エピソード44-12

薄木航空基地 第7格納庫 事務所――


 郁の部隊に配属が決まり、挨拶に来た白木みのりは、最近、回復術の講義で講師を務めたシズルーと、以前から『薄い本』の推しである静流の実物に予期せず遭遇し、卒倒してしまう。

 それから10分ほどして、みのりは目を覚ました。


「う、う~ん、はっ!」


 気が付くと、シズルーが自分の顔を覗き込んでいた。


「目が覚めたようだな、みのり君」

「いけない! あたしったら……ん? あ、れ? シズルー大尉殿が……二人?」


 みのりの前には、二人のシズルーが立っていた。


「どうした? まだ寝ボケているのか?」

「どれ? 見せて見ろ」


 みのりには、依然目の前にシズルーが二人見えている。


「あ、あう、ま、まさか双子?」

「そう、見えるか?」

「は、はい。そう見えます」


 混乱しているみのりに、シズルーはゆっくりと語りかけた。


「いいかね? 落ち着いて見ていて欲しい。もうイイ、変身を解くんだロディ」

「御意」シュン


 シズルーがもう一人に命じると、もう一人のシズルーは、グレーの豹になった。


「え? あれ? ヒョウに変わった!? 『シビル四世』……みたいな?」


 みのりは目の前の豹にただ驚いている。


「そして、私は……」シュン 「すいません。僕、だったんです」


 静流は、腕の操作パネルをいじり、変身を解除した。


「え? うぇぇぇぇ! し、静流様ぁぁぁ!?」


 みのりは、いきなりのダブルショックで、意識が飛びそうになった。


「落ち着いてみのりちゃん、これには深ぁいワケがあって……」

「ミオ姉、大丈夫、僕から説明するよ」


 静流は一度深呼吸をしてから、みのりに語りかけた。


「太刀川で僕は、いきなり講師を頼まれ、どうしたらイイかわからなかった。年下の僕なんかの講義なんて、誰も受けたがらないって思ったんです。そこで、宗方ドクターとルリさんに相談して、シズルーと言うキャラクターが生まれたんです」

