エピソード22-3

魔導研究所 格納庫――


 実験の開始時間が近づき、みんなに緊張感が漂う。

 オリーブ色のツナギに着替えた静流が、少佐からレクチャーを受けている。

 パシュウ 少佐が座席のキャノピーを跳ね上げる。


「そこに座ったら、このヘルメットを着けるのよ」

「はい」スポ

「魔素確認。オシリス、座標は確認出来た?」

「オッケーよ。いつでもイケるわ」

「仁奈、時間は?」

「1058時です」

「あと二分ね。シートベルトを締めて」


 静流と少佐は、4点固定のシートベルトを締めた。


「オシリス、魔法陣、展開!」

「オーライ」ブーンッ


 オシリスが魔法陣をバギーの下に展開した。


「少佐、カウントダウン、始めます」

「お願い」

「行きます、10秒前! 9、8、7……」


 仁奈がカウントダウンを始めた。


「5秒前! 4、3、2、1、ゼロ!」

「【転移】!」ブンッ


 静流と少佐を乗せた小型バギーは、残像を残し、消えた。


「うはぁ、ホントに消えたよ! 向こうはどうなってるの?」


 リリイは軍事衛星電話を用意した。



          ◆ ◆ ◆ ◆



アスモニア航空基地―― 1055時


 転移する少し前、アスモニア航空基地では、ちょっとした騒ぎになっていた。


「おい! まだか?」

「あと5分くらいです」


 司令とレヴィが指定した転移場所にてスタンバっている。


「しかし、いきなり何じゃい、折角ムムちゃんと昼間っからビール飲んどったのに」

「司令、職務中ですよ?」

「構うもんか! ワシは飲みたい気分なんじゃ!」

「ムム先生、何とか言ってやって下さいよ」


 レヴィがムムちゃん先生に話題を振った。


「はい? 何れすか? もしかして、五十嵐クンが帰って来たんれしゅか?」

「ダメだ、こりゃあ」

「静流様、帰っていらっしゃるんですね? レヴィさん」


 そう言ったのは、受付嬢のフジ子さんだった。


「はい! もうすぐ」


 レヴィは自ら指定した座標の周りに白線が引いてある部分を指し、


「みなさん、念の為、あの輪から10m以上離れてて下さいね」


「「「了解!」」」


 そろそろ予定時刻が来そうだ。


「カウントダウン始めます! 10秒前! 9、8、7……」


 レヴィがカウントダウンを始めた。


「5秒前! 4、3、2、1、ゼロ!」


 ブーンッ

 

