は、当たり前のように静流の膝枕をゲットしている。


「くぅん、静流ぅ」

「よしよし」


 静流は、大型犬の様に甘える忍の頭を、優しく撫でてやる。

 忍は気持ちよさそうに目を細めている。

 ルリは、この光景を目の当たりにして、あからさまに嫌悪感を抱きながら静流に聞いた。


「静流様? この脊椎動物は静流様の愛玩動物ですか?」

「え? ああ、この人は黒田忍ちゃんです。今回のスタッフに名前、ありましたよね?」

「ああ、古代語が読める子ね? 考古学専攻なの? 博識ねぇ?」

「そう。私、使える子。フフゥン」

「ううっ、目の毒……ですぅ。羨ましいですぅ」


 静流に撫でられ、うっとりしている忍を見て、ルリは小刻みに震えていた。


「いろいろと面倒な奴だが、意外に真面目な所もある。ま、大目にみてやってくれ」

「ぐるるる」


 郁はそう言ったが、ルリはまだ鋭い眼光を忍にぶつけていた。

 そんな視線を感じたのか、静流に撫でられながら忍はつぶやいた。


「私は、静流の為ならひと肌と言わず、十肌でも脱ぐ」

「何気に痛そうな表現だな。本当にやらないでね?」

「うん、わかった。静流がそう言うなら、やらない」


 見つめ合い、愛犬とじゃれ合う様な光景を見せられ、他の者は溜息をついた。

 ルリは忍を指さし、郁に聞いた。


「入り込む隙が無さ過ぎます! 郁ちゃん、あの方は一体どういう存在なのですか?」

「あ奴が言うには、前世では静流と夫婦だった……らしいぞ?」


「「何ですってぇ!?」」


 郁の発言に、流石のジェニーも驚きを隠せなかった。


「郁ちゃん? それは事実なのですか?」

「いわゆる、『イタい人』じゃないのよね? 厨二病とか言う」

「正確に言うと、あ奴は『黄昏の君』五十嵐ワタルの第三夫人、だったらしい」

「ん? って事はまさか……」

「静流は、五十嵐ワタルの生まれ変わりではないか? と言う事だ」

「つまり『転生』ですか?」

 

 三人の話に、静流が割り込んだ。


「どうもそうらしいって事で、僕は前世の記憶なんて、ありませんから、証明とかは出来ませんけどね」

「あくまでも静流は静流。前世は関係ない」


 忍はそう呟いた。


「ああ言ってはいるが、やはり惹かれるものがあるのだろうな」

「ううっ、完全にゾーンを形成している……只者では無いですね」


 ルリは、忍が要注意人物の一人である事を認めざるを得なかった。

 静流は郁に聞いた。 


「イク姉、前の日入りは、このメンバーで全部ですか?」

「そうだな。ククク、澪や萌が悔しがっていたぞ? 明後日には塔に顔を出すだろう」

「全く。遊びに行くワケじゃないんだし、なんなら代わってあげてもイイんですけどね」

「アホぬかせ、社員はお前だけだろうに」

「ですよね。ハハハ」

「あ、そうだ。宗方ドクター、みのりさん、イク姉の部隊に異動されたんですね?」

「そうなのよ。いやぁ、捨てる神あれば拾う神あり、よねぇ?」

「みのりは回復担当として役に立ってもらう。私に任せておけ」

「頼もしいですわ中尉殿、あの子もラッキーだったわね」

「何? というと?」

「『ブラッディ・シズターズ』の隊員募集、もう一人希望者がいたのよ」

「ほう。誰だ? そ奴は」


 郁は興味を持ったのか、ジェニーに聞く。


「ジョアンヌですよ、静流様」


 ルリが静流にぼそっと伝えた。

 以前、みのりたちと共に回復術士の講習に参加し、静流扮するシズルー大尉に、色仕掛けで迫って来た隊員であった。


「え? だって彼女には、自分の所属部隊があるじゃないですか?」

「知ってる? あの子のいる部隊」

「何でも、報酬次第で男性隊員の性的欲求の処理も請け負う、『風俗部隊』の様なものだと」

「フン、噂には聞いている。金の為ならどんな仕事も受ける、という奴らか……」


 郁はその部隊の事を聞くと、少しイラつきながら、ジェニーに聞いた。


「で? そ奴はその部隊を抜けたがっておるのか?」

「その様ですけど、あそこは基本、借金を抱えている者たちが、部隊にお金を借りている状態なの。だから、返済が終わらないと脱退出来ないのよね……」

「その借金の返済が終わるのか?」

「もう少しで終わる、って言ってたわ。でもタイミング的に白木さんを優先したの。彼女の部隊は解散してしまっていたから」

「フム……」

「イク姉、何とかならないの?」

「ウチは補充したばかりだからな。他を当たってもらうしかないだろうな」

「大丈夫よ静流クン、あの子だってアナタの施術を受けて、能力の底上げに成功してるんだから。正規の『ご指名』があるんじゃない?」

「そうだと、イイのですが」

 

