エピソード38-4

2-B教室――


 二時間目が終わった所で、オシリスが騒ぎ出した。


(静流、レーダーに何か掛かったわ)

「来たか。予想より早かったな」

(的が定まっている分、探知は楽勝だったわね)

「睦美先輩に念話だ」

 

〔睦美先輩!〕

〔やあ静流キュン、感度良好だよ〕

〔オシリスが、【ゲート】から誰かが来た事を探知しました〕

〔むぅ。こんなにも早くか〕

〔どうします? 先輩?〕

〔オシリスに対象物をマークしておくように指示を〕

〔しばらく泳がせるつもり、ですか?〕

〔うむ。向こうの出方を見よう〕

〔了解〕ブチ


 念話を終わらせ、静流は真琴に報告した。


「真琴、どうやらいらっしゃったらしい」

「え? 私は感じなかったわよ?」

「忍ちゃんは、隠密のプロらしいから、しょうがないよ」

「一体どんなスキルを持ってるのかしら?」ギリッ


 真琴は、自分が役立たずなのでは、と己の未熟さに奥歯を噛んだ。


「とりあえず様子見だから、手は出さないように」 

「わかった。といっても私がどうにか出来そうな人じゃないしね」

「気にするなよ、あの人たちは別格だ」





              ◆ ◆ ◆ ◆





 三時間目が始まってすぐ、異変に気付いた静流たち。

 教室に何者かが入って来ている事を確認し合う二人。


「真琴、右隅にいる」コソ

「わかってる。ここまで接近されれば私でも気付くわよ」コソ


「そこ! 何を仲睦まじくささやき合っているのかなぁ?」ビシィ


 ムムちゃん先生が静流たちを指した。


「あり? どこまで読んだんでしたっけ?」

「五十嵐クン、しっかりしなさい!

「す、すいませんでしたぁ」ハハハハ

「仁科さん、しっかり面倒見てないとダメでしょう?」

「面目、ありません」ハハハハ


 後頭部を搔き、ペコペコ頭を下げている静流。周囲が沸いた。 

 真琴は、『何で私が?』と言いたそうに頭を下げた。


「こんなとこ見られてるなんて、何か恥ずかしいな」コソ

「確かに落ち着かないわね。どうにかしてよ静流」コソ


 そんなことを小声で話していると、


「五十嵐クン、いい加減にしなさぁい!」

「は、はぃぃ」ワハハハ


 またムムちゃん先生に叱られた。すると、


「む、殺気!」シュパッ、ドス!