「ちょっと待って下さい、今、頭の中を整理しますから……」


 正直に吐露する静流に、みのりは聞いた。


「って事は、アノ時、静流様の講義を受けてたって事ですか?」

「えと、そうなりますね。言い回しはほとんど、ルリさんの指示通りでしたけど」


 みのりの身体が小刻みに震えていた。


「幻滅、したでしょう? 怒ってます?」

「まさか。してませんよ。幻滅だなんて、とんでもない」

「え? だって騙してたんですよ?」


 静流が慌てて聞き返すと、みのりは背筋をピンと伸ばし、クルクル回りながら言った。 


「素晴らしい! 嬉しいです。感激です。至福です。僥倖です! むはぁ、私たちは、何て幸運だったのでしょう?」


 そんなみのりを見て、静流は周りのものに向け、不思議そうに言った。


「みのりさん、怒ってない、みたいです」

「そのようね。取り越し苦労だったかしら?」

「あ奴はむしろ、喜んでいる様に見えるが?」


 静流は、自分が描いていた最悪のケースを回避出来た事に、安堵の表情を浮かべた。

 そんなみのりに、静流は再度聞いた。


「みのりさん、本当に、怒ってません?」

「全然。むしろ感謝しかありませんよ。少なくとも、私は。他の子がどう思おうが、私には知ったこっちゃありませんし」

「例えば、ジョアンヌさんが本当の事を知ったら?」

「あいつかぁ。ふむ。そうですね……もしバレた時は、マズいかも知れませんね」


 みのりは顎に手をやり、考え込む。


「やっぱり? きっとタダでは済みませんよね……」


 静流の顔が、次第に青くなっていき、瞬歩で隅っこに移動して丸くなっている。

 そんな静流に、みのりは楽観的に言った。


「大丈夫ですよ。ジョアンヌは年下には興味ゼロですから」

「だから問題なんですよ。バレたら、怒り心頭じゃないかと……」


 若干テンパり気味の静流に、みのりは近付くと、肩に手を置き、優しく語りかけた。


「静流様。私たち受講者は、シズルー大尉には足を向けて眠れない位に恩恵を受けています。ですから、本当の姿を知っても、咎める者はいないと思います」


 みのりにそう言われた静流は、少しずつ落ち着きを取り戻した。


「それを聞いて、少し気が楽になりました。ありがとうございます、みのりさん」パァァ


「きゃっふぅぅん♡」


 至近距離でさらなるニパを受けて、みのりはのけ反った。


「さすがみのり、手の速さには感心するわ」

「一気にここまで高感度を上げるとは……みのりめぇ」


 工藤姉妹はみのりのスペックの高さに目を見張っている。

 復活した静流が、後頭部を搔きながらみんなの所に戻って来た。


「すいません。もう開き直る事にしました。へへへ」

「それでイイと思います。今更悩んでもしょうがないですから」

「萌さん。そうですよね」


 そんな静流に、横にいた澪が聞いた。


「ねぇ、静流クン、さっきからずぅっと気になってたんだけど……」

「何? ミオ姉?」

「その首筋にあるのって、いわゆる『キスマーク』なんじゃないの?」

「え? どこ?」

「両側にあるわよ?」

「え? え?」

 

 静流はキョロキョロを左右に首を回すが、見えるはずもなく。

 萌たちが静流の首筋を覗き込む。


「うわぁ、ホントだ!」

「あんなにクッキリ。ものすごい吸引力ね……」

「誰が、こんな事を?」


 澪は、苛立ちを隠せずに呟いた。

 それを見ていた真琴は、溜息をついて澪に言った。


「先ほど、お姉様たちに会った際に付けられたんですよ」

「あの子たちが?」

「ツバ付けられたって事?」

「早いもん勝ち?」

「恐らく、『魔除け』のつもりなんでしょうね」

「くっ、近親者だからって、無防備な静流クンに何て事を……」

 

 思わず拳に力が入る澪。

 少し落ち着きを取り戻したみのりに、静流が声を掛けた。


「みのりさん、それで、今後僕の関係者が立ち上げた会社の傘下に、民間の軍事コンサルティング会社、いわゆるPMCの社員として、僕はシズルーとして職務にあたりますので、この件はなにとぞ、ご内密にお願いします」 

「そうだぞ。一切口外は許さんからな!」

「はい! 一切口外は致しません。シズルカ様に誓って」


 郁が念を押すと、みのりは背筋を伸ばし、復唱した。


「結構。それでイイ」




              ◆ ◆ ◆ ◆





 勾玉を渡し終えた静流は、帰宅の準備を始めた。


「用事も済ませたし、それじゃあそろそろ、失礼しますね」

「ええ~っ、もう帰っちゃうんですかぁ?」

「まだ話し足りないですぅ」 


 工藤姉妹が名残惜しそうに静流にそう言った。


「アナタたち、静流クンにも都合があるのよ。無理言わない」

「そうだぞ、なぁに、そう言う時の為に……コレがあるではないか!」


 郁は首に提げた小豆色の勾玉を持ち、みんなに見せる。


「そうだった。その手があったね♪」ニタァ

「覚悟してくださいよ? 静流様ぁ」ニタァ

「これからは、いつでもお話出来ますね? 静流様」ポォ


 そう言って工藤姉妹と萌が、満面の笑顔で自分の勾玉を静流に見せた。 


「ち、ちょっと待って下さい、そう引っ切り無しに念話を使われても……」

「そうです! 静流の身にもなって見て下さい! ヨーコさんが以前、何回も念話して来て大変だったんですから」

「ヨーコか。念話機能を付与した次の日から、定期連絡のように一日に何回もして来るんで、『必要以上に念話するなら、絶交する』って言って、やっと諦めてくれたんですよ……」


 真琴が腰に手をあて、鼻息を荒くしている。

 静流はヨーコとのやり取りを思い出し、テンションが下がり気味だった。


「ま、まぁ、節度を守ってやるのよ? イイわね? みんな」

「そうであります。自分だって24時間リアルタイムで念話したいのを、断腸の思いで我慢しているのでありますから!」


 澪は年上の貫禄を見せようと若い者たちを諭しているつもりであったが、それを佳乃が台無しにした。

 

「佳乃さん、夜中に念話するの、勘弁して下さいね? 内容も特に緊急じゃなくって、しょーもないものばかりだし……」

「すいません、ついうっかり、であります。てへへ」

「佳乃ぉ? 何て事を……先輩の威厳も何も丸つぶれじゃない!?」

「面目ない、のであります」 


 澪に叱られ、肩をすぼめる佳乃であった。

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