エピソード44-9

薄木航空基地 第7格納庫 事務所――

      

 格納庫二階の事務所で、いつものメンバーがそれぞれのデスクで好き勝手な事をしていた。

 いきなりドアが開き、郁が満面の笑顔で入って来た。

 澪はすくっと立ち上がり、郁の方を向く。

  

「よし、揃ってるな!」

「隊長? ちゃんと連れて来れたんですか?」

「当り前だろう? 侮るでない!」


 澪と郁のやり取りを見て、不思議そうにしている面々。


「喜べ貴様たち! わが隊に新しい隊員を迎える事となった!」


 郁はビールケースに上がり、腰に手をやって言い放った。


「うわぁい!、それは朗報ね」

「雑用係が増えるのは大歓迎よ」


 双子は素直に喜んでいたが、萌はいぶかしんだ。


「こんな時期に異動、ですか?」

「丁度タイミングが良かったのよ。上に稟議出したら、速攻決まったわ」


 澪は自分の手柄とばかりに、ドヤ顔で萌にそう言った。


「前振りは要らんだろ。お前たちの方が良く知っておるだろうからな」

「え? 誰だろ? 真紀、わかる?」 

「じぇんじぇん。萌は?」

「予想は付くよ。澪先輩、恐らく、回復系の得意な子でしょう?」

「鋭いね。ウチの隊で需要があるのって、ソッチ系でしょ?」


 そんなことを話していると、郁が咳払いした。


「コホン。では呼ぶぞ! おい! 入って来い!」

「はい!」


 ドアの向こうから、澄んだ声の返事がした。


「この声、聞き覚えがあるわね……」

「同期、って事?」


 ドアを開け、一人の女性隊員が入って来た。


「白木みのり兵長、太刀川駐屯地より、週明けから配属となります!」


 挨拶が終わると、みのりは最敬礼したあと、向き直ってウィンクをした。

 大人びた風貌の、琥珀色の長い髪を編み込んでいる色白美人であった。


「「「みのりぃ~!」」」


 萌と工藤姉妹は、白木みのりと養成所で同期だった。

 みのりを中心に、みんなが押し寄せた。


「みのりぃ、補充要員って、アンタだったの?」

「前の隊が解散になって、太刀川で途方に暮れてた所を、こちらで引き取ってもらえたの。ありがとうございます、隊長!」

「礼なら、澪に言ってくれ」

「澪先輩! ご無沙汰してます!」

「みのりちゃん、来てくれてありがとう。助かるわぁ」

「このままどこの引き取りても無く、年老いていくのか……と思ってました。拾って下さり、ありがとうございます!」

「まあまあ、そんなにかしこまらなくても……」


 澪に頭をペコペコ下げているみのりに、声を掛けたものがいた。


「久しぶりだね、みのりん?」


 声を掛けたのは、佳乃であった。珍しく通常モードであった。


「佳乃……せんぱぁ~い」タタタ、ガシィ

「うっぷ。変わって無いな、甘えんぼさんの所」


 みのりは佳乃を視認した瞬間、佳乃に危険タックル気味に抱き付いた。


「せんぱぁい、また一緒になれました。やっぱ『絆』でしょうか?」

「う、うん。どうだろう? 偶然? かな?」


 佳乃はみのりの頭をよしよしと撫でてやり、話を聞いてやっている。

 それを見ていた美紀が、ジト目で佳乃を見ながら言った。


「おや? いつもの佳乃先輩とは違うなぁ? 昔に戻ってる感じ?」

「確かに。最近の佳乃先輩、抜け殻みたいだもんね。『静流様ぁ……』って」


 それを聞いて、みのりはピクッと反応し、同期連中に聞いた。


「そうだ! みんなはお会いしたの? 静流様に?」

「会ってるよ? 普通に」

「隊長たちはミッションに同行したし、佳乃先輩なんかは一時期、お世話係をやってたのよ♪」

「え? それは本当、ですか? 佳乃先輩?」


 みのりは顔を上げ、佳乃の顔を覗き込む。


「ほ、本当であります! 軍では自分が一番、静流様との作戦行動時間が長いのでありますっ」

「どうしたんです佳乃先輩? キャラ、崩壊してますよ……」


 静流の話題になると、たちまち『雑兵モード』になってしまう佳乃。


「極めつけは、澪先輩よね、萌?」

「まだ何かあるの? 萌?」

「ええ。澪先輩は、静流様の幼馴染、だったの」

「え? うぇぇぇ~!?」

 

