エピソード39-5

五十嵐家―― 静流の部屋 土曜日


 土曜日になり、塔に行く準備を始める。


「別に気取る必要はないんじゃない? ヨーコたちに会うだけでしょう?」

「ま、それもそうか。普段着でイイや」


 オシリスに言われ、特に気取る事も無く普段着で行くつもりの静流。とそこに、バァン!


「しず兄、これとこれ、どっち?」


 いきなり美千留が下着姿でドアを蹴破り、両手にそれぞれ違った服を持って静流に見せて来た。


「何だよ、びっくりするじゃないか、ってその恰好」


 美千留が手に持っている服は、


 右 テンプレのいわゆる「量産型」ベージュのチェック柄の、フェミニンなスタイル

 左 流行の先端である「地雷系」と呼ばれる、白黒を基調とした、人を選ぶスタイル 


 であった。


「さぁ、どっち?」 

「どっちって言われてもなぁ。どっちも可愛いし、自分の好きな恰好で行けばイイと思うぞ」

「か、可愛い? 私が?」

「ああ。可愛いよ。何着ても似合うし」

「ふぁぅぅ。わかった」


 美千留は、ぽーっとしながら部屋をゆっくりと出て行った。


「ふう。全く、 相変わらず変な奴だなぁ……」


 妹の予測不能な行動に、呆れてため息をつく静流。するとそこに、


「静流、どう? この格好」ビシ


 今度は真琴がいつの間にか静流の背後でポーズを取っていた。


「おわっ、最近登場が唐突すぎません? 真琴さん」

「イイから見て? どう? イケてる?」

 

 当たり障りの無い、量産型ガーリー系であった。


「うん。悪くない。真琴は量産型ってのが好みなのか?」

「ふむ? 手ごたえ無し、か。じゃあどんなのが静流的には好み?」

 

 真琴はファッション雑誌を静流に見せた。


『イマドキJK ファッショントレンド一覧』


 ・下北系

 ・ミーハー系

 ・量産型ガーリー系

 ・サブカル系

 ・地雷系

 ・パリピ系

 ・無気力系


「ん? そうだな、普段着だったら『サブカル系』かな?」


 静流が選んだのは、リュックを背負い、腰まで隠れる長いパーカーを着て、フードを被っているモデルだった。


「静流らしい地味目を選んだわね? ただそれを堂々とストリートで着れるのは、美千留ちゃんくらいかな」

「アイツもその、量産型か地雷系ってヤツを着るか迷ってたぞ」

「うわぁ、レべル高過ぎ、気合入ってるわね……」

「普段着でイイんだよ、別に着飾る必要なんて、ないんだから」

「わかってないなぁ、静流は」

「女の子のファッションなんて、わかるわけないだろ?」

「戦争は、もう始まってるんだぞ?」ツン


 真琴はそう言って静流を小突いた。


「お待たせしず兄」

「別に待ってないって、お前、その恰好……」


 美千留が着て来たのは、先ほど真琴と話していた時に出た、『サブカル系』そのものだった。


「うわぁ、バッチリじゃない。美千留ちゃん、モデルになれるよ」

「しず兄、こう言う恰好がイイんでしょ?」

「聞いてたな? うん。確かに似合ってる」

「ぷしゅぅぅ」


 美千留は静流に褒められ、急に恥ずかしくなったのか、顔が赤かった。

 そうこうしている内に、誰かが来たようだ。


 ピンポーン!


「睦美先輩、いらっしゃい」

「やぁ静流キュン、お招きありがとう」


 睦美の服装は、髪の色と同じ赤のポロシャツに、ゆったりジーンズという、先ほどの雑誌では『無気力系』に属するものであった。

 睦美は先にいた二人の服装に、ただならぬ意気込みを感じ取った。


「うっ、出来るな? 妹君、あざとカワイイね」

「センパイは、オッサンみたいなセンスだね」

「手厳しいな。この『無気力系』コーデをオッサンとは……」

「気にしない方がイイですよ。美千留はお世辞とか皆無なんで」

「う、うむ。わかった。真琴クンは無難にまとめて来たね?」

「まぁ、初顔合わせならこの程度かと。あ、一人の子とはもう会ってますね」


 二人の品評を終えた睦美は、静流の肩に乗っているオシリスに耳打ちをした。


「ところでオシリス君、手はずは整ってるかい?」コソ

「ダミー映像でしょ? バッチリ仕掛けといたわよ」コソ


 そんな事を言っている間に、静流の部屋に着いた。


「じゃあ、少し早いけど行きましょうか」


 クローゼットの奥にある黒い穴の前に立ち、四人は穴の中に入って行く。


 一瞬で塔の1階ロビーに出る。


「二回目だが、不思議な体験だな」

「すぐに慣れますよ」

「うわ、凄い砂嵐。今日も外は大荒れね」


 真琴は窓の外で吹き荒れる砂嵐を見て、そう言った。


「さ、エレベーターに乗りましょう」


 静流は睦美たちをエレベーターに案内した。

 そうこうしている間に、2階に着いた。



 ウィーン



「良かった。まだ誰も来てないや。ブラム、ちょっとイイかな?」

「はぁーい」ドドド

 

