第7章 木枯らしに抱かれて

エピソード40-1

太刀川たちかわ駐屯地 療養所 医療班 事務所―― 


 事務所で軍医とその助手が何やら話し込んでいる。

 白衣を羽織り、鮮やかなライムグリーンの髪をした、色白の美人女医である。

 同じく白衣を着た、助手と思われる女性と話している。


「ルリちゃん、今回の回復術士研修なんだけど、今一つパッとしないわね」

「宗方ドクター、そうでしょうか? 私が思うに、それほど悪くは無いのでは?」

「トータルではね。一人を除いて」

「もしかして、ケイちゃん、ですか?」

「もしかしなくてもそう。8人中最下位の谷井さんよ。……ふぅ。残念賞だわ」


 ここの軍医である宗方ジェニーは、大きく溜息をついた。


「確かに魔力量は豊富だし、技術もあるわ。だけど……」

「ケイちゃん、イイ子ですよ? 何が足りないんです? ドクター?」

「あの子だけじゃないのよ。究極の回復は、ズバリ『癒し』なの」


 ジェニーは自分の肩を抱き、天井の方を虚ろな目で見ながらそう言った。

 

「はぁ。そんなもんですかね」

「ルリちゃん? アナタも回復術士でしょうに。教わらなかったの? 養成学校で」

「私の頃は、回復速度が全て、でしたよ?」

「これだから最近の術士は……ふぅ」




              ◆ ◆ ◆ ◆



駐屯地内 第3教場  


「術士と負傷者との信頼関係があってこそ、回復魔法がより有効となるのです」


 講師の先生がとくとくと回復魔法について講義を行っている。

 講習を受けている隊員の中に、姿勢の悪い小柄な女性隊員がいた。

 名を 谷井 蛍たにい けい といい、小柄ながら発育の良い胸を持つ、鮮やかなシアンの髪をした、少女と言う方がしっくりくる女性隊員であった。


「谷井上等兵! 聞いていますか?」

「は、はい。 えっと、何ページでしたっけ?」


 だれ切ったケイの態度に、講師は呆れて小言を言おうとした時、チャイムが鳴った。


「ふう。アナタって子は……はい、次は実習です。遅れない様に!」



「「「「起立、礼」」」」



 講師が退席したのを見て、8人の受講者は軽く伸びをした。


「ふぁぁあ、座学は苦手なのよね」

「ねえ、第2格納庫にいらっしゃる、十条さんって、カッコイイわよね?」

「え? アタシその人に声掛けられたよ? 夕飯でもどぉ?って」

「うわぁ、イイなぁ、ワンチャンあるかもよ?」

「ダメよ。あの人既婚者よ。止めときなさいな」


 受講生たちは、今どきの女ざかり真っ最中のようだ。

 先ほど注意されたケイは、いつもうかない顔をしている。

 そんなケイに、同期の白木みのりが声を掛けた。

 ケイよりも大人びた風貌の、琥珀色の長い髪を編み込んでいる女性隊員であった。


「ケイ、そんなに落ち込まないの!」

「落ち込んでなんか、ないもん」


 8人の受講者は、それぞれの部隊からこの研修に来ている。

 そのほとんどが粒ぞろいの美人隊員ばかりであった。


「でもさぁ、やっぱ【回復】って、いかに相手をメロメロに出来るかがカギよね?」

「『吊り橋効果』ね。逆境の中で起死回生の一手を繰り出す、みたいな?」

「こらこら、それじゃあ殿方をゲットするスキルみたいじゃないの」

「え? 違うの?」

「ふう。コレだもんね。それじゃあ【魅了】と変わらないじゃないの! フフフ」

「でも、あながち間違いじゃないと思うの。だって、回復術士ヒーラーが寿退社するのって、隊員との職場恋愛が多いって」


 いきなり話題の矛先が、みのりに向かって来た。


「そう言えばみのり? あなたの部隊『ミスティ・レイディーズ』って、この間解散したのよね?」

「う、うん。次の場所が決まるまで、今はココの預かりになってるの」

「隊長さんが『デキ婚』で寿退社した途端、アナタ以外の3人もバタバタと寿退社でしょう? 同情するわぁ」

「気を使ってたんだろうね。まあ、ある意味、『おめでたい事』なんだけど」

「まさか、養成所では『デンジャラス・ビューティー』とまで言われたアナタが、売れ残るとはね?」クスクス

「二代目『スレンダー』とも言われてたわね」クスクス

「止めてよ、昔の事でしょう? 確かに、佳乃先輩は私の憧れだけど、方向性が違い過ぎるわよ」

「花の消費期限は、自分が思ってるより短くてよ。 ホホホホ」

「『ドライフラワー』にならない様に、気を付けなさい。 ホホホホ」


 言いたい事を言った連中は、部屋を出て行った。

 言われっぱなしのみのりの手は、硬く握られていた。


「みのり、大丈夫?」

「大丈夫よ。フフ。いつの間にかあたしが励まされてる。カッコ悪う」




              ◆ ◆ ◆ ◆



駐屯地内 野外実習場 


 次の時間は、回復魔法の実戦訓練であった。

 方法は、近接戦闘訓練の際に負傷した、戦闘訓練用ゴーレムを回復させる、と言うやり方であった。


「基礎回復の訓練は以上です。次は高度な回復魔法についての実技です。これらについては、潜在的なスキルに左右されがちです。出来ない者がいても、能力が劣っているわけではありません」


