エピソード11-9

国営公園内 英雄博物館―― 午後~夕方


 展望台を出てロープウェー乗り場へ。切符を買いゴンドラに乗る。

 定員は10人程度であるが、結果的に貸し切り状態だった。


「ここに座りましょう」

(よしっ! 二人きりだ! チャーンス!) 

 ヨーコはホームランを打った時のデストラーデのように拳を握り締め、

 グッと引いた。やがてゴンドラが動き出した。


「ちょっと、ヨーコさん?床が透けてるんですケド?」

「強化ガラスですから、問題ありませんよ」


 シズムは、ヨーコの腕をガシッと掴んでいる。


「うわぁ、ヤバいかも」

「落ち着いて、シズム。もう少しだから」


 ほんの数分で頂上に着いた。


「もう着いたの?」

「ええ。着きましたよ」

(あぁ、もう少しこのままでいたい……わ)

 

 ヨーコの腕に縋り付き、小刻みに震えているシズム。やがてゴンドラのドアが

 開き、降車を促すアナウンスが聞こえた。


「ふぅ。生きた心地がしなかった……」

「そんな大袈裟な。でもさっきのシズムは、小動物みたいで可愛かったですよ」

「もう! からかわないでよ」


 シズムは顔を赤くしながら、ズンズンと博物館の受付に向かう。


「ゴメェン。機嫌直して……ね?」

(むはぁ、静流様が私を頼ってくれた……これが至福……なの?)