 まるで不可視モードを解除した時の様に、上から実体化していく。


 シュゥゥ


 バギーのマフラーから、水蒸気のような煙が少し出た。


「静流……様?」


 レヴィは恐る恐るバギーを覗き込む。すると、パシュウ

 キャノピーが跳ね上がり、ヘルメットを被った少年が現れた。


「あ、レヴィさん! って事は、成功?」


 ヘルメットを脱いで髪を搔き上げる静流。


「静流様! ムハァ……素敵」

「無事に着いた様ね。レヴィ、時間は?」

「少佐殿! 1100時、ジャストでしたよ」

「誤差無し! やったぁ、成功だぁ!」パァァ

「くはぁ、眩しくて直視出来ないわ」


 静流は少佐と手を取り合って喜んだ。

 まもなくレヴィの携帯にリリイからの着信があった。


〔あ、リリイさん? ええ。成功です!〕


 ひとしきり騒いで落ち着いた静流は、司令に挨拶した。


「こんにちは、司令」

「良く帰ってきたのう、わが友よ」

「あれから、お変わりありませんか?」

「何も変わっとらんよ。息子共々な?」


 司令は静流にウィンクをして見せた。


「そっちの方もお変わり無くて、良かったですね」

「五十嵐クン! お帰りぃ」


 顔を赤くしたムムちゃん先生が近寄って来た。


「ムムちゃん先生? お酒飲んでますね?」

「ええ飲んでますよぉ。何かぁ?」

「ムムちゃんはワシの飲み仲間じゃからのう」

「昼間っからお酒? イイ身分ね? はっちゃん?」


 少佐は司令を「はっちゃん」と呼んだ。


「アマンダか。よお来たのう。お主、ついにやり遂げたんじゃな?」

「ええ。まあ、ほとんど静流クンのお陰なんだけどね」

「1000kmをひとっ飛びか。こりゃあ大変だぞ?」

「こんなのは序の口よ。これから真価を発揮するわ」

「これ以上の偉業をかぇ?」

「今は場所同士の瞬間移動だけど、今後は時間も超越して見せるわ」

「ふぇぇ? それは『タイムマシン』か?」

「そうとも言うわね」


 司令と少佐が話し込んでいると、


「静流様! お帰りなさい」


 受付嬢のフジ子さんであった。


「あ、受付嬢さん! どうも。その後、いかがですか?」

「フジ子って呼んでください。ええ。絶好調……です」クネクネ

「そうですか。良かったの……かな?」

「どう言う意味……ですか?」

「アナタは魅力的過ぎます。また『呪い』を掛けられないか……心配です」

「くふぅ。それほどまで私を? 嬉しい」


 フジ子は身をよじりながら恍惚の表情を浮かべた。


「フジ子さん、『略奪愛』はご法度ですからね?」


 静流は釘をさす意味で言葉にはっきりと示した。


「わかってます。 そういう殿方には近付かないと決めてますから」

「ならば、よろしい」ニパァ

「きゃうん」


 フジ子は小型犬のような声を発し、かつて「ぶりっ子」と呼ばれた生命体が得意としていたポーズをとった。


「ムムちゃん先生、今日は実験中なんで、帰るのもうちょっと待ってもらえます?」

「うぇ? そーなの? じゃんじぇんオッケイらよ?」


 ムムちゃん先生はベロベロに酔っぱらっている。


「もう、『婚活』はどうなんですか?」

「らいじょうぶ。『男の落とし方』をフジ子さんに教わってるんらもん」

「フジ子さん? 先生にあまり、変な事吹き込まないで下さいね? この人、『生粋の純情乙女』なんですから」

「静流様は、ムムさんに過保護過ぎます! もっと冒険させないと。『可愛い子には旅をさせろ』と言いますし」

「そうか。時には荒療治も必要か。フジ子さん、お手柔らかにお願いします」

「お任せください! ムムさんをモテモテちゃんに進化させます!」


 フジ子は鼻息を荒くしながらそう答えた。



          ◆ ◆ ◆ ◆



 静流たちは将校クラブで昼食を摂り、暫し歓談を楽しむと、


「さて、そろそろ帰りましょうか、静流クン」

「そうですね。また来ますよ、ムムちゃん先生」

「ふぇ? もう帰っちゃうの?」

「迎えに来ますから、待ってて下さい」

「わかった。待ってるぅ」

「イイなぁ。静流様にそんな風に言ってもらいたいなぁ」

「そんな事言われたら、どこまでもついて行きますわぁ」


 レヴィとフジ子は二人のやり取りを見て、うっとりしている。


「では、転移実験を10分後の1400時に行います」

「はっ! 了解しました!」


 パシュウ 少佐が座席のキャノピーを跳ね上げる。

 静流はヘルメットを着け、シートベルトを締める。


「魔素確認。オシリス、座標は確認出来た?」

「オッケー。いつでもイケるわよ」

「レヴィ、時間は?」

「二分前です!」


 静流がキャノピーを閉めようとした時、さっと物影が近づいた。


「静流様、おまじない……です。隙あり」ちゅぅ


 赤い顔をしたフジ子だった。


「うわっ。……行ってきます」カァァァ


 頬にキスされ、静流の顔がみるみる赤くなっていく。


「ウフ。行ってらっしゃい」


 フジ子はしてやったりという顔でニコニコしている。


「オシリス、魔法陣、展開!」

「オーライ」ブーンッ


 オシリスが魔法陣をバギーの下に展開した。


「フジ子さん、輪から10m以上離れてて下さいよぉ!」


「はぁーい」


 そろそろ予定時刻が来そうだ。


「カウントダウン始めます! 10秒前! 9、8、7……」


 レヴィがカウントダウンを始めた。


「5秒前! 4、3、2、1、ゼロ!」


 「【転移】!」ブンッ

 

 来た時とは逆に、上から消えていった。


「全く、人騒がせな連中じゃわい」

「フジ子さん! ドサクサに紛れて何やってくれてるんです?」

「フフ。この位、イイじゃないですか」

「言ってくれれば私だって……もう、ズルいですぅ」


 レヴィは頬を膨らませて怒っている。


魔導研究所 格納庫――午後


「さっきレヴィから電話で1400時に戻って来るって言ってたわよね?」

「はい、そうであります」

「そろそろ行ってみるか」


 三人は頃合いになったので格納庫に行き、計器の確認や撮影の準備を始めた。


「仁奈、何時?」

「一分前よ」

「さぁて、そろそろかな?」

「いくわよ。10秒前! 9、8、7……」


 仁奈がカウントダウンを始めた。


「5秒前! 4、3、2、1、ゼロ!」


 ブーンッ

 

 まるで不可視モードを解除した時の様に、上から実体化していく。


 シュゥゥ


 バギーのマフラーから、水蒸気のような煙が少し出た。


「静流……様?」


 佳乃は恐る恐るバギーを覗き込む。すると、パシュウ

 キャノピーが跳ね上がり、ヘルメットを被った静流が現れた。


「あ、佳乃さん! ただいま!」


 ヘルメットを脱いで髪を搔き上げる静流。


「静流様! ムハァ……素敵」


 佳乃は、先ほどのレヴィとほぼ同じリアクションをとった。


「無事の様ね。仁奈、時間は?」


「少佐殿! 1400時、ジャストです!」


「誤差無し! 良し。成功!」


 バギーから降りた二人を、濃灰豹が出迎える。


「お帰りなさいませ、静流様、少佐殿」 


「むはぁ、最高」


 静流は濃灰豹が出迎えてくれた事が何より嬉しかった。


「おめでとうございます、少佐殿!」

「歴史的な偉業でありますよね? 立ち合えて光栄であります!」

「ありがとう。でもこれって『ズル』よね?」

「イイんですよ! 勝ちゃあイイんですよ、勝ちゃあ」

「静流様、お体には変化ありませ……は? 何でありますかコレは!?」

「え?……口紅ですね。フジ子さんですよ」


 バギーのサイドミラーで顔を確認した静流。


「あの受付嬢でありますか……数々の男どもをつまみ食いした上に、静流様までも己の毒牙に……許すまじであります」ゴゴゴゴ


 佳乃はいつになく憤りを隠せない様子であった。


「佳乃さん? 大丈夫です。ほっぺにキス……されただけですから」

「甘いであります! マーキングされたであります」

「そんな、ネコみたいな言い方って」

「アノ方は危険であります。ゆめゆめ注意されたし、であります!」

「了解したであります!」


 静流は事態を収束させるべく、「雑兵モード」で答えた。

 兎にも角にも、転移実験は大成功に終わった。

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