エピソード14-1

アンドロメダ寮―― 白百合の間 滞在14日目 朝


 シズムの短期留学もとうとう最終日。シズムは明日の便で帰国する。


「今日でここの授業も終わりかぁ」


 シズムはもうすぐこのミッションが終わり、日本に帰れる事を喜びながらも、どこか寂しさを感じている自分に少し驚いた。


「明日、帰っちゃうんだよ……ね?シズム」


 ヨーコは少しずつ近付いて来る別れを惜しんでいる。


「うん。二週間ってあっという間だったなぁ」


 初日からのエピソードを、しみじみと回想している。


「シズム、今日の夕食の時間、ささやかながら送別会やるって寮長先生が言ってたよ」


 アンナがそう教えてくれた。


「そうなの?なんか悪いなぁ」

「寮長が腰痛を治してくれたお礼だってさ」

「完治したんだ。それは良かった」

「でもさ、学園長の神経痛も直しちゃうんだもん、やっぱヒーラーの素質、あるんじゃない?」

「あんなの本物のヒーラーにかかれば簡単に直しちゃうんだろうね」

「そうでもないと思うよ?カチュア先生がアノ施術は【解呪】に近いって」

「え?何それ」

「あの桃色のオーラにには【癒し】が付与されてるとか」

「元々そういうものじゃないか、回復系は」

「まあ、一言でいうと、『愛』……かな」

「うわぁ、そんな事良く照れないで言えるね?」

「ちょっと、恥ずかしい……かも」

「さぁ、最終日なんだから、ビシッと行くわよ!」


 そう言ってヨーコは腕をブンブン回しながら食堂へ向かった。


「ヨーコったら、無理しちゃって」


学園 校舎―― 教室 休み時間


「ちょっと、ヨーコ」


 シズムは小声でヨーコに話しかけた。


「何?シズム」

「アンナたちには僕の事教えてもイイかなぁ?」

「な……何ですって?」


 ダン!と机を叩き、立ち上がってしまうヨーコ。


「いやぁ、やっぱお世話になったし。せっかく仲良くなったのに、何か騙してる感がちょっと……ね」


 そう言ってシズムは下を向いて手悪戯を始めた。


「後ろめたい気持ちはわかるけど、ミッションのためよ。我慢しなさい」


 ヨーコは、自分だけの秘密にしたかったのだろうか?


