エピソード34-1

五十嵐家――静流の部屋


 静流は、残りの夏休みをどう過ごすかを考えていた。


「さぁて、どうするかなぁ」

「何悩んでるの? 宿題?」

「真琴か。相変わらず気配が読めないな」

「へへ。私もいたりして」

「美千留? お前部活は?」

「今日は無いよ。プールにでも行く? しず兄」


 美千留はダメ元で静流を誘ってみた。


「うへぇ。人が一杯でイモ洗い状態だろ? パス。友達と行っておいで」

「そう言うと思った。カナ子がしず兄連れて来いってうるさくて」

「悪いね。別の企画にしてよ」

「わかったよ、もう」


 美千留はいそいそと出掛ける準備を始めた。


「インベントリもどうにかなりそうだし、どっか行くか?」


 静流は転移を使い、どこかに出かけるつもりだ。


「そうだ、この間会えなかったから、アンナの実家に行くか? ドッキリ企画で」

「学園の女の子? どこなの? その子の実家」

「アメリカ。ムタ州、だったかな?」

「アメリカか。治安とか、どうなの?」

「わからない。ま、何とかなるでしょ? 日帰りで行けるんだから」

「そうね。じゃあ、アタシも付いて行こっかな?」

「真琴が? 何で?」

「い、イイじゃん。行ってみたいだけよ。アメリカに」

「アメリカ? 私も行きたい!」

「美千留もかよ。遠足じゃないんだからな?」

「わかってる。って小学生じゃないし、もう!」


 美千留は、電話でカナ子に作戦失敗とプールのキャンセルを伝えた。




              ◆ ◆ ◆ ◆



 静流はロディを呼んだ。


「ロディ、ちょっと来て」

「何でしょう? 静流様」シュン

「アンナの実家に遊びに行きたいんだ。座標と、あと二人を頼む」

「畏まりました こちらに ベー」


 ロディは口を大きく開けた。


「あれ? 二人共初めてだっけ?」

「う、うん。大丈夫、なのよね?」

「問題無いよ。じゃあ僕から入るよ、ほら」


 率先して口の中に入って行く静流。


「行こう、美千留ちゃん」

「わかった」

 二人が目をつぶり、口の中に入った。そして目を開けると、


「うわ。もうこんなに?」

「何? 工事現場?」

「働いてるの、ゴーレムだよね?」


 それぞれが感想を述べていると、


「お疲れ様ですニャ。静流様、今日は視察ですかニャ?」


 コンシェルジュのロコ助が挨拶に来てくれた。


「あ、ロコ助。視察じゃないんだけど、ちょっと二人を預かってもらいたいんだ」

「お客様ですニャ? ボクはコンシェルジュのロコ助ですニャ。ようこそですニャ」ぺこり


 ロコ助は、二人に挨拶をした。


「か、カワイイ!」

「ねえしず兄、この子、ウチで飼おうよ!」


 二人はロコ助に夢中である。 


「ロコ助はココの案内役なんだから、ダメだよ。家にはもうロディとオシリスとブラムがいるだろう?」

「ちぇ、ケチ」


 ロコ助とのやり取りをしていると、向こうからドドドドと地響きが聞こえそうな勢いで駆けてくる物体があった。


「シズル様ぁ~!」ガシィ

「うぐぅ、苦しい、ブラム」


 静流にベアハッグをかますブラム。


「静流が、襲われてる?」

「しず兄、何してんの? コイツ」

「そっか、真琴には紹介してなかったね。この子はブラム」

「初めましてなの。ウチはブラムよ。シズル様の『愛の奴隷』なの」ポォ


 ブラムは腕を後ろに組み、クネクネと身をよじりながら、静流を上目遣いで見た。


「ブラムには軍の手伝いをしてもらってるんだ。泊まり込みで」

「あれから全然来てくれないんだもん、ブラムちゃん、寂しい」グス

「もう、そう言うのイイから。お菓子に釣られたくせに」

「どお? ドキドキしたぁ?」


 今の静流とのやり取りを見ていた二人は、呆気に取られていた。


「今の演技、だったの? 肌、青いよ?」

「道理でいないわけだ」


「それでブラム、何か変わった事、無い?」

「順調みたいだよ。シズル様は何しに来たの?」

「学園の友達の実家に【転移】で行こうと思ってね」

「そんなに遠いの? そこ」

「ココなんだけど、わかる?」

「ふむふむ。なるほど」

「飛行機で行こうとすれば、何だかんだで12時間は掛かるんじゃないかな?」


「そんなの、こうすればすぐだよ?」グイ


 ブラムは両手で輪を作り、簡易ゲートを作り出した。


「ここでしょ? 今は夕方みたいだね」

「そうか、時差があったんだ、失敗したな」


 東京の今が午前10時だと、ムタは16時間遅れているので前の日の午後6時である。


「どうするの? シズル様ぁ」

「アンナの実家ってファミレスみたいな所だったな。お昼をそこで食べるか」