 イチカがコンパスを何もいない空間に投げた。


「篠崎さん!? 一体どうしたの?」

「ムムちゃん先生、教室に何かいるんだけど」

「何ですって!?」

「しののん!? しまった、先に言っておかなきゃいけない子が、ここにいた」


 静流はこの状況をどうにかごまかせないか考えていた。


「先生すいません、コイツがイビキかいてまして。おい、起きろ」

「う、うーん、何?」


 静流はオシリスを起こす芝居をアドリブでやると、オシリスが察したか今起きたかのように不可視化を解いた。


「ああ、使い魔ちゃんね。もう、びっくりさせないで頂戴」


 ムムちゃん先生は、オシリスの事は短期留学の時に紹介済みだ。

 国尼にも、使い魔を連れている生徒は、少数だがいる。


「うわぁ、可愛い」

「五十嵐クン、その子、何て名前?」

「こいつはオシリスって言うんだ」

「どんな構造してるの? 設計図見せて?」

「そんな怖い事、言わないでよ」

「しゃべった! うわぁ、イイなぁ」


 静流の周りを、たちまち生徒たちが取り囲んだ。


「うわぁ、モフモフだぁ」

「ち、ちょっと、くすぐったいよ、助けて静流ぅ」


 みんながオシリスをオモチャにしている間に、イチカに耳打ちする静流。


「しののん、実はね、」コソ

「うぇ? 師匠が?」

「手出し無用、イイね?」

「了解!」グッ


 事態を理解したイチカは、親指を立てた。


「はいはい、みんな席に着いて。五十嵐クン、その子を黙らせてくれる?」

「すいません、オシリス、ごめん、寝ててイイよ」

「私、イビキなんか、かかないからね」シュン


 オシリスは、不機嫌そうに不可視化及び休止モードになった。





              ◆ ◆ ◆ ◆



屋上―― 昼休み


 四時間目が終わると、静流は真琴、イチカを伴い、屋上に向かった。

 あらかじめ屋上の鍵を使って開錠してある扉を開け、屋上に出ると、先に睦美がいた。


「睦美先輩!」

「やあ静流キュン、どうやら始まったみたいだね?」

「はい。もう来てます」

「私も来てるわよ!」シュゥ


 睦美の横に、薫子が現れた。


「薫子お姉様!」

「はぁい、お姉様よぉ♪」

「今日は実体なの? お姉様?」

「当然! ほらね?」むぎゅう

「あったかい。本体だ」


 薫子はやたらと静流にベタベタして来る。

 真琴がギリッと奥歯を噛んだ。


「むはぁ、夢にまで見た光景が……素晴らしい」


 睦美が悦に入っている。


「静流ぅ、今のところ無事ね? 怪我は?」


 薫子は、静流に抱き付き、いろんなところをチェックしている。


「まだ接触してませんから、大丈夫ですよ」


 夢中で静流を撫でまわしている薫子を横目に、真琴が言った。


「って言うか、私たちが気付いている事が、バレバレなんですけどね」コソ

「む? それじゃあ罠も何もあったもんじゃないな」コソコソ


 今もどこからか見られている事を気にして、コソコソしている面々。すると、


「とうとうお師さんが来たようだな」

「あ、そうちょ、沖田さまだ!」

「先生! 来てくれたんですね?」パァァ

「はうっ、静流殿……ムフゥ」


 沖田が来たのを見て、静流は大いに喜んだ。

 静流のニパを浴び、顔を赤くしてうつむいてしまう沖田。


「コイツめ、あれから毎日登校しているのだぞ? 休み勝ちだったコイツが」

「そ、それを言うでない、馬鹿者」


 睦美にいじられ、さらに顔を赤くする沖田。


「先生、どうもバレバレみたいで。どうしましょう?」

「うむ。放課後、闘技場に人払いの【結界】を張っておく。そこにおびき寄せる」

「スゴい! 二手、三手先を読んでるんですね? さすが先生」ニパァ

「ひゃぁぁ、こ、これ、おだてるんじゃない、ムフゥ、いかんいかん」ブンブン


 静流が目をキラキラさせ、沖田を賛辞する。

 ニパを浴びた沖田が、首をブンブンを振って、なんとか正気を保っている。


「むぅ。何よこの子。見た事あるような無いような子ね?」

「お姉様、彼女ですよ。忍お姉様の弟子の」

「思い出した! 留学する時に、静流に悪い虫が付かないように見張ってもらってた子ね?」

「その位で勘弁してやって下さいよ。その先はコレ、ですので」


 睦美は人差し指を口元に持って行き、『しー』の仕草を薫子に向けた。


「薫子お姉様、ご無事で何よりです」

「ありがとう。あなたもご苦労だったわね。おかげで静流も、『エクストラ・バージン』を守っているみたいだし」

「は。勿体なきお言葉」


 薫子は、沖田に労いの言葉を掛けた。


「何ですか? その例え。僕がまるでオリーブオイルみたいじゃないですか?」

「あら、そのままの意味よ? あなたの『貞操』の事」

「ああ、そっちの方は当分大丈夫ですよ。そんな相手、僕にはいませんから」


 静流は、少しトーンダウン気味に言った。

 二人は、欧米人がやる、『わかってないなぁ』という仕草をしながら言った。


「ふう。コレだもんね、睦美?」

「フフ、お互い、気苦労が絶えませんな」


 二人の会話をよそに、沖田が騒ぎ始めた。


「おい、購買のパンが売り切れてしまう! 急げ」

「何だそんな事か。ほれ、事前に用意してある」

「ほぉ、やるではないか、貴様」

「貴様ほどではないが、ね」


 一同は、昼食を摂りながら作戦会議を行う。


「闘技場に誘い込んでから、どうします?」

「そうねぇ、静流の【魅了】で、メロメロにしちゃう、とか?」

「お師さんは、【毒耐性】があるので、効かないでしょうね」

「それに、もうとっくにメロメロだし」

 

 薫子の提案に、沖田と真琴がダメ出しをする。


「それならアレね。『アノ技』ならイチコロよね? 真琴ちゃん?」

「『アノ技』って、まさか、ダッシュ7のですか?」

「決まってるじゃない。どぉ? やれる? 静流?」

「う、うん。やれない事はないけど、アノ技、有効範囲が広すぎなんだよな」

「結界内だったら、イケるんじゃないの? 静流」

「さっきから言っている、『アノ技』とは、どのような技なのだ?」


 話題について行けない沖田は、眉間にしわをよせ、聞いた。


「僕のサムライアーマーの技なんですけど、ちょっとえげつない、と言うか、何と言うか」

「その技を受けると、必ず『イク』んですって」

「何ィ? 本当かね静流キュン?」

「ええ。この間、軍の保養施設で使いましたから、多分」

「私と美千留ちゃんは、別の部屋でしたし、ある程度耐性がありますけど、軍の方はモロに浴びて、全員『イッた』みたいです」

「それは素晴らしい! コホン、危険な技だな」ムフゥ


 睦美は、自分の妄想が膨れ上がっていくのを、抑え込むのに苦労している。


「まぁお師さんに【精神操作系】は通用するかわからんが、静流殿が相手なら、油断して隙が出来るかも知れんな」

「僕的には使わないに越した事はないので、あくまでも最終手段としたいですね」

「その方がイイよ。暫く女の子のままで、戻らなくなっちゃうしね」


 今の真琴の発言に、著しく反応した睦美。


「何ですとぉ!? では、静流キュンが『おにゃのこ』になってしまうのだな?」フー、フー

「そうなんですよ、参っちゃいますよね、トホホ」

「真琴クンは見たんだな? その時の静流キュンを」

「へ? ええ。一緒に露天風呂に入りましたよ? 女湯に」

「おい、真琴! もうイイじゃないか、その件は」


 それを聞いた睦美は、今にもメルトダウンを起こしそうであった。


「うぉぉぉ! 次の機会には是非とも私を、連れてってくれたまえよ?」

「は、はぁ。じゃあ冬休みにでも行きますか?」

「当然私たちも、連れてってくれるわよね? 静流?」

「も、もちろん」

「温泉は、嫌いじゃないな」

「先生も是非」


 まだ夏も終わっていないのに、冬休みの予定が一つ出来た。


「余談ですけど、男に早く戻すには、女の静流をイカせる事、ですよ」

「ますます興味深い。くぅ、たまらん」ハァハァ

「おい、そう言うの、余談で言わない!」


 あっと言う間に、昼休みが終わろうとしている。


「それでは放課後に。気を引き締めて掛かるぞ」



「「「はい!」」」

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