第80話人斬り

沖田が刀を正眼に構え、道場片隅の鏡の前で静止している。そこに土方が来た。


「どうした総司」


「いやあ、副長、ここに来て人を斬っていないのを思いまして」


「辻斬りなど起こすなよ」


土方はそう言ったがおのれの言葉に自信が無かった。現代へやって来るまで沖田は数を数えなくなるほど人を斬って来た。現代では誤解されるが、新選組はやたらめったらと不逞のやからを斬って来たのではない。反幕府分子を捕縛ほばくする事の方が多かった。しかしどうしても斬らねばならない時は斬った。無暗に斬っていては有益な情報が得られないからだ。沖田は一番隊隊長としてその任務に邁進まいしんした。


「総司よ、お前の剣は必ず活躍する。心配無用だ」


「副長そうは言ってもたまには斬らないと」


土方は祐介にある相談を持ち掛けた。祐介は快諾した。


数日後。道場の中央に青竹がえてあった。祐介が用意してくれたものだ。


沖田はその前に立った。刀は抜いていない。


「鋭!」


裂帛れっぱくの気合と共に竹の中央は切断され、返す刀で更に斬られた。


「素晴らしいお手並みです」


吉村は感心している。竹の切断面を沖田はしきりに調べて


「いやあ、吉村君、なまってしまったよ」


新しい青竹がえられ、今度は吉村が斬る。


ゆっくりと刀を前に、間合いを詰めたとき、吉村の刀が袈裟けさ斬り、沖田と同じく返す刀で逆袈裟に切った。


「なかなか、なかなか」


沖田も感心している。


「なるほど、沖田先生の言う通り、人を斬るのを久しくしていないと鈍りますね」


そうでしょう、そうでしょう、と沖田は吉村に同意を求めた。


祐介は思った。


「これが新選組の剣だ」


隊士一同が幕末においてどれほど活躍したかこの二人を見れば容易に想像がつく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る