 みのりはクルッと周り、澪をガン見した。


「イヤねぇ、もう。昔からの知り合い、ってだけよ?」

「こやつは静流めに『ミオ姉』と呼ばれとる。私は『イク姉』と呼ばせとるがな。ハッハッハ」

「ここまで親密とは……恐れ入りました」


 度重なる驚愕の事実に、みのりは放心状態になりかけていた。

 そんなみのりに、澪は優しく声を掛けた。


「今まで黙ってた事、悪く思わないでね、みのりちゃん」

「わかってます。静流様は将来、『人間国宝』級の地位を約束されているお方。かん口令が敷かれるのも当然でしょう」

「理解が早くて、助かるわ」


 少しずつ正気を取り戻していくみのり。

 萌を見て、ふと何かに気付く。


「萌? 髪の色、元に戻したの?」

「うん。『本物』の静流様にお会いして、やっぱり本物には敵わない、って事がイタい程わかったの」

「うんうん。良かったぁ、真っ当な道に戻ってくれて」

「え? どう言う意味?」

「私の影響で『薄い本』に傾倒していった萌が、改心してくれたんでしょう?」

「改心? まさか。前よりも繋がりたい欲求が膨れ上がってる。アナタにもわかる時が来るわ」ポォォ

「ダメだ。一層酷くなってる……」


 瞬時に乙女モードになる萌を見て、これは相当な重症だと溜息をついたみのり。


「みのり、焦らなくても、近いうちにお会い出来るよ♪」

「え? そうなの? 美紀」

「ケイちゃんの所の隊長さん、具合悪いんだって?」

「そうなの。ってなんで知ってるの!?」

「依頼したんでしょ? シズルー大尉の所に」

「そこまで知ってるんだ。それで、どうなったの?」


 みのりは食い気味に聞いた。


「正式に受ける事になったぞ。わが隊にも協力要請が来とる」

「ほ、本当ですか? わぁ、良かったね、ケイ」


 みのりは、心の底から喜んだ。




              ◆ ◆ ◆ ◆




ワタルの塔 一階 ロビー――


 エレベーターで一階に下りると、薄木の【ゲート】の前に立つ静流。


「みんな揃ってるのかな? 佳乃さんに念話してみよう」


〈佳乃さん、応答せよ〉

「うひゃ」ビクゥ

「佳乃? どうしたの?」


 佳乃が素っ頓狂な声を上げたので、澪は眉間にしわを寄せ、佳乃に聞いた。


「ちょっと、川屋に行ってくるのであります」

「どうせまた、落ちたものでも食べたんでしょう?」

 

 佳乃は足早に事務所を出るなり、念話を繋いだ。

 あの場所で念話に出ると、間違いなくすっちゃかめっちゃかになると瞬時に判断したようだ。


〈静流様、何かあったのでありますか?〉

〈今、塔に来てて、これからそちらで渡したい物があるんですけど、皆さんいます?〉

〈全員揃っているであります。あと、週明けからひとり、増えるのであります。今、こちらに来ているであります〉

〈へぇ。そうなんだ。じゃあ、挨拶も出来ますね〉

〈先月まで太刀川にいたので、お会いしてるかも、でありますな?〉

〈ちなみに、どなた?〉

〈白木みのり兵長、自分の後輩であります!〉

〈みのりさん、か。うん。会ってる。ただ、シズルーとしてだけどね〉


 実はみのりは、素の静流にも遭遇しているのだが、ジェニーの策略で記憶を消されている。


〈どうでしょう? シズルーの格好でいらしては?〉

〈だってバレバレじゃん。どこが面白いの?〉

〈みのりんは知らないんでありましょう? シズルーの正体〉

〈はい。きっと驚くと思いますよ? 僕がシズルーだったとわかったら〉

〈忘れられない歓迎セレモニーになるのであります!〉

〈そんなもんですかね。とにかく、今からソッチに行きますので、よろしくお願いします〉

〈了解したであります!〉ブチ


 念話を終えた佳乃は、【ゲート】が設置してあるロッカー室に急いで向かった。


「こうしちゃいられない、のであります!」

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