 静流は、自分と関わった者が不幸になるかと思ったら、やるせない気持ちになった。

 単なる自己満足の何ものでもないのだが。





              ◆ ◆ ◆ ◆





 郁と静流が談話していると、ルリが横やりを入れて来た。


「郁ちゃん? そもそもどう言う経緯で静流様とお近づきになれたの?」フー、フー

「そうだな、我々の輝かしいエピソードを、少し語ろうかのう? 静流?」

「う~んと、事の発端は僕が短期留学する事になったんです……」


 静流は郁たちと知り合うきっかけとなった、聖アスモニア修道魔導学園に短期留学していた件をかいつまんで説明した。 

 郁はこの塔を発見するまでの冒険譚を、脚色を随所に織り交ぜてルリたちに語った。


「それで、この塔が蘇ったのだ!」

「何とも荒唐無稽な話、でしたね? 素敵です♡」

「成程。そんな事があったんだ」


 ジェニーは腕を組み、うんうんと頷いた。


「イク姉がちょっと誇張している所もありますが、概ねそんな所ですね」

「この話、小説にしたら売れるんじゃないかしら?」

「コミカライズなら、『五十嵐出版』にやってもらいましょう!」フー、フー


 ルリは興奮しながら静流に提案した。


「ルリさん? 薄い本にするには、もったいない題材ですよ」

「そうでしょうか? 演出次第だと思いますが」フー、フー

「静流クン、さっき話に出て来た、ブラムさん? は今どこにいるの?」

「この塔の五階に住んでます。なんせ『第五夫人』ですから」

「まぁ! そうだったの? 歴史の生き証人ってワケね?」

「今回の仕事にも従事してもらいますから、すぐ会えると思いますよ?」

「静流様、伝説の暗黒竜まで従えるとは……素晴らしいです」

「あの時は何が何だか。いつの間にか気を失って、起きたら全部解決していて。その後召喚してみろって言われて呼んだら、あんなのが来たんです」


 知らないのも当然で、現場を実際に見ているのは、ヨーコと薫子、オシリスにエスメラルダしかいないのだから。


「ふぅん、そうか。伝説って言えば、もう一人いるわよね?」

「ああ、カチュア先生、ですか?」

「そう。伝説の闇医者『黒孔雀』よ!」


 今度はジェニーが興奮気味に立ち上がって言った。


「あの妖怪、学園に来る前に、そんな事をやっていたのか」

「確かに、只者では無い雰囲気でしたね……」

「イク姉たちはあの学園に在学中に、カチュア先生と何か関わりがあったんですか?」

「いや。あまり近付かん方がイイと、先輩たちに釘を刺されていたからのう」

「めちゃめちゃ陰気で、何でも、恐ろしい実験に付き合わされるとか?」

「へぇ。今の先生とは別人みたいですね?」

「今みたいに明るくなったのは、誰のせいだと思う? 静流」

「え? 誰、です?」

「お前だ! 静流」

「え? 僕?」


 静流は、自分が留学中に何をしたか、記憶を探ってみる。


「ん? まさか、『施術』を行ったから?」

「うむ。私はそう睨んでいる。久々に会った時、あの『枯れ枝』が、肌艶も良く蘇っておったからのう」

「郁ちゃん、そんなに変わったの? あの先生」

「ああ。在学中とは比べ物にならんだろうな」


 ルリは郁から聞いた事に、半信半疑であった。


「カチュア先生とは明日合流します。ジル神父の朝のお祈りが終わってからですが」

「まさか、あのホモ神父も参加するとはな」

「私も驚きましたよ。『ナヨ系ホモ神父』に何をさせるつもりなのでしょう?」


 郁とルリは、腕を組み、首を傾げている。


「今回の件で、霊的な要素が見られるかも知れないんです。ジル神父はああ見えて、祓い師の資格もあるらしいんですよ」

「え? あの神父、そんな高スキル持ちだったんですか? エクソシストなんて、そうそうお目に掛かれませんよ?」

「そんなにココナは悪いのか……」

「郁ちゃん、これだけのスタッフが集まったのだから、何とかなるわよ……多分」

「とにかく原因がわからないので、あらゆる可能性を考えたメンバーなんですよ」


 落ち込んだ郁を何とかなだめようとするが、言葉に詰まってしまう静流たち。


「私からすれば、静流様が『施術』を行えば、たちどころに回復してしまうのでは……と思うのですが?」

「それ程甘くないと思います。プロのヒーラーやサイコドクターでもお手上げだったらしいですから……」

「そこで私らに依頼が来たのだったな。クヨクヨしても始まらん。当たって砕けろ、だ!」


 郁は右手の拳を強く握りしめた。

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