第81話海が見たい
吉村は海をあまり見たことが無い。もともと無関心であったのであるがふいに見たくなったのだ。日曜日早朝、詩織から書いて貰ったメモをポケットに入れて、小野田家を出発した。事前に近藤へ報告し、許可を得ている。
「そうか、南部盛岡では海は見れないな。ゆっくり見物すると良い」
近藤が送り出してくれた。電車を乗り継ぐ。ちょっとした小旅行である。乗り換えには難儀したが順調に海へ向かっている。最後の路線に乗った時、吉村は何時になく上機嫌であった。
「いよいよ海が見れる」
忙しい毎日で一人になる事はほとんど無かった。塾で教え、夜の稽古。たまに文具店へ出掛ける程度でほとんど遠出をしなかった。目的の駅へ着いた。降りると潮の香りがした。詩織のメモ通り、北に向かって進む。すると視界に海が飛び込んで来た。広い海であった。潮風が心地よい。厳しい寒さだがダウンジャケットでそれほど寒くはない。釣り人に話しかけてみる。
「何が釣れるのですか」
「カレイだよ」
釣り人は見せてくれた。立派なカレイだ。釣り人と話をする内に腹が減って来た。釣り人の横で詩織の作ってくれたおにぎりを食べた。釣り人と別れて散策をした。小さな浜辺に出る事ができて、波打ち際まで足を進めた。潮風が強くなってきた。そろそろ時間だ。帰らなければならない。
「海の近くも悪くない」
吉村はそう思った。もし、隊士一同が元居た世界へ戻れないと判明したなら海辺の町で暮らすのも悪くないと思った。吉村の細やかな希望である。
「只今戻りました」
近藤に報告した。
「吉村君、海はどうだったね」
「良いものでした」
「現代では夏になると海で遊ぶそうだ。我々も行こうか」
近藤は土方と違い、柔軟な考えの持ち主だ。それも悪くないな、と吉村は思った。
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