「本当の事知ったら、軽蔑されちゃう……かな?」

「それは無いと思うわ。むしろ喜ぶんじゃないかしら?」

「けど、怒られるのは間違いないと思うよ。いろんなもの、見ちゃってるし」

「それは……そうだけど。わ、私は、怒ってない、から」

「あ、ありがとう」


 そんな会話をしていたら、アンナが首を突っ込んで来た。


「なぁに、こそこそ話してるのか……なぁ?」

「うわっ、ビビったぁ。大した事じゃないわよ」

「怪しいなぁ? ま、いっかぁ」


 意外とあっさり引き下がって教室を出ていくアンナ。


「シズム? 口外無用よ、いいわね?」

「じゃあさ、僕がいなくなってから、キミのクチから伝えてくれないか?」

「それは……考えさせて」


学園 礼拝堂―― 夕方~夜


 シズムは礼拝堂へ、夕方のお祈りに行った。


「はいみなさぁーん!夕方のお祈りを始めまーす」


 神父が号令を掛けた。


「今日のお祈り当番はぁ、ミス・イガワ、お願いします」

「うぇ? 私、ですか?」

「今日が最後のお祈りだと聞きました。『地母神 マキシ・ミリア』様、並びに『戦乙女神 シズルカ』様にお祈りのお言葉をお願いします」

「はい、わかりました」


 シズムはロザリオを両手で持ち、祈りの言葉を捧げた。


「私を今日までの二週間、お見守り頂き、皆様と共に何一つ不自由無く過ごせましたこと、心より感謝しております。どうか、皆さまの幸せをこれからもお見守りください」

「主よ、私たちの祈りを聞き入れて下さい」

「素晴らしい! では聖歌隊、お願いします」


 聖歌隊と呼ばれた数人が聖歌を斉唱した。


「はい、結構。これにて夕方のお祈りを終わります」


 生徒たちが寮に戻っていく。


「ミス・イガワ、少しよろしいですか?」


 シズムは神父に呼び止められた。


「ジル神父、この度は、いろいろお世話になりました」


 シズムは感謝の意を述べた。


「いえいえ、こちらこそ、大変お世話になりました。主もお喜びかと思います」


 神父は深々と頭を下げた。


「お喜び頂けたのなら、こちらに来た甲斐がありました」

「シズルカ様の寵愛を賜り、恐悦至極にございます!」

「大事にしてあげて下さいね、ジル神父」 ニパァァ


 シズムのはにかんだ笑顔に神父は片膝をついた。


「ははぁ、御意に」


アンドロメダ寮―― 食堂 夜


 白百合の間のメンバーが食堂に着き、寮の生徒が揃った所で、寮長が口を開いた。


「みんな、今夜は女神様が天界にお帰りになる前祝いだ! 多少騒いでも構わん! 女神様の労をねぎらうのだ!」

「よっ! 寮長先生、太っ腹!」

「その前に、祈りを捧げなさい」


 生徒たちが食前の祈りを唱える。ローメン。


「ささ、女神様はこちらに」


 アンナが誕生日席に案内してくれた。


「さぁさぁ、駆け付け一杯。ぐっといっちゃって下さいませ」

「ワインはちょっと……わかったよ、ちょっとだけだよ」


 シズムはくいっとあおった。


「イイの飲みっぷり。イケるクチですかぁ?」

「いやいや、日本じゃまだ飲めない歳だよ」

「まあまあ、カタい事言わずに」


 間髪入れずに次を注ぐアンナ。


「ちょとぉ、何シズムにワイン飲ませてるの?」


 ヨーコが血相を変えてアンナからワインを取り上げた。


「だってぇ、最後の晩餐だよぉ?楽しく飲みたいじゃん」

「シズムの国では、まだお酒は飲んじゃダメな歳なの!」

「んもぅ、つまんないなぁ、わかった!アタシが何かやってあげる!」


 アンナはそう言うと、準備があるのか、スタタと食堂を出て行った。


「大丈夫?シズム」

「え?あ、うん。まぁ、初めて飲んだわけでもないしね。問題ないよ」

「そう。ならいいんだけど」


 そうこうしているうちに、余興が始まった。


「ニニちゃん先生の真似!(チャッ)」 ワハハハ


 ニニがメガネを直す仕草を真似している。シズムはその呼び名が定着しつつある事に、少し罪悪感があった。


「コクトー神父!」 ワハハハ


 神父が、小指を立ててクネクネしている真似をした。


「あるある!それな!」


 余興は大盛り上がりのところで部屋が一瞬暗くなり、中央にいつの間にかポールが設置されたと思ったら、釣り竿にミラーボールを吊るしたサラが登場。何とも刺激的な衣装を着け、顔を赤くしている。ノリノリのBGMに合わせて登場したのは、これまた煽情的というか蠱惑的というかとにかくセクシーな格好をしたアンナだった。


「サラ、カワイイよ!」

「アンナ、すごくセクスィー!」

「いっくよー!」


 アンナはポールに足を絡ませ、クルクルと回りながら上へ登っていく。途中で停止し、さかさまになりながらポーズを取る。

 シズムは圧巻のパフォーマンスに思わず見入っていた。


「す、スゴい!ウルトラC!?」

「まだまだぁ!」


 アンナはこの後もアクロバティックな技を織り交ぜ、柔軟性の富んだ美しい肉体を駆使した演技は、瞬時に見る者の心を奪った。


「素晴らしい! もはやスポーツに近い!」


 これらのパフォーマンスは、エロ要素はあれど、いやらしさは皆無であった。

 演技が終わり、アンナはお辞儀をした。すると、割れんばかりの拍手と歓声があがった。


 パチパチパチパチ


「めっちゃセクシーだったわぁ♡」

「素敵! 見てるだけで変な気分になっちゃう♡」


 まだ息が上がっているアンナが話しかけて来た。


「どうだった? シズム。楽しんでくれた?」

「最高だった! 絶対忘れないよ!」

「うれしいな。やった甲斐あったな」


 そう言ってアンナはシズムの膝の上にちょこんと座った。


「ちょっと、アンナ。目のやり場に困るよ」

「イイじゃない、ご褒美よ♡」


 アンナはシズムの肩に手を回し、抱っこちゃんスタイルになった。

 寮長がおもむろに立ち上がった。


「みんな! そろそろお開きにするよ。その前に、ミス・イガワから何かやってもらうってのはどうだい?」

「賛成!」

「寮長先生、やるぅ~!」

「アタシも見たぁい」 


 アンナにもせがまれ、この雰囲気では何かやらないと場が収まらないと思われ、仕方なく立ち上がった。


「寮長先生、『アレ』やってもイイですか?」

「むしろ、『ソレ』を待ってたんだよ! 私が許可します!」


 先ずノーマル乙女神に変身。

 目を閉じ、精神統一の後、ぱっと目を開く。

 腰にベルトがあるような仕草から、腕を振って風を腰のベルト付近に送るような動作を行う。


 

  【セターップ!】と叫び、操作パネルをいじる。



 パァァァァ! 桃色のオーラに包まれ、最終形態となる。シュゥゥゥゥ。


「みんな、今日が見納めよ!しっかり脳裏に焼き付けるように!」

「「「はいっ!」」」

「えー。皆さんに最後の施術を行いたいと思います。この技は一度しか使いません。『幻の施術』としてお世話になった皆さんに捧げたいと思います」


 寮生全員が期待に胸を膨らませている。シズムは一度うなずき、構えに入った。



「行くよ! 【弱エクストラヒール】!」 ボゥ!



 シズムは両手を胸の前に出し、虹色のオーラを寮生の皆に向け放った。




「「「「ふぁあっふぅぅぅぅぅん」」」」




 虹色のオーラを浴び、寮生たちは大きくのけ反った。

 やがて、施術の効果が現れはじめた。


「何これ? お肌ツルツル!」

「暖かい。手足の冷えが……」

「あれ?枝毛が治ってる!」

「部活でやった突き指が治った!」

「かかとの角質が……」

「かすんでた文字が、見えるわ」


 寮生たちが自分に起こった奇跡を確認している中で、寮長先生は自分に起こった軌跡に震えていた。


「ばかな! そんなわけ……しかし」

「奇跡だわ! アンビリーバブル!」

「奇跡よ! 素敵!」

「女神様! ありがたき幸せ!」


 寮生たちは口々に感謝の意を述べた。


「喜んでもらって、私も嬉しいです」ニパァァ



「「「きゅぅぅぅーん」」」



 寮生たちは、「女神の微笑み」に酔いしれた。 

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