 講師は、受講者の顔を見ながらそんな事を言った。そして、


「欠損部位の再生は、谷井さん、アナタが得意だったわね」

「はい!」

「これを使って、再生してみなさい」

「了解しましたっ!」

「皆さん、よく見ておいて」

「「「はい!」」」


 講師が用意したゴーレムは、右足の膝から先がちぎれていた。

 ケイは、深呼吸をした後、ゴーレムの右足に両手をかざした。


「行きます! レザレクション【復活】!」パァァ


 ケイの手から、水色の霧が発生し、やがてゴーレムのすねからつま先までを形成した。シュゥゥ

 右足を再生したゴーレムは、すくっと立ち上がり、その辺を小走りで回っている。


「見事ね。完璧よ!」パチパチパチ


 みんなから拍手を浴びているにも関わらず、ケイは困惑した顔をした。

 講師は『よくやった』と褒めている割には、険しい表情である。


「谷井さん、アナタ、こんな高等魔法が出来るのに、なぜ基本中の基本である【キュア】と【ヒール】が出来ないの?」

「それは、自分でも、わからないのであります」

「向こうで基礎からやり直し。自主訓練よ!」

「了解しましたっ!」


 そう言うとケイは、隅っこの作業場に一人で向かう。


「皆さん、基礎はしっかり身に付けて行って下さいね。」


「「「はい!」」」




              ◆ ◆ ◆ ◆




駐屯地内 詰所―― 


 今日の訓練が終わり、8人の受講者は、詰所に戻って来た。


「お疲れ、ケイ」

「みのり、お疲れ様」

「何? 元気無いわね、お腹でも痛いの?」

「私って、ヒーラー失格、かなぁ?」

「何言ってんの? アナタはあの有名な『カラミティ・ロージーズ』の隊員でしょう?」

「たまたまレアな魔法が使えるってだけ、でしょう? 私の利用価値って」

「それでも大したもんじゃない! 私は鼻が高いわよ? 同期の友達がで出世したって」


 みのりは落ち込んでいるケイを、何とか元気付けようと励ました。すると、


「みのり、私たちヒーラーに必要な事って、何かしらね?」

「いきなり何よジョアンヌ? そうね、負傷者をいかに迅速に回復させて、戦闘に復帰させられるか、って事かしら?」

「いかにもテンプレな回答ね。私の隊はそれ以上を追求してるわ」

「何よ? それ以上って?」

「傷ついた兵士を癒す事。心身ともに、ね?」

「ジョアンヌ、アナタのいる部隊って確か……」

「そう。『キューティー・デビルズ』よ」


 彼女が所属している部隊は、いわゆるセクシー部隊であり、報酬次第で男性隊員の性的欲求の処理も請け負う、『そっち系』の部隊である。


「確かに、そう言う裏の需要は否定しないわ。兵士の士気に関わる事だもんね」

「結構。わかればよろしい。その私が思うに、ケイちゃん、アナタ」

「ケイが何だって言うのよ? ジョアンヌ?」

  

 みのりがケイを庇い、ジョアンヌを睨む。 


「ケイちゃん、アナタには、殿方を満足させられる程の魅力も技も全く無いって事よ」

「ジョアンヌ!? アナタ、言っていい事と悪い事があるわよ? ケイはアタシよりも胸は大きいのよ? Dカップはあるんだから、ね?」


 周りがクスクスと笑いをこらえているのを見て、みのりはフォローを入れようとするが、適当な言葉が見当たらない。すると、


「わ、私だって、出来るもん、それ位」

「今の聞いた? やせ我慢はお肌の大敵よ? オホホホ」


そう言ってジョアンヌたちは、奥に引っ込んでいった。




              ◆ ◆ ◆ ◆




詰所 ケイとみのりの部屋―― 


 仲間に散々な言われ方をして、ヘコんでいるケイに、みのりは声を掛ける。


「ケイ、あの子たちの言ってた事なんか、気にするんじゃないわよ?」

「わかってるよ。私が珍しい魔法、使えるからやっかんでるだけ、でしょう?」


 打たれ強いのか、ケイはそれほど参ってはいなかったようだ。


「そうそう。わかればよろしい。ぬふぅん」

「フフ、何それ? ジョアンヌの真似?」


 ケイが笑ってくれた事に、みのりは安堵した。


「どぉ? 似てた? そうだ、これから街に出よっか?」

「イイの? みのり?」

「明日は訓練無いし、点呼までに戻ってくればOKでしょ。再開を祝して、パーッとやっか?」


 気晴らしに、街に繰り出すようだ。

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