 英雄博物館はかつて、英雄と呼ばれたもの達の功績やゆかりの品等を収めた建物である。

 正門をくぐると過去の英雄達の像が迎えてくれる。

 小冊子を見ながらシズムは物珍しそうにキョロキョロしている。

 建物のエントランスに着いた。廊下に進行方向の矢印があるので、その通り移動する。


「うわぁ、この『聖剣』って本物なの?レプリカじゃないの?」

「国立ですからね、本物だと思いますよ」


 大地に10本の聖剣が刺さっているジオラマ仕立てのブースにシズムは釘付けになっていた。


「これが『風林火山』か。でこれが『黄金剣』」

「詳しいんですね、シズム」

「そりゃあね。中二の時マンガで散々読んだし。マンガだと確か消滅しちゃうんだよな」

「やっぱりマンガですか……」


 矢印の順路通りに見ていくと、大きな白い竜の絵があり、下に題名が書いてあった。


「白夜の魔竜オシリス……ですか」

「オシリスだって?偶然かなぁ」

「妖精の名前だったんでしたっけ?」

「うん。この子の名前の由来」


 シズムは首を指した。オシリスは休止状態から目覚めたが不可視モードのままである。


「どうしたの、シズム?」

「この絵を見て、どう思う?」

「白竜に知り合いはいないわね、黒竜ならブラムちゃんとかいるけど」

「何それ? 今度紹介して?」

「そういえばあの子、どこにいるのかしら?」

「思い出したら、真っ先に教えて!」

「やけに食いつくわね」

「だって竜だよ?ドラゴンだよ?興奮するでしょ?」

「シズム、こっちこっち」クイクイ

「何?この絵がって、ん?」


 ヨーコが見ていたのは、桃色の髪をなびかせ、はるか先を見ている男性がいる。

 その傍らに様々な人種の女性がひざまずいて祈りを捧げているという構図であった。


「シズム、これが『黄昏の君』よ」

「この人が噂の……」

「何を成し遂げたか具体的にはわからないんですよね。ただ人族を救ったとだけ書いてあるんですけど」

「確かに桃髪ってレアだけどさ、まさかウチの家系と関係あったりしてね?」

「私の家の伝承に『桃髪の君』という人が出てくるものがあるんですけど、この人の近親者かも知れないんですって」

「伯母さんが僕に送ったビジョンにあったやつかな?」

「可能性は無いとは言い切れないですよ」


 さらに順路通りに進み、最後の展示物に行きつく。


「これが最後……これは?」


 鉄骨に腰かけ、腕を組んで黄昏ている悪魔の像である。


「勇者アモーン。彼は悪魔でありながら、人間を愛してしまった。人側に味方し、裏切者のレッテルを貼られながらもデイモン族と戦い、そして散っていった」

「それ、父さんの本棚にあったマンガにあった気がするな」


 床の矢印が終わり、受付に戻ってきた。


「結構見応えあったね。僕好みだったよ」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」


 下りのロープウェーに乗り、下に降りる。


「ふぅ、無事に着いたか」

「本当に高い所、ダメなのね?」


 上り同様ヨーコにつかまって青い顔をしているシズム。


「まだ帰るには早いから、ちょっと休んで行きましょうか?」

「うん。わかった」


 二人は噴水広場でクレープを買い、ベンチで食べながら休憩している。


「ヨーコ、今日は楽しかった! ありがとう(ニパァ)」

「そ、そんなもったいない。こちらこそ、楽しかったです(ハフゥン)」

「いい思い出になるよ」


 シズムは噴水を眺めながら、つぶやいた。


「シズム、お願いがあるの」

「何かな?今日のお礼に、私に出来る事なら喜んでやるよ」

「夕べ、アンナはシズムにキスしたって言ってた……よね?」

「え?うん、そんな事言ってた。でも私、覚えてないんだよね」

「私も欲しいの……キス」

「うぇ?マジですか?」

「マジ……です。それで、その時は変装を解いて下さい」

「ガチでしろと?」

「……はい。お願いします」

「わかったよ。いい?行くよ?【解除】シュン」


 シズムは偽装肉体を解除し、光学迷彩を静流にモードチェンジした。


「カツラとか外すのめんどいから、コレで勘弁して」

「はい。構いません」


 目を閉じているヨーコ。静流はそっとオデコにキスをした。チュッ


   「きゃろらぁぁぁぁん!」ビクゥン


 ヨーコはケイレンしている。


「ちょっと、ヨーコ?【復元】シュン」


 瞬時にシズムに戻してヨーコを介抱する。


「し、しあわせ……れす」ピクピク


 ヨーコはシズムの膝枕を存分に堪能し、通常モードに戻った。


「そろそろ帰ろっか? ヨーコ?」

「時間切れか……しょうがないですね。帰りましょう」


 ヨーコはしぶしぶ帰ることを承諾した。


学園―― 正門 夕方


 学園に帰ってきたシズムは、大きく伸びをした。


「ふぁああ、今日はグッスリ寝れそうだ」

「フフッ。お疲れ様。シズム」

「ヨーコこそ、お疲れ様だったね。ガイド役」

「わ、私で良かったんでしょうか?アンナとかも連れて来れば良かったかしら……」

「良かったよ。ヨーコの意外な一面も見れたしね♪」

「え?聞き捨てなりませんね、今のひと言」

「私の最初の印象だと、ヨーコは『クールビューティー』だった。けど……」

「けど、何です?」グイッ


 ヨーコは食い入るように次の言葉を待った。


「結構、『おっちょこちょい』なんだなってね(ニパッ)」

「うぐっ、そこまで見透かされているとは……さすがです。」

「つまり、カワイイってことだよ(パァァ)」

「ま、まぶしい。もったいないお言葉……クハァ」


アンドロメダ寮―― 白百合の間 夕方


 寮に戻り、部屋でくつろいでいると、いきなりドアが開いた バァン!