「え? そこ、甘いものある? ウチも行きたぁい」

「わかったよ。簡易ゲートのお駄賃だ」

「わーい。やったぁ」

「ただし、それは引っ込める事。イイね?」

「了解!」ポン


 ブラムは人間モードになった。



              ◆ ◆ ◆ ◆



アメリカ合衆国 ムタ州の片田舎―― 午後6時


 見渡す限りの荒野に、一本の道路が真っ直ぐに通っている。道路名は「ルート999」であった。

 その一角に数件の住居兼商店が並ぶ。その内の一件が今回の目的であるレストラン「ジョニーズ」である。


「よし、ココだな。みんな、準備はイイ?」

「いつでもイイよ」

「右に同じ」

「いいけど、静流はそのままでいいんじゃないの?」

「それじゃあ、ドッキリにならないでしょ?」


 静流だけはなぜか薫に変身している。他はそのままである。


「入るよ」カラン 

「いらっしゃーい」

「大人5人、禁煙席を頼む」

「はぁい、こちらでーす」


 静流は薫の声で渋めにそう言った。

(よし、自動翻訳機は大丈夫みたいだ)

 勾玉に付与した機能がここで役に立った。


「夕食時なのに、あまりお客さん、いないね?」

「こらブラム、そんな事言っちゃいけません!」

「しず兄、どっかのオカンみたい」


 すると、奥からお盆に水の入ったコップを持ったウェートレスがローラースケートで軽快にやって来た。


「いらっしゃい、何にするだぁ?」


 ソバカスが印象的なウェートレスは、アンナに似てはいるが、別人だった。


「ココのお薦めをもらおうか」

(アンナじゃないんだ。似てるな。妹さんかな?)


「だったらぁ、ハンバーグセットがイイだぁ」

「ではそれを5人前と」

「あとクリームソーダとデラックスパフェを3つね」

「かしこまりぃ」シャーッ


 ウェートレスは、ニコニコと笑顔で奥に帰って行った。


「おいブラム、英語わかるのか?」

「それの応用。ココに術式が入ってるから」


 ブラムは静流の勾玉を指し、次に自分の頭を指した。


「でもさぁ、スゴいなまってるよね?」

「うん。勾玉の翻訳機能の性能が悪いのかな?」

「まあ、通じるだけイイわよ」



 夕食時が来たのか、家族らしい客がちらほら入店して来た。


「ほら、この時間くらいから混み始めるんだよ」


 隣のテーブルに、小さい子を連れた家族が座った。

 子供が何やらしゃべっている。


「…………ジャーは強いんだべぇ!」

「はいはい、わがったがら、ジム」

「悪い奴なんか、ぎったんぎったんなんだがらぁ!」


 実に微笑ましい光景だ。



              ◆ ◆ ◆ ◆



 厨房では店主が忙しく調理している。


「父ちゃん、バーグ3追加だベ」

「あいよ!」

「母ちゃん、デザート、まだだべか?」

「もうすぐだぁ!」

「なぁ、わだすだげじゃ無理だべ、姉ね、呼んでけろ?」

「んだな。おーい、アンナ、コッチさ手伝うてけろ!」


 アンナに応援要請が出たようだ。


「なあにぃ? クロエ、あんたひとりで回さなきゃ、ダメだっぺよ」

「姉ね、いる時くりゃあ手伝うてくれてもえがっぺよ」

「わがった、今いぐがら、待っででけろ」


 アンナは仕方なく妹のヘルプに応じるようだ。




              ◆ ◆ ◆ ◆



「はい、おまだせぇ」


 さっきのウェートレスが出来上がった料理を運んで来た。


「おお、美味そう! 頂きます!」

「ん? 美味い! さすが本場は違うな」

「ほんと。美味しいわ」

「で、しず兄のクラスメイトはどこ?」

「さっき声が掛かったから、そろそろ出て来るんじゃないかな」


「いらっしゃーい」シャー


 ウェートレス姿のアンナがローラースケートで奥から出て来た。


「いらっしゃい、ジェーン、久しぶり、いつ帰ってきたが?」


 アンナはスーツ姿のキャリアウーマン風の客と話している。


「アンナ、見違えたわよ。都会の学校に通ってるって?」

「んだ。アッチは都会のお嬢様ばっかでよ」

「うん、綺麗になったわ。もうボーイフレンドもたくさんいたりして?」

「何言ってるだ。あそこは女子校だぁ、男の子なんて……いるがもしんねえ」

「結構その子に『ほの字』だったりしてぇ?」

「やんだぁ、そんただ事いわんでぇ?」バシィ


 静流の所までは聞こえないが、世間話をしているようだ。


「ごゆっぐりー」シャー


 アンナはオーダーを取り、奥に引っ込んだ。

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