第88話寒い日

「あー寒い寒い」


沖田は布団の中からファンヒーターを着ける。この便利な暖房器具は部屋を短時間で

温めてくれる。沖田は稽古着に着替えた。早朝の稽古は一人静かに行う。道場の鏡の前で素振りをする。しばらく体を動かして、その後朝食だ。沖田の一日で一番楽しみな時だ。


「卵焼き美味しいなぁ」


詩織と薫が慌ただしく配膳する中、のんびりと食べる。朝は隊士にあてがわれた部屋で過ごす事が多い。事、暖房費の負担が大きいので、なるだけ暖まりやすい部屋で皆で過ごす。


「流行り風邪が流行しているそうだ。手洗いとうがいを絶やさぬように」


近藤が言った。祐介からの指示だ。


「なんでも流行り風邪は現代ではインフルエンザと言い、冬場に特に移りやすいそうだ」


祐介からインフルエンザワクチンの接種を勧められたが近藤達は辞退した。沖田は注射には慣れているが他の隊士には体に針を刺すことに抵抗を感じる者も居た。


「そりゃもう箸みたいな太い針をズブリと差すわけですよ」


沖田が冗談で言う。永倉はどうも注射が怖いらしい。


「沖田君、それは何でも言い過ぎじゃないかね」


永倉は反論する。


「そんなの冗談に決まってるじゃないですか。ちょっとチクリとするだけですよ」


沖田はうそぶく。


「早く春になりませんかねぇ」


沖田の独り言には皆慣れている。それぞれゴロゴロしたり、将棋を指したり、囲碁を打ったりして過ごしている。



夕方になり、道場では剣道の練習で賑やかだ。吉村の指導する声が聞こえる。沖田は


「たまには道場に顔を出そうかな」


道着に着替えて道場へ向かった。詩織は丁度道場の風呂を掃除していた。


「沖田さんが剣道の稽古に出るなんて珍しいですね」


「それじゃあ僕がまるで怠け者じゃないか」


沖田が反論した。寒気が強い夕方であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る