「シズムゥ、お帰り♪ 今日の行動、全て報告して!」

「オシリスちゃぁん、お帰りぃ」


 アンナとナギサである。


「た、ただいま二人とも。いきなりどうしたの?」

「今日一日、シズムのことばっか考えてたの」

「わたしはオシリスちゃんの事」

「ヨーコ? あんた、まさかシズムに変な事しなかったでしょうね?」ギロ


 アンナはヨーコにガンを飛ばした。


「ひ、秘密……よ」ポッ


 ヨーコは両手を赤い顔に添え、回れ右をした。


「なぁに?その乙女モード」

「ちょっと、アンナが勘違いしちゃうでしょ?特にそーゆーことは無かったよ?」


 必死に弁明しているシズムに、意外なところから援護射撃が来た。


「仲睦まじかったわよ。まるで姉妹みたいで」


 ナギサに抱かれているオシリスであった。


「そうよね。バカみたいね、アタシ」


 アンナはどうやら納得したみたいだ。


「あ、そうだナギサ」

「何よ、ヨーコ」

「談話の時間にサラを連れてきてほしいの」

「サラを?何でよ」

「ちょっとカオルコ様について訊きたいことがあるの」

「カオルコ様?……わかったわ」


アンドロメダ寮―― 白百合の間  夜 談話の時間 


 夕食を済ませたシズムは、一番風呂を狙ったが、惜しくも三番手だった。

とっとと入浴を済ませ、部屋に戻る。


「アンナはまたどっかに行ってるのか」

「まあ、今はいない方が好都合かもしれませんね」


 そんなことを話していると、アザミの間からナギサがサラを連れて訪ねて来た。 コンコン


「入るわよ。ヨーコ」

「こんばんわ、ヨーコ」

「ナギサ、サラ、来てくれてありがとう」


 サラ・リーマンは栗毛の短髪でメガネを掛けている。


「前に挨拶は済ませてると思うけど、シズム・イガワです。ミス・リーマン」

「サラって呼んで下さいましっ、シズム様っ」ハァハァ


 サラは予想外にデレた。


「キミもかい?様付けはよしてよ、ヨーコにもやめてもらってるんだから」

「では何とお呼びすれば?」

「呼び捨てでいいよ、サラ(ニッ)」

「ぬはっ。こ、これが後光……ですか? あたたかい」


 サラはうっすら涙を浮かべ、シズムを見ている。


「コホン、サラ、あなたを呼んだのは他でもない、カオルコ様の事で訊きたいことがあるの」

「カオルコ様……ですか?」

「そうなんだよ、カオルコさんはぼ、私の先輩で、ここに留学中に行方不明になったことになってる」

「確かにその認識で間違いないかと思います」

「キミはカオルコさんに可愛がられてたって聞いたけど?」

「ええ。まだ中等部にいた時、私に声を掛けて下さったの。私はイラストを描くのが趣味でした」

「何かイヤな予感しかしないな。まさかサラ、キミは……」

「趣味とお小遣い稼ぎで、同人誌を作っていました」

「ガッデム!やっぱりソッチの方か!」

「サラ、シズムはサブカルチャー方面には距離を置いているの」 

「す、すいませんシズム様。でもカオルコ様を語るにはこの方面の話がほとんどなので」


 要約すると、中等部でイラストが書けるサラに、カオルコは同人誌を作る際の

 作画担当を任せたという事らしい。


「カオルコ様に指導されて作った同人誌のほとんどは、『桃髪の少年』が『受け』のものでした」

「グフッ、最近の事じゃない……の?」

「当時はよくわからなかったのですが、実際に存在している事がわかって……シズル・イガラシ様だと」

「カオルコさんはどうして、ぼ、シズル君に執着してるんだろう?」

「シズル様はカオルコ様と血縁者なのでしょうか?」

「さあね。髪の色が同じ桃色なんだから、そうなんじゃないの?」


 シズムはうんざりしながら、質問を適当に返した。


「そんなある日、私は『ドラゴン寮』に招かれたんです。午後のティータイムに」

「あの『ドラゴン寮』に?」

「ええ。当時はもうちょっと綺麗でしたよ。でも使っているのはカオルコ様を含め4人でした。」

「それってサブリナさんと雪乃さんと忍さん、だね?」

「ええ。皆さん破天荒な方ばかりで」

「それで、何があったの?」

「桃髪の男性がいきなり『亜空間ゲート』から出て来たんです!あ、『亜空間ゲート』という名称は私が勝手に呼んでるだけなんですけどね」

「カオルさんが!?」

「名前まではわかりません。それで、『ちょっと来い』って言われて、カオルコ様は抵抗しましたけどほとんど無理やりゲートに押し込まれて。他のお三方には『お前らも来い』って」

「つまり、カオルさんが四人を異世界に連れてった、という事?」

「はい。私が見たのはこれで全てです。そのあと先生方に全て説明したんですけど、『口外無用』と言われまして……」


 静流はモモから聞いた話と合わせ、ひとつの仮説を立てた。

 異世界から来た薫子は、目的は不明だが良からぬことを企てていた。

 異世界に深く干渉することは、世界崩壊の危機につながる為、薫を使って薫子を連れ戻した。

 この薫子は今、異世界で眠っている。


「よし!とりあえずこんなもんかなっ」


 シズムは手帳に考察を記した。


「お役に立てましたでしょうか?シズム様?」

「立った、立った、ありがとうね、サラ!」


 シズムはサラの両手を握り、ブンブンと上下に振った。


「わぁぁぁ、ど、どういたしましてぇぇ」


 シズムはふと思った。


「『ドラゴン寮』って、今は入れるのかなぁ?」

「結界と人払いの魔法が掛かってますので、無理かと」

「よし、こういう時は、オシリス!」

「呼んだ?シズム」


 オシリスは何とナギサの胸の谷間から顔を出した。


「きゃぁ、カワイイ!どんな構造してるの?設計図見せて?」


 以外に的を射ている事を言うサラが、天然なのかわからなくなって来た。


「コイツは私の使い魔よ」

「分解とか怖い事言わないでちょうだい!」

「オシリス、ちょっと調べものを頼むわ」

「何を調べればイイの?」

「もちろん、『ドラゴン寮』の中を見て来て」

「えぇ?今からぁ?明日じゃダメ?」

「夜じゃないと出ないからなぁ……」

「何がでるのよ、もう」

「実は……桃髪の少女の幽霊が出るらしいの」

「ぎゃぁぁぁぁあ」


 オシリスはビビッてナギサの胸に潜った。


「あんっ、シズム、あまりオシリスちゃんをからかわないで」

「冗談だよ。でもオシリスにも怖いもの、あるんだね?」

「ほっといてちょうだい!」


 こうして、ヨーコとの市内観光デート(?)の一日は幕を閉じた。



日本 立川宅―― 深夜


「おい、カナメ、今日の入浴時間だが、乙女の数少な過ぎないか?」

「ん?そういやぁ、確かにな」


 いつもながら液晶画面にかじり付いている二人。


「さては静流キュン、何らかの対策を講じたな?」

「こざかしい真似を。よし、オレに考えがある」

「何ィ?フムフム、何と!その手があったか」

「早速取りかかるぞ、ムッちゃん!」

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