 静流がブラムを呼ぶと、奥から全速力で静流の前に来た。


「睦美先輩、この子が黒竜ブラムです」

「はーい! ウチが超プリチーセクシーなシズル様の従順なしもべ、ブラックドラゴンのブラムちゃんどえーっす」プリッ

「ああ、新たなサポーター君だね? 柳生睦美だ。よろしく頼む」


 睦美は若干引きつった笑顔でブラムに挨拶した。


「ブラム、軍の人たちの足止め、上手くいった?」

「バッチリ、4時間は誰も来ないよ」グッ!


 ブラムはウインクをして親指を立てた。


「ホントは一日閉めたかったんだけどなぁ」

「イクちゃんがブータレたから、4時間で手を打ったの」


「静流キュン、軍関係の足止め対策、しておいてくれたんだね?」

「ええ。何せ、あの人たちが来たら、すっちゃかめっちゃかになりかねないんで」

「今の話だと、4時間は誰も来ないのかい?」

「ええ。塔のメンテで電源落とすって事にしたんで、来てもつまらないでしょうから」

「なるほど。理解した」

(軍の方は問題無しか。あとは……)

  

 睦美は顎に手をやり、状況を把握している。


「一応お姉様たちにも知らせといたけど、何か不自然な対応だったなぁ」

「静流キュン、お姉様方の足止めはバッチリだ。安心したまえ。ハハハ」

(完璧だ! ぐうの音も出んだろう! フハハハ)


 睦美は早くも勝利宣言しているが、果たしてそう上手く行くのか?




              ◆ ◆ ◆ ◆



流刑ドーム―― 薫子の部屋


 薫子は例の『静流の完全密着ライブ中継』をベッドに寝そべって見ている。

 画面の中の静流は、ベッドで寝転がり、マンガを読んでいる。


「今のところ異常無し、か。早く夕方にならないかなぁ?」


 薫子が見ているライブ中継画像は、オシリスに蓄積された画像を繋ぎ合わせ、エンドレスで再生している「ダミー映像」である。

 さらに睦美は、静流が友人と会うのは夕方だと報告しており、姉たちは完全に信じ込んでいる。

 塔のメンテ情報も結果的にそれらを裏付ける形となり、より強固なものとなった。




              ◆ ◆ ◆ ◆




アスガルド駐屯地 魔導研究所内 事務所――

 

 事務所ではリリィとレヴィがPCで何かを調べている。


「『ドラゴン・フライ』とはまた厄介な方をご所望なのね? 静流クンは」

「そうなんです。それで私は『お任せください!』なんて啖呵を切ってしまった手前、失敗は許されないんです」

「アノ人には、まだ?」

「とても言えませんよ、榊原中尉殿には」

「ふう。どうしたもんかね、全く」

「『ドラゴン・フライ』竜崎大尉がどうかしたの?」


 仁奈が二人の会話に首を突っ込んだ。


「『元老院』がらみで、静流クンの先輩が会いたがってるみたいなのよ」

「そう言えば、あの方のお家って、かなり上級の貴族、だったわよね?」

「でも、かなり前に勘当されたって聞きましたよ?」

「問題はそこじゃなくって、静流クンに会わせるのが、ちょっとね」

「大丈夫じゃない? なんたって静流クンは、聖人レベルの貞操観念なんだから」

「そこは気にしてないのよ。『イクちゃん』が黙ってないでしょう?」

「そっちか。確かにタダでは済まないわね」


 うーん、と三人は腕を組み、考え込んだ。


「でも、仲悪いのって隊長同士だけだったよね?」

「ええ。確か萌ちゃんたちの同期の子があの隊にいたわよね?」

「ああ、ケイちゃんか」

「あの子に取り持ってもらいましょうよ、隊長たちの間を」

「ケイさんって、谷井 螢たにい けい上等兵ですか?」

「そう。でもなぁ、あの子って、何か頼りない感じよね?」

「確かに。噂では『生粋の天然ボケ』らしいって」


 うーん、と三人はまた腕を組み、考え込んだ。


「気分転換に『塔』にでも行こっか?」

「あらダメよ。メンテが入るから夕方まで電源オフだって」

「そうなの? 1500年分のメンテか。大変そうね」

「でも、主電源はこの間中尉殿が修復したばっかだし、何だろうね?」


 リリィは少し考えたのち、ニヤリと笑いながら言った。


「インベントリの見回りのあと、ちょっと覗いてみる?」

「ムフ。面白そうですね」


 レヴィと二人でニヤついているのを、仁奈はため息混じりに呟いた。


「ふう。しょうがないわね、私も行